第12話 窯をつくる朝霧ヨーコさん その3
現実世界で、急なお休みを頂いた私が1日かけて購入し、
マンション5階の
マンション5階の ~大事なことなので2回いいましたよ~
自室まで運び込んで、この世界まで持って来た資材の山ですが、
今、その資材の山の周辺は大賑わいです。
昨日に引き続き手伝いに来てくれているクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんは、すでに手慣れたものです。
クロガンスお爺さんは、すでに私が持参している完成図面が頭の中に入っているようで、黙々と作業を進めています。
テマリコッタちゃんは、その横でクロガンスお爺さんに言われた材料を持って来ます。
とはいっても、そこはクロガンスお爺さんです。
テマリコッタちゃんでも持ってこれる、シートや軽い木材、ちょっとした道具しか頼みません。
それを、テマリコッタちゃんが『次のお手伝いはまだかしら』と、ソワソワし始めそうな絶妙のタイミングで声をかけています。
プロです。
すごく尊敬します。
そして、今日初めて来てくださった、ガークスさんと、ネプラナさん、それにガークスさんのお仕事仲間のおじさま2人
「俺は、人犬のイゴ」
「俺は、ションギだ、お嬢さん今後ともよろしくな」
はい、承りましたわ。イゴさん、ションギさん。
私がそう言ってニッコリ笑うと、ションギさんがズイッと顔を寄せてきました。
「ヨーコさん、ちなみにイゴは嫁さん持ちだが、俺は絶賛嫁さん募集中だ。ちなみに好みのタイプは胸が大きくて色白な人狐さんだ」
そう言って、私の顔の真ん前でニカッと笑うションギさん。
そんなションギさんに、私
「はい、承りましたわ。私、この世界でまだお友達が少ないのですぐにはご紹介できませんが、条件に見合いそうなお嬢さんとお友達になれましたら必ずご紹介いたしますわ」
そう言って、ニッコリ微笑み返します。
その言葉に、少しがっかり気味に肩を落とすションギさん。
あら、どうされましたか? ふふ、理由はあえて聞きませんわね。
話を戻しましょう。
ガークスさん達4人は、昨日のクロガンスお爺さんと同様に、
「…なんだ、この材料は?」
「セメント? 聞いたことあらへんなぁ……」
まず、私が、私の世界から持ち込んだ、この世界では珍しい素材の数々を前に困惑することしきりです。
そんな感じで、しばらく4人で相談なさっていたのですが、
「そこの素材のことならだいたい把握しておる。お前さんらは、とりあえずワシの指示に従って作業してくれんかの?」
クロガンスお爺さんがそう声を掛けると、
「そうですね、それでいきましょう」
ガークスさん達は一斉にクロガンスお爺さんの側に駆け寄っていきました。
昨日のうちに、だいたいの地面掘りと水平化は終了していたので、まずは総出で窯とキッチン部分の制作に入ります。
プラ船という緑の大きな容器にセメントを入れて、これに水を加えます。
水は台所から、ゴムホースで直接流し込みますが、畑の水やりにも使用しているリール式の物で先端に散水ノズルがついています。
「なんやこれ? ヨーコはんはおもろいもんをぎょうさん持ってるなぁ」
ネプラナさんは、興味津々でそれを見ていました。
「ヨーコさん! いくわよ!」
テマリコッタちゃんの元気な声で台所の蛇口がひねられたのですが、その時運悪く散水ノズルのレバーを引いていたネプラナさんは、その先端から勢いよく噴き出した水を顔面に受けてしまいました。
「あはは、なんやこれ」
ネプラナさんは、照れ笑いでごまかしていましたけど、みんなその姿に思わず笑顔になっていました。
そうやって水と、袋から出したばかりのセメントを、畑で使っている鍬でかき混ぜます。
……こう言うと、なんだかすごくDIYに手慣れた日曜大工ならまかせて的なお姉さんに見えるかもしれませんが、
とんでもありません。
やることなすこと、すべて初めてのことばかりです。
「ヨーコさん、これあはどうやって使うのじゃ?」
「ヨーコさん、ここに使う、この固い柱はどうやって固定をすればよろしいので?」
「ヨーコはん、このセメント? ってやつ、どうやって使ったらええの?」
みんなは、当然のように私に色々聞いてくるのですが、
私は、当然のように、その都度大パニックです。
元の世界の朝霧ヨーコ・34才独身は、せいぜい本棚を電動ドリルで組み立てたのが最高傑作という有様です。
「ごめんなさい、すぐ調べます!」
「ごめんなさい、すぐ考えます!」
「ごめんなさい、すぐ探します!」
まだお昼前ですのに、私、何度頭を下げたかよく覚えていません……
皆さん、本当にごめんなさいなわけなんです。
そんな中でも、クロガンスお爺さんは
「焦るこたぁないよヨーコさん。まぁボチボチやろう」
そう言って、アタフタしている私に、のんびり笑いかけてくれます。
「そうですよヨーコさん、みんなでやってればそのうち出来ますから」
ガークスさんも、クロガンスお爺さんに続いてニッコリと、
「これで、こないなことまで完璧にこなされたら、ウチ、女として自信無くすわぁ」
もう、ネプラナさんたら、
「おや? ここにヨーコさん以外のお嬢さんがいたかいな?」
「うむ? まったく見かけんのじゃがのぉ」
「イゴとションギのおっさん、ちょっとそこを動くな」
軽口を叩いたイゴさんとションギさんを、ネプラナさんがすごい勢いで追いかけていきます。
「もう! 3人とも真面目に仕事をしなさい!」
それを、腰に手をあてて怒るテマリコッタちゃん。
ふふ、もう、誰が年上なのかわかりませんね。
テマリコッタちゃんの前で、頭を下げる3人。
そんな皆さんを前に、私は改めて取扱説明書に視線を落としていきます。
……えっと、だからこれは……
◇◇
お日様がちょうど真上になりかけたところで、私は慌てて台所へと駆け戻りました。
朝準備していたサンドイッチがまだ残っていましたので、最初はこれをお昼にしようと思っていたのですが、予想外にガークスさん達が増えたものですから、これでは皆さんのお昼に到底たりません。
どうしよう、何か出来る物は……
私は台所の棚をあけて腕組みです。
朝、サンドイッチを作るのに、用意していた材料を軒並み使用してしまっているため、乾麺か缶詰くらいしか買い置きがありません。
しかも、こんな時に限ってスパゲッティの麺も品切れです。
他にある乾麺は……そうめんですね……
職場で行われたお中元の分配の際に、阿室さんた貴水くん達若い人達がいらないっていうんで、全部私にまわってきた、あの鬼のような量のそうめんです。
「そうね、これでいきましょう」
私は即座に寸胴に水を張ると、魔法調理具に火をつけました。
さて、お湯が沸くまでの間に、何かおかずになりそうな物でも……
私はとりあえず畑に移動。
すると、トマトやナス、ピーマンが少量ですが出来ています。
よし、とにかくこれを収穫して……そう思っていると、作業場からテマリコッタちゃんがテテテと駆けてきました。
「ヨーコさん、お昼の用意ね? 手伝うわ」
テマリコッタちゃんが、笑顔でそう言ってくれました。
ふふ、ホントにテマリコッタちゃんはよく気がつく女の子ね。きっといいお嫁さんになるわ。
「じゃ、食べられそうな実を、このカゴに収穫して台所に持って来てくれるかしら?」
「わかったわヨーコさん」
私からカゴを受け取ったテマリコッタちゃんは、早速畑に入っていきます。
さて、と
私は台所に戻ると、次の作業にかかります。
ちょうど寸胴にお湯が沸いていたので、そこにそうめんを投入です。
帯を外しては入れ、外しては入れを繰り返していきます。
すごい湯気が台所に充満します。
外の暑さも相まって、白狐姿の際にはあまり汗をかかない私も、肌にじっとり汗をかいていきます。
夏だからそうめん。
コンビニとかで買ってくれば、そう感じませんが、茹でるところからすると、すごく大変だということを、改めて実感しながら、私は菜箸でそうめんをかき混ぜていきます。
そうこうしていると
「ヨーコさん、おまたせ」
テマリコッタちゃんが収穫した野菜をカゴにいれて戻ってきました。
ナスにトマトにピーマン……あら? きゅうりにゴーヤまで?
「そこの窓になっていたわ」
と、テマリコッタちゃん。
あぁ! そういえばグリーンカーテンにしようと思って植えたわね!
さすがはテマリコッタちゃん、私が忘れているところにまで目が届くなんて、ふふ、うっかりものの私にとっては最高のパートナーだわ。
そう言うと、テマリコッタちゃんは、
「まかせて、ヨーコさん。ヨーコさんのためなら私いくらでも頑張れるわ」
そう言ってにっこり笑ってくれます。
ふふ、本当にありがとう。
私は、テマリコッタちゃんが持って来てくれた野菜を受け取ると、
きゅうりは切って、味噌を添え
ゴーヤと他の夏野菜は、まとめてオリーブオイルで炒めました。
いわゆるなんちゃってゴーヤチャンプルーとでもいいますか。
これに、そうめんなんですが……困りました。
茹でたあとで気がついたのですが……こんなに大量のそうめんを盛り付ける器がありません。
さてさて、どうしたものか……
そんな私の目の前
窓の外には、まだ設置前の雨樋が……
……雨樋……雨樋ねぇ……
私は、この使用前の雨樋を綺麗に拭くと
一方を台所の中に
もう一方を台所の外へ向けて簡単似固定しました。
当然、台所の向こうの方が低くなっています。
その先にザルを置いておき、流した物がここにたまるようにします。
その雨樋の脇に、キャンプ用の折りたたみテーブルも設置して、その上に、朝のサンドイッチの残りや、先ほどつくったおかずを、大皿で並べていきます。
横には取り皿も設置して、と。
さ、準備は出来たわよ……うまくいくかどうかはわかんないけどね……あはは。
「皆さん、お昼にしましょう」
私が声をかけると、皆さん、ホースの先の水で手足を洗い、顔をも洗ってさっぱりしています。
夏の日差しのもと、なんかすごく気持ちよさそうです。
「で、ヨーコさん、これはなんじゃ?」
私に案内されて、家の裏手に来た皆さんは、当然目をぱちくりしています。
それはそうでしょう。
テーブルの上の料理はともかく、その中央には、台所から伸びている雨樋が1本、どんと伸びているのですから。
「はい、みんな、このお汁の入った器と、このフォークを持って、雨樋の横に一列に並んでね」
テマリコッタちゃんが、さっき私が指示したとおり、皆に説明しながら、お盆にのせたお汁の器と、フォークを配ってくれています。
この世界には箸がないため、フォークで代用しています。
クロガンスお爺さんを始め、みんな困惑しながらも雨樋の横に一列に並んでいきます。
私は、それを台所の中から確認すると
蛇口のゴムホースを、外に向かって伸びているものから、短いものに付け替えて、雨樋にその水を流していきます。
「な、なんじゃ!?」
「水が流れてきた!?」
台所の向こうから、びっくりした声が聞こえてきます。
ふふ、じゃあいきますよぉ。
「それじゃあ、これから『そうめん』を雨樋に流しますので、フォークですくって食べてくださいね」
私は、そう言うと、寸胴の中のそうめんを菜箸でひとすくいし、雨樋へと流していきます。
沢の水を使用している蛇口の水に、まだ熱さの残っているそうめんが絡まっていきます。
私は、熱を冷ますため、少し水流に麺をひたしてから放流しました。
「わわ!? なんか流れてきたぞい!?」
「こ、これをすくうんか?」
皆、おっかなびっくりといった感じで、雨樋にフォークをつけていきます。
最初のクロガンスお爺さんは、見ているうちにそうめんが全部流れていったらしく
隣のネプラナさんが、一回目のそうめんをごっそりすくっていました。
「なんや……けったいな食べ物やなぁ……」
ネプラナさんは、おっかなびっくり、すくったそうめんを、手の器につけていき、
「えぇい、女は度胸や」
そう言うと、一気にそれを、口に
「……ん?」
ず……ずず、……ずず~~~~~~~
「うまい! うまいでこれ!」
ネプラナさんは、お汁まで一気に飲み干すと、
「ヨーコさん、次、次早く!」
そう言って、再度雨樋へ並んでいきます。
このネプラナさんを見た、他の皆さんも
「よ、よし、今度はワシもしっかりとるぞい」
「あかん! ウチがもう一回や!」
「おいおい、後ろにも回してくれよ」
そう、声をあげながらワイワイとなっていきます。
ふふ、どうやら、即席のながしそうめん、なんとかなったみたいです。
その後
テマリコッタに、お汁を入れ直してもらったネプラナさんをはじめ、
みんな、私が流していくそうめんを競い合ってすくっては食べていきました。
最初は、上流の人達が根こそぎすくっていたため、下流のイゴさんやションギさんにほとんどそうめんがまわっていかなかったのですが、別のテーブルにサンドイッチやおかずがあったため、クロガンスお爺さんやネプラナさんが、そちらを味わいにいっている際に、他の皆さんにも行き渡っていきます。
「このサンドイッチ、めちゃおいしいわぁ……ラテスのとこのパンとは全然ちゃうね」
ネプラナさんは、サンドイッチを特に気に入ったみたいで、途中からはそうめんよりも、こちらのテーブルにつきっきりでした。
みんながそうめんと、テーブルを行き来しながら食事を楽しんでいる中、テマリコッタちゃんは、みんなが取り損ねて、ザルに溜まったそうめんをすくって食べています。
私が、新しく流そうか、と声をかけると
「わたしはこれがいいわ。流れてくるのを受け止めるのは苦手なの」
そう言ってくれましたけど、きっともったいないから、と、気を遣ってくれているのでしょう。
本当に、よく気がつく良い子です。
クロガンスお爺さんが、どれだけ愛情深く育てているのかが、嫌と言うほど伝わってきます。
断言します。
今、私に子供が出来ても、こんな良い子に育てる自信はありません……あはは
◇◇
あれほど用意しておいたそうめんも、おかずも、すべて綺麗になくなった後、
私はやかんごと水で冷やしておいた紅茶を持ってみんなについで回りました。
「こう暑いと、冷えた飲み物がうれしいね」
ガークスさんは、そう言いながら紅茶を一気に飲み干していきます。
その横で、ネプラナさんは
「ちょ、ガークス! もっと味わって飲みなよ……ヨーコはん、普通に出してくれてるけど、この紅茶、めっちゃうまいんやで?」
そう言いながら、ガークスさんの後頭部をばしばし叩いています。
あはは、一応アールグレイですけど、ティーパックですしね。
私は、ネプラナさんに
「いえいえ、おきになさらず。遠慮無くおかわりしてくださいね」
そう言うと、ネプラナさんは、一度手の中の紅茶をマジマジと眺めた後、それを一気にグイッと飲み干して
「……すんません、おかわりを」
少し恥ずかしそうにしながら、コップを差し出して来ました。
その様子に、思わずみんなから笑い声があがっていきます。
私も笑みを浮かべながら、やかんから紅茶をついでいきます。
それを、早速再度口に運ぶと
「ぷはぁ、ホントおいしいわ」
ネプラナさんは、本当に美味しそうな笑顔を浮かべて天を向いていきます。
私は
その笑顔を、とてもうれしい気持ちで眺めています。
まだお日様は、真上です。
抜けるような青空のもと、
私達は、木陰に座ってのんびり冷えた紅茶を味わっていきました。
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