第13話 窯をつくる朝霧ヨーコさん その4

 お昼ご飯の後、空が夕焼けに染まるまでみんなで作業を続けたところで、この日の作業は終了になりました。


 本当ならここで皆さんに夕食も食べて貰いたかったのですが……無理です。

 今日のお昼で、こちらの世界に持って来ていた食材は全て使い切ってしまっていました。


 まさか、ガークスさん達がお手伝いに来てくださるなんて思ってもいなかったのもですから……完全に油断してました。


 皆さんには正直に事情を説明し、ご自宅での夕飯に間に合うようにお帰りくださるようお伝えしたところ

「ワシらよりも、ヨーコさんの晩ご飯はどうするんじゃ?」

「それに、明日のご飯にもお困りでしょう?」

 と、皆さん、ご自分達のことより、なんだか私の心配ばかりしてくださって……


 ……困りました。


 こちらの世界で寝ている間に、元の世界で食材を買ってきます……なんて言ったところで、誰も信じてはくれないでしょうし……


 とにかく、もうじき真っ暗になってしまう中、街まで戻ってまた来ていただくなんて、心苦しくて仕方ありませんし、その時間になれば、私はほぼ確実に元の世界に帰っています……


 ……も、もうこうなったら仕方ありません。

 いちかばちか、もう正直に言ってしまおう……


「あ、あのですね……私、食料とかは、後で別の場所で買ってこれますので……」

 そう言った私の言葉に、

「別の場所やて?」

「このあたりには、俺達の街以外に店はないはずだけど……」

 ネプラナさんやガークスさんはそう言いながら困惑顔です。

 私は、なんとか言葉をつなごうと口を開いたのですが……そんな私より先に、テマリコッタちゃんがニッコリ笑って言いました。

「そっか、ヨーコさん魔法が使えるものね。それで買い物に行ってこれるのね」

「へ?」

 困惑顔の私に、クロガンスお爺さんまで、ポン、と手を叩き

「そうじゃったな、ヨーコさんはワシの家の前から一瞬でこの家に帰ることが出来るお人じゃしな。なるほど、そういうことか」

 そう言うと、テマリコッタちゃんと顔を合わせて笑っています。


 そうですね。

 私は、2人の言っている意味がやっとわかりました。


 1度私、2人の目の前で、向こうの世界で目を覚ました事がありまして、その際、2人の目の前で姿が消えたそうなのです。

 ちょうど、2人のお家に遊びにいった帰りだったものですから、それを2人は

『私が魔法を使って家に帰った』

 と思いこんでくれていたんですよね。


 でもですね

 この2人の説明のおかげで、


「あぁ、なんだそういうことなら安心ですね」

 と、ガークスさん達、街の皆さんも納得してくださったわけで……テマリコッタちゃん、本当にありがとう。


 と、いうわけで、日が落ち始める中、私は、皆さんをお見送りしました。


 山に向かって帰っていく皆さん。


 途中で、左に曲がっていくクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃん。

 テマリコッタちゃんは、姿が見えなくなるまで私に向かって手を振ってくれていました。

 その後、ガークスさん達の姿も森の中へと消えていき、私は1人、その後ろ姿を見送ったまま、家の玄関前に立ち尽くしていました。


 ついさっきまで、その横のベランダのあたりでは、みんながワイワイお話しながら作業をしてくれていました。

 みんなが帰った今でも、目を閉じるとその光景が蘇ってきます。


 私は、少し冷たく感じる夜風を体に浴びながら、その場に立ち尽くしていました。


◇◇


……あ


 目を開けると、私は元の世界に帰っていました。


 むくりと起き上がる私。

 目を閉じると、この世界に戻ってきているというのに、みんなと楽しく作業していたあの光景が浮かんで来ます。


 あぁ、本当に楽しかったなぁ……


 そう、思い出に浸りながら、ベッドの上で膝を抱える私。


 その時、目覚ましがなり始めました。


……ふふふ、今日は私の勝ちのようね


 目覚ましを消すと、私はゆっくり立ち上がり、大きく伸びをしていきました。


「……あ」

 そこで、不意に思い出しました。


「しまった、家の鍵、してないや」

 ……どうやら私、またやらかしてしまったようです。


◇◇


 今日は余裕を持って出勤した私。


 阿室さんから何か話があるかなぁ、と思っていると、彼女は今日もお休みだそうです。

 上司曰く、家の都合だそうなのですが


 ふと彼女の机上のカレンダーを見ると、今日の所に


『海』と書かれていましてですね……あはは


 そっとカレンダーを倒し、さりげなくその上に種類をかけておきました。

 まぁね、若いんだししっかり遊んできたまえよ、うん。

 まぁ、忙しくないわけじゃないけど、過渡期じゃないしね。


 仕事をしていると、昨日電話してきた上司が私の席にやってきて、

「やぁ朝霧くん、昨日は急にすまなかったね」

 それだけ言って、自分の席に戻って行きました。


 繰り返します

 それだけ言って、自分の席に戻って行きました。


……まぁ、多くを期待してはないませんけど、こりゃ、あとの2日の休みは取らせてもらえそうにないなぁ、などと思いつつ、はいはい、昨日休んだんですから仕事頑張りますよ、っと。



 そんなこんなで、まぁ通常通りに仕事をこなし、

 当然のように若干の残業もこなしましてですね、私は会社を出ました。


「あ、朝霧先輩」

 はいはい? なんですか貴水くん?

 駆け足で会社を後にしかけた私、立ち止まって首だけ後方へ。


 すると貴水くんの後方には数人の若手社員がいましてですね、

「朝霧先輩、これからみんなで飲みにいくことになったんですけど、先輩も一緒にどうですか?」

 そう言いながら、イケメンフラッシュを私に浴びせてきます。


 以前の私なら、このイケメンフラッシュの前にタジタジになりながら、

「わ、私なんてですね、いえそのあの……」

 とかいいながらシオシオノパァになったはずですなんですけど、

 

 テマリコッタちゃんの天然お子様スマイルに鍛えられている私はちょっと違います。

「ごめんね、ちょっと用事があるの。こんなおばさん、誘ってくれてありがと」

 ここで、白狐ヨーコばりの満面スマイル! どだ!


 と、自己満足にひたりながらその場を後にしました。


「最近朝霧先輩綺麗になったよなぁ」

「今の笑顔、ぱなくなかった?」

 とか、ですね、なんか聞こえたような気がしないでもないですけど、気にしません。

 どうせ、34才の耳が作り出した幻聴です。気にしません。


◇◇


 さて、今日の私の本番はここからです。


 24時間スーパー、ヘローズに駆け込んだ私は、カートにカゴを上下に1つづつ突っ込むといざ出陣。

 乾麺コーナーの商品を買いあさり、ツナ缶を中心に缶詰類も買い込みます。

 ポイントはとにかく常温保存出来て、長期保存出来る物。

 フリーズドライの乾燥味噌汁や、生麺タイプのラーメンも購入。

 カップ麺も、万が一のために、と、店に頼んで箱で出して貰いましてですねがっさがっさとカートに詰め込んでいきます。

 小麦粉や薄力粉、強力粉なんかも適当に詰め込んでいきます。

 すでに上下ともカートはパンパンですけど、気にしません。


 最近、こんな感じでのまとめ買いが多い私ですけど、食費的にはそんなに増えた感じはしてないんですよね……


 いえ、違うんですよ?

 2日に一回は外食してたとか、毎晩ロング缶で晩酌してたとか、そんなのが理由ではないんですよ……お願いですからそういうことにしておいてください。


 さて、大量に品物を購入した私は、これをお店で「ご自由にお使いください」として置かれている段ボール箱に詰めていきます。

 結果、段ボール3箱にプラスしてカップ麺の段ボールが1つの計4箱です。


 いつものヨーコさんですとですね、ここで「しまったぁ、これどうやって持って帰るのよぉ」なんですけど、今日の私はひと味違いますよ。


 ここで私は、持参していた大きめのリュックサックの中からある物を取り出します。


 折りたたみ式キャリーカートです。


 営業をバリバリやってた時代に、外回りで使っていた私物です。

 耐荷重25キロあるんで、これぐらいの荷物ならへっちゃらです。

 カートに段ボールを乗せ、これをゴム紐できっちり固定すると、私は、カートをゴロゴロ転がしながら家路を急ぎます。

 時折、スマホをジッと見つめてる人とぶつかりそうになりながらも、どうにか家に到着。


……さっきのスマホの人って、ポケゴンかなぁ、


 なんて思いながら、荷物を2回にわけて5階にある自室まで運び込むと、私はそれを即座にベッドの上に置いていきます。


 手慣れたもので、今日食材を買って帰ることは決めていたので、出勤前にベッドの上にブルーシートを引いています。

 

 私は早速シャワーで汗を流すと、ドアについている郵便受けを確認。


 ん? なんか入ってる。

 取り出すと……あぁ、はいはいマンションの紹介とかそんなのですね。

 とりあえず机上に放り投げておくと、私は早速ベッドの上に。


 手慣れた感じで枕を頭に巻き付けて目を閉じる


◇◇


……と、次に目を開けると、はい、白狐のヨーコさんですよ、と。ふふふ。


 もうすっかり手慣れたシチュエーションを満喫しながら、私は早速作業着へと着替えていきます。


 帰ってすぐに寝たおかげで、若干残業した後にもかかわらず、まだこちらの世界は夜明け前です。


「さぁ、今日も腕によりをかけますか」

……と、えらそうに言いましたけど、人並み若干下くらいの腕しかもってないんですけどね、あはは。



 魔法灯を灯し、私と一緒にやってきた段ボールを、すべて台所へ運び混むと、さぁ、作業開始です。


 朝食用の食材だけを詰め込んだ段ボールを開くと、まずは食パンの袋を取り出します。

 サンドイッチ用ではなく、6枚切りの食パンの袋を取り出しては開き、皿の上へ。

 これを繰り返していくと、あっという間にパンの山が出来上がりました。


 これに私は、ツナ缶や、鶏肉、卵やハム、スライスチーズといった材料を適当に組み合わせながら、どんどんサンドイッチを作っていきます。

 途中、庭の畑から出来たてのレタスを3つほど収穫。

 土がいいせいか、野菜がすごくよく育っています。

 このレタスも、流水でざっと洗って、さぁ、サンドイッチの食材に参戦です。

 チーズやハムとせっとにして、どんどんどんどん詰め込んでいきます。

 適当なところで、これを斜め半分にカット。


 これでかなり大きめな三角サンドイッチが出来上がります。

 テマリコッタちゃん用に、これをさらに半分にしたサイズの物を準備します。


……そういえば、ネプラナさんのも小さくした方がよかったかしら……ま、いっか。


 昨日から出しっ放しのままのテーブルを拭くと、私はその上に、出来上がったサンドイッチののった大皿を運んでいきます。


 お茶の用意は、みんなの姿が見えてからでいいでしょう。


 私は、昼食の用意がすぐ始められるように台所の準備をしてから、改めて庭へと出ました。

 ちょうど山の端から太陽が顔を出し始めています。


 私の家はまだ宵闇の中ですが、山の向こうの方では、徐々に夜が明けています。


 空は、その陽光を浴びた朝の雲達が、のんびり漂っている最中です。



……今日も暑くなりそうね


 私は、サンドイッチを1つ頬張りながら、森へ視線を向けていました。

 昨日、みんなが帰って行った、あの森を

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