第15話 困惑する朝霧ヨーコさん
いきなり家に届いた魔女魔法出版からの手紙。
定型サイズの封筒に、朱書きで『至急』と書かれています。
私は、意を決し、机の上のはさみを手に取ると、封筒を開封していきます。
すると、その中には2枚の紙が入っていました。
1枚は地図
そして、もう1枚は手紙です。
その手紙は『オト地区・ゲラ地区・ムア地区周辺で生活されている方々へ』と書かれた表題で始まっています。
その内容を読み進めながら、私は自分の顔が、徐々に真っ青になっていくのを感じました。
その内容
なんでも、明日の夜から3日間、あの世界で大雨が降るそうなのです。
その大雨が原因で近くの川が氾濫し、周辺地域一帯が水没する……と
『水没予定地域は、別添の地図の通りです。
近隣地区で生活を行われている皆様は、下記期間における異世界への立ち入りを原則禁止いたします。これは、異世界夢物語読本事業利用者の皆様の安全を配慮した措置ですので、ご理解ご了承ください』
期間は、この世界でいうところの明日から1週間
私は、慌てて同封されていたもう1枚の地図を手に取りそれを凝視していきます。
その地図には、私の家らしき場所に赤い丸印が手書きされています。
そして、水没予想地域らしき一帯が青の斜線が手書きされています。
幸い、私の家は、この斜線部分から外れています。
クロガンスお爺さんの家も無事なようです。
……それもそうよね……クロガンスお爺さんの家は山の結構高いところにあったから。
私は、この2つのことを確認し、一度安堵のため息をもらしました。
ですが
私が安堵したのは、この時が最後でした。
この、水没予想地域の中にですね、オトの街が完全に入っていたのです……
この地図を見ると、
オトの街はですね、揺るやかな山と山との合間に、盆地みたいに存在しているようです。
そこに、反乱した川の水が流れ込む……この地図はそう物語っています。
私は、何度も何度もその地図を見返しました。
その時、
いきなり目覚まし時計がなり始めます。
あ、し、仕事に行かなきゃ……
そうは思うのですが……私の心の中は、もうこの地図のことでいっぱいいっぱいだったわけです。
◇◇
今日は最悪の1日でした。
仕事が何一つ手につかず……
電話の伝達ミス
ケアレスな計算ミス
書類の打ち間違え
出納書類の入力ミス
中には始末書物のミスが2件含まれていました。
せめてもの救いといいますか……
今日の私の、あまりの憔悴ぶりといいますか焦りぶりを見るに見かねた上司が
「大丈夫か? あれだったら早退していいぞ」
と……あとで考えたら、アノ日が重すぎて辛いと思われたのかなぁ……と、思ったりもしたのですが……
とにかく、お昼休みにエナジードリンクを3本がぶ飲みして、午後は気合いを入れ直しました。
そのおかげで、ミスこそなくなったものの、どこか焦っているというか、どこかおかしい感じは隠せなかったようで
「朝霧先輩、大丈夫ですか?」
と、まぁ、貴水くんまで心配して声をかけてくれたわけです。
「ん、大丈夫よ~、ありがとね~」
と、まぁ、つとめていつものように返答したつもりなんだけど、やっぱどっかおかしかったみたい。
貴水くん、この後、何度も私をチラ見してたもんなぁ。
やめて
今日はすっぴんの上に、マスクしてくることすら忘れてるんだから
とにかく、どうにか定時まで仕事を頑張った私は、そそくさと家路を急ぎました。
あえて誰にも声をかけられないように、と
「お先で~す」
とだけ言うと、速攻で会社を後にしました。
あ~……感じ悪かったよねぇ
でもね、ごめんなさい。
今の私は、それどころじゃないんです。
私は家に帰るなり、再びあの地図を机の上に置き、にらめっこを開始です。
でも
いくら見返しても、地図に書かれている水没予定地域にオトの街が含まれている事実はかわりません。
こんな時
私はいったいどうしたらいいのでしょう?
こっちの世界のことならともかく、
あっちの世界のことなんです。
しかも、未来の出来事です。
これを、オトの街の皆さんがご存じとは思えません。
例え伝えたとしても、果たしてそれを信じてくれるでしょうか?
わかりません
わかりません
わかりません
私は、何をどうすればいいのか、さっぱりわかりません。
腕組みをして、机上の地図を何度も見つめ返す私
その地図を、何度もグルグル回していく私
わかりません
わかりません
わかりません
私はいったいどうすればいいのでしょう……
散々悩んだ挙げ句、私は思いました。
「とにかく、クロガンスお爺さんに相談しよう」と
そう決めた私は、すぐにベッドに移動しました。
枕に本は入っていることを確認した私はその上に頭を乗せてベッドの上で横になります。
そしてゆっくり目を閉じて
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
「……何、今の?」
私は、ベッドの上で目を見開き、唖然としました。
当然、まだこっちの世界です。
マンショの中の寝室の中です。
パイプ製のベッドの上です。
私は、もう一度目を閉じました。
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
やはりです。
さっきと同じ文字が頭の中に浮かんできました。
試しに、枕をはずして横になると、その文字は出てきません。
改めて枕をした状態で目を閉じると、
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
この文字がやはり脳裏に浮かんできます。
「……なんで? ……こんなこと、今まで一度も無かったのに……」
私は、ベッドの上で横になりながら呆然としていました。
その時
はっと思い出し、慌てて跳ね起きると、別室へ向かって走りました。
その机上
昨日の手紙と、地図が置きっ放しになっています。
その手紙を手にとった私は、その内容を確認していきます。
私の目は、そんな文書の一角で止まりました。
『下記期間における異世界への立ち入りを原則禁止いたします』
そして、その期間として定められているのは
今日から1週間です。
……そ、そんな……
私は、手紙を何度も読み返しながら、
頭がぐらぐらするのを感じていました。
今日から1週間、もう向こうの世界には行けない
その間に、向こうの世界では大雨が振り、洪水が起きる
そして、オトの街が水没する
その全てが終わった後、私は再びあの世界へ行くことが出来るようになる
そんなの嫌です
絶対に嫌です
オトの街の皆さんが
ガークスさんが
ワルコスお爺さんが
ネプラナさんが
ネリメリアお婆さんが
イゴおじさんが
ションギおじさんが
ラテスさんが
みんなが酷い目に遭うのをほっとくなんて出来ません
でもどうしたらいいの?
どうしたら……
私は、再びベッドに横になると目を閉じました。
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
やはり、あの文字が脳裏に浮かんで来ます。
「なんでよ!」
私は、思わず声を張り上げました。
そして
そんな自分にびっくりもしました。
いつも冷めてて、どこか他人事で
感情なんてどこかに置いてきたような日々をすごしている私が、こんな感情的に声をあげるなんて
でも、正直そんなことはどうでもいい。
何かないの?
なんとかして向こうに行く方法はないの?
私は、再び手紙を見返しました。
……やはり、どこにも禁止期間に、向こうに行く方法は書かれていません。
私は、枕の中の本を取り出しました。
中を開くと、
真っ白だったページにいくつも絵が浮かんでいます。
みんなと流しそうめんを楽しんでいる絵
みんなで工事をしている絵
そして、完成した窯付きキッチンをみんなで喜んでいる絵
嫌です
やっぱり我慢出来ません
なんでしょう、その絵を見ていると、涙がぼろぼろこぼれてきます。
なんでもいい
どうにかして向こうの世界へ行く方法はないの?
私は、祈るような思いで、本を抱きしめ、そのまま再びベッドの上で目を閉じました。
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
やはり脳内に浮かんでくる文字は同じです
私は、目から涙が溢れてくるのを止めることが出来ません
その時
私は、あることに気づきました。
脳内には、相変わらず、
『異世界への転移は緊急事態発令中のため禁止されています』
この文字が表示されています。
ですが、よく見ると、その下の方に
『▼』
のマークが点滅していたのです。
……な、何、これ?
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