第14話 窯をつくる朝霧ヨーコさん その5

 ようやく夜が明け始めた中、私は畑へ移動すると草むしりを開始しました。

 とはいえ、毎日綺麗にしているので、そんなに手間な仕事ではありません。

 ついでにナスやピーマンも収穫しようかと思ったんですけど……これは辞めておきました。このお仕事はテマリコッタちゃんのために残しておいた方が絶対にいいと思ったわけです。

『ヨーコさん、まかせて!』

 って言いながら、カゴを抱えて走って行くテマリコッタちゃんの姿が、目を閉じれば浮かんで見える気がします……うふふ。


 取り終えた草を家の裏の雑草置き場へと重ねた私は、一度家に入り、手を洗います。

 すると、なにやらガヤガヤとした話し声が近づいてくる気配……


 あら、もう誰か来てくださったのかしら?

 そう思いながら玄関を開けると、森の方からガークスさん達の姿が見えるではないですか。

 ガークスさんは、私がドアから顔を出したのに気がつくと

「やぁ、ヨーコさん、おはようございます。今日も早いですね」

 そう言いながら、笑顔で右手を上げてくれました。

 ネプラナさんと、ションギさんも一緒ですが、

「イゴのおっちゃんは、今日は別の仕事でこれへんかってん」

 今日はイゴおじさんがおられないみたいですね。


 でも、その代わりと言いますか、みんなの後ろに1人、街ではお見かけしたけど、我が家でお見かけするのは初めてのお方が混じっています。

「ヨーコさん、おはようございます」

 そう言って頭を下げたのは、ラミアのラテスさん。


 先日魔石を買いに行ったオトの街で『ラテスの食堂』を開店しているお嬢さん。

 多分、私と同年代だと思うんだけど……人猫のネプラナさんといい、このラミアのラテスさんといい、この世界の女性の方は、外見から年齢を想像するのが少し難しいです。

 クロガンスお爺さんや、ネリメリアお婆さんのように、お髭が白かったり、お顔に素敵なシワが刻まれていたり、お声が少し年配な感じで聞こえたり、といった特徴があれば、検討もつきやすいんですけどね。

 

 でも、ラテスさんのいきなりの訪問は少し意外な気がします。


 下半身が蛇の姿のラテスさんですが、そんなに力仕事がお得意には見えません。

 今も、日焼けを気にしてか、すごくツバの広い帽子を被って、長袖のカーデガンぽい、お洒落な感じの服を着ていますしね……


 私が小首をかしげていると、そのラテスさんと、ネプラナさんが私の前にやってきました。

「ヨーコさん、パン焼きの窯を作られているという忙しい時に尋ねて来てごめんなさい。

 実は、友達のネプラナがね、ヨーコさんのお料理がすごく美味しいって何度も言うものですから……私、とうとう我慢できなくなってついて来てしまいました」

 ラテスさんは、そう言うと恥ずかしそうに頬を赤く染めながらうつむきました。

 そんなラテスさんを、ネプラナさんは笑いながら見つめています。

「こいつ、せめて窯作るのがすんでからにしぃ、言うのにな、『もう我慢出来ない! 絶対今日行くわ!』って、聞かなかったんや」

 そう言って冷やかすネプラナさんに、ラテスさんは

「もう! 散々たきつけたのはあなたでしょ! ネプラナ!」

 そう言いながら、肩をいからせています。


 こうして言い争いはしていますけど、見ていて嫌な感じは全然しません。

 それはきっと、このお2人が親友同士であって、この言い合いもいつもの他愛ない会話の延長線上のものだからなんだろうな、と、容易に想像することが出来ました。


……いいな……私、こんなお友達1人もいないわ……元の世界に


 私、

 そんな2人を羨ましそうに見ています……うん、とっても羨ましい。


……いつか、あの会話の中に混じれたら、どんなに嬉しいでしょう……


 そんなことを考えながらも、私はにっこり微笑むと

「そんなにお褒めいただくほどのものではないんですよ……

 さ、皆さんの朝ご飯を用意していますので、ラテスさんも一緒に召し上がってみてくださいな」

 そう言って、皆さんをベランダ脇のテーブルへ案内していきます。


 ガークスさんやネプラナさんは、昨日一度見ているのでそうでもなかったのですが

 私の料理をこの日初めて目にしたラテスさんは、いきなりその目を見開いていました。

「な、なんですか、これ!? こんなのみたことありません!?」

 ラテスさんはそう言うと、サンドイッチの山ににじり寄っていきます。

 蛇の下半身を巧みにつかってその側へ移動したラテスさんは、おもむろに1つ手にとります。

「や、柔らかい!? ちょっとなんでパンがこんなに柔らかいの!?」

 食パンの白い部分をふにふにさせながら、ラテスさんはさらにびっくりしています。

 すると、その横でガークスさんが

「ラテス、早く食べないとネプラナが全部食っちまうぞ」

 そう言いながら、自分も1つサンドイッチを手に取っていきます。

 いきなりガークスさんに話を振られたネプラナさんは

「そ、そないなことあるか!」

 と、怒っているのですが、その手にサンドイッチを5つ抱えていてはあまり説得力がありません。


 私は、そんな皆さんの笑い声を聞きながら、一度台所へ移動すると、お湯を沸かし紅茶を入れていきます。

 大目のお湯をわかし、その中に紅茶のティーカップを適当に突っ込みます。

 それを、まずはぬるめに仕上げて、人数分のカップへと注いでいき、

 残りは、やかんごと流水で冷やします。

 今はまだ夜明け直後でそう暑くないですけど、今日も日中は暑そうですからね。


 大きめのトレーにカップを乗せて庭に戻ると、ラテスさんがすごい勢いで私ににじり寄ってきました。

「よ、よーこふぁん、このりょうりのふふりははへひおひへへふははひ……」

 ラテスさん、何か一生懸命お話してこられるのですが、口いっぱいにサンドイッチを頬張られているため、まったく聞き取れません。

「おいおい、ラテス、ヨーコはん、困ってるやん。せめて食べ終えてから話しぃ」

 そう言ってくれるネプラナさんですが、彼女もまた口の中にかなりの量のサンドイッチを頬張っているのですが、こちらは綺麗に聞き取れる言葉で話しています……なんというか、不思議な光景です。


 そうこうしていると

「ヨーコさん、おはよう!」

 森の方から、テマリコッタちゃんの元気な声が聞こえて来ました。


 テマリコッタちゃんは、この世界での、私の一番の元気薬です。


 皆に紅茶を配って回っていた私は、トレーを机に置くと、

「テマリコッタちゃん、おはよう」

 そう言って両手を広げます。

 するとテマリコッタちゃんは、当然のように私の腕の中に飛び込んできます。


 ふふ……今日も石けんの良い匂いがするテマリコッタちゃんです。


 テマリコッタちゃんは、私にひとしきり抱きついた後、ガークスさん達へ視線を向けると

「ガークスもネプラナもひどいわ。先に食べているなんて。

 私とクロガンスお爺様の朝ご飯の分、ちゃんと残っているんでしょうね?」

 そう言いながら、テーブルへ駆け寄っていきます。

 そんなテマリコッタちゃんに、ガークスさんは、その顔の苦笑を浮かべながら

「あぁ、大丈夫だって、俺はちゃんと気をつけて食べているからさ」

 そう言い、チラッとネプラナさんへ視線を向けます。

 するとネプラナさんは

「う、ウチかて、量くらい調整しとるわ! ば、馬鹿にせんといて!」

 そう言って怒り声をしているのですが、手に持っていたサンドイッチをいくつかそっと、サンドイッチの山へ戻していたのを、私は見逃しませんでしたが……ふふ、見なかったことにしておきますね。


 ガークスさん達の輪に、テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さんも加わって、みんなでワイワイ楽しい朝ご飯です。


 紅茶も飲み終え、人心地ついたところで、まずクロガンスお爺さんが立ち上がりました。

「さぁ、今日中には作業を終わらせよう。そしたら、ヨーコさんお手製の焼きたてパンをいつでもご馳走してもらえるようになるからの」

 そう言って笑ってくださるんですが……



 えっと、く、クロガンスお爺さん……

 こ、このパン焼きの窯の作成自体、かなり勢いに任せて作り始めてますので……

 ぱ、パンなんてですね、自動パン焼き器でしか作った事無いんですよ……


 私は、今日元の世界に帰ったら、窯でのパンの焼き方をしっかり調べておこうと心に誓いました。



 そんな苦笑交じりの私の前で、クロガンスお爺さんやガークスさん、ネプラナさんに、ションギさんによる作業は、手際よく進んで行きます。

 昨日で、だいたいのコツを掴んだガークスさん達は、すでにセメントを練るのもお手の物で、それをコテをつかって塗っていき、ドンドン焼きレンガやブロックを固定していきます。

「細いのに、えらくガッチリした柱じゃのぉ」

 と、クロガンスお爺さんがびっくりしていた鉄製の柱を立て、その上にトタンの屋根を貼り付けていきます。


 テマリコッタちゃんも、クロガンスお爺さんに言われた道具を取りに行って持って行き、と、とても忙しそう。


 最初は見ているだけといっていたラテスさんまで、気が付けが、その長い蛇の尻尾を利用して高いところの作業を手伝ってくれていました。


 私は私で、キッチン部分や、窯の周囲の細かな部分を仕上げていきます。



 こうして、みんなで一生懸命頑張った結果。

 窯は昼前には完成しました。


 当初の予定よりも、皆さんにくつろいで貰うためのデッキスペースが3倍くらい広くなっています。

「まぁ、広い庭なんじゃし、これぐらいあっても大丈夫じゃろう」

 そう言って笑うクロガンスお爺さん。

 はい、本当にありがとうございます。


 そういえば、せっかくのおしゃれ着で来てくださっていたラテスさん。

 結局、服も帽子も汚れてしまっています。

「ごめんなさい、ラテスさん。結局手伝ってもらった上に、服を汚すことになってしまって……」

 私がそう言って頭を下げると、ラテスさんはニッコリ笑って、

「いいのよ、気にしないで。私は後で、朝のサンドイッチの作り方を教えてもらえればそれでかまわないから」

 そう言います。

 ふふ、その程度でしたらお安いご用です。

 パンの焼き方も、とりあえずフライパンでの調理方ならすぐにでもお教えできますので、とりあえずそれをお教えしようかな。


 さて、まだお昼少し前ですけど、

「さぁ、皆さん、ベランダの周りの木陰で休んでいてくださいな。お昼は絶対に食べて帰ってもらいますからね」

 私はそう言うと、テマリコッタへ視線を向けます。

「テマリコッタちゃん、悪いけどさ、畑から食べられそうな野菜を収穫してきてくれる?」

 私がそう言うと、テマリコッタちゃんは、手慣れた様子でベランダ脇においてあるカゴを手に取ると

「ヨーコさん、まかせて!」

 そう言いながら、カゴを抱えて走っていきます。


 ふふ……思った通りの姿ね。


 台所へと移動した私は、早速調理にかかります。

 するとラテスさんが

「私にも手伝わせてくださいな」

 そう言ってくださったんですが……申し訳ないことに、私の家の台所は非常に狭く、蛇の胴体をお持ちのラテスさんでは入ることが出来ませんでした。

 仕方なく、ラテスさんは窓から私の料理風景を見学することになりました。


 とはいえ……私の世界から持って来た乾麺や缶詰を使いまくる私の調理方法が参考になるかどうかは怪しいのですが……


 メニューは、すっかり作り慣れたスパゲッティです。

 すでに寸胴に水をはって常温まで暖めてあります。

 魔法調理器具に火をつけて、沸騰するまでの間にソースをつくってしまいましょう。


 最近はミートソースが続いていたので、今日は3種類用意します。


 ミートソースと

 クリームソースと

 ナポリタンです

 

 ミートソースとクリームソースは、缶詰をそのまま使用します。


 ここで、テマリコッタちゃんが

「ヨーコさん、お待たせ!」

 野菜を一杯収穫してきてくれました。

「さすがヨーコさんの畑ね。昨日全部収穫したのに、もうこんなに実がなっていたわ」

 そう言って笑ってくれるテマリコッタちゃん。


 ふふ、ありがとう。


 さて、私は、この野菜をどんどん刻んで行くと、フライパンで炒めていきます。

 今日は、向こうの世界から持って来たタマネギとベーコンも使用しています。

 オリーブオイルで炒めていると

「何、これ、すごく良い匂い」

 と、窓の向こうのラテスさんが、すごく幸せそうな笑顔をしています。


 その向こうでは、椅子に座っているガークスさんが、同じく椅子に座っているネプラナさんに

「おいネプラナ。お前はヨーコさんの台所に入れるだろ? お手伝いしてこいよ」

 そう声をかけていたのですが、ネプラナは、そっぽを向くと

「そ、そういうのは、まっだ修行中の身やで……お、お見せ出来へん……」

 そう、ぼそっといっていました。


 その言葉に、思わず笑い声があがっています。


 さて、

 そうこうしているウチに、寸胴のお湯も沸騰しました。


 私は乾麺をどさどさ突っ込んでいきます。

「ヨーコさん、11分ね?」

 すでにキッチンタイマーの使い方をばっちりマスターしているテマリコッタちゃんが、タイマーを片手に私に言います。

「えぇ、お願い」

 私はそう言うと、テマリコッタちゃんは

「よっし、スタート!」

 そう言って、ボタンを押しました。

 なんかね、私のお手伝いが出来てすごく嬉しそうです。


 ホント、どんな育て方をしたらこんなに素直で可愛い子が育つのでしょう。

 クロガンスお爺さんに一度お聞きしたいものです……子供が出来る予定はまったくありませんけどね。


 さて、11分。

 ゆで上がった麺を、適当に3分割してフライパンに突っ込んでいきます。

 そこで、まずはミートソースと刻んだ野菜達を混ぜて炒め

 次に、クリームソースソースと刻んだ野菜達を混ぜて炒めます。


 さて、最後のナポリタンだけは、私のお手製です。

 自分がナポリタンスパゲッティが好きだったもんだから、これだけは作れるのです。


 ケチャップを大量に使い、トマトも炒めて、と。

 これに残っていた刻み野菜にベーコンを全部突っ込み炒めます。

 ここに、残りのパスタも投入して、ざざっとかき混ぜたら……よし、出来ました。


「さぁ、みなさん召し上がれ」

 私は大皿3つに盛り付けたスパゲッティを庭へ運びます。

 皆の取り皿はテマリコッタちゃんが持ってきてくれました。


「ほほぉ、いつもの以外にも2種類もありますな」

 クロガンスお爺さんは興味津々で皿を眺めています。

 皆さんのフォークと、とりわけ用のトングをそれぞれの皿に置いた私は

「では、お好きなスパゲッティを取り皿に取り分けてお食べくださいな」

 そう、笑顔で告げました。


 真っ先に取り皿を手にしたのはネプラナさん。

 ミートソースのスパゲッティをごそっとすくうと、文字通り山のように取り皿に盛っていきます。

「おいおいネプラナ、みんなのも残しておけよ」

 ガークスさんが思わず声をかけていきます。

 それに、ネプラナさんは、少し顔を赤くしながら

「わ、わかってるわ」

 そう言いながら、少し戻しています。

 多分、加減がわからなかったんでしょうね……ふふ。


「何、このソース……こんなの初体験よ」

 ラテスさんは、そういいながらクリームソースのスパゲッティを口にして、一生懸命味わっています。

 おそらく、味の成分を見極めようとしているのでしょう。

 さすがは食堂を経営している方だけあります。


 そんなみんなの中で、

 テマリコッタちゃんが私の手をひっぱりました。

 私がテマリコッタちゃんへ視線を向けると、

「ヨーコさん、どれも美味しいけど、私これが一番好きよ」

 そう言って、ナポリタンが盛られた自分の皿を私に見せてくれます。


 私が、唯一自分で一から調理したナポリタン。


 私は、なんかもうすごく嬉しくなって、

「ありがとうテマリコッタ。大好きよ」

 思わずテマリコッタちゃんを抱きしめていきました。


 すると、ションギさんが

「ヨーコさん、俺もナポータだっけか、これが一番好きだぞ」

 そう言ってくださったのですが、すかさずネプラナさんが

「ションギのおっさんは、ヨーコさんに抱きしめて貰いたいから言ってるんや、ほっとき」

 そう言いながら苦笑しています。

 そんなネプラナさんに、ションギさんは

「おいおい、確かにそのとおりだけどさ、うまいのは本当なんだから大目にみろよ」

 そう言って苦笑を返しました。


 そんなやりとりに、皆は思わず笑い声を上げていきました。


 この日は、完成したばかりのパン焼き窯付きキッチンを眺めながら

 こうしてのんびりした午後を満喫していきました。


 日差しは強く、青い空には大きな入道雲が姿を見せていましたけど

 心地よい風が皆の頬を優しくなでていきました。



◇◇


 夕暮れ時になり、帰宅していくみんなを見送った私は、家に入ると戸締まりをしました。


 窓から外を眺めながら、今日の楽しかったことを思い出しながら目を閉じると


◇◇


 ……私は、元の世界に戻っていました。


 ……なんでしょう

 ここ数日かけて、みんなで頑張った窯がついに完成しました。


 この、ゆっくり沸き上がってくる達成感といいますか、恍惚感……

 なんでしょうか……すごく胸が震えてきます。


 こんな気持ち、いつ以来だろう……


 私は、感動で思わず涙が出そうになるのをこらえながら天井を向きました。



 その時

 フと、私は思い出しました。


 そういえば、郵便の束をそのままにしてたっけ。


 私は、ほったらかしにしておいた束を手に取ると、1つづつ確認していきます。


 

 美容院の案内状

 マンションの紹介のチラシ

 宗教の勧誘の冊子

 洋服店からのダイレクトメール


 そして


 ……え? 魔女魔法出版から?


 その、どこか懐かしい、私の名前しか書かれていない封筒には


『至急』


 の文字が朱書きされています。



 え? 何? なんなの、これ?



 私は、このとき、何か嫌な気持ちに包まれていきました…… 

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