第11話 窯をつくる朝霧ヨーコさん その2

 お盆が近づいてきました。


 ウチの会社はサービス業部門を抱えているため、全員一斉に休めません。

 なので、前半組と後半組に分かれてお盆休みをとります。


 このお盆期間を全部出勤して、それ以外の日にお休みを取ってもいいのですが……


 ウチの会社ですよ?

 そんなの取れるわけないじゃないですか。


 去年、「俺、お盆全部出勤して9月の始めに休み取り~っす」っていってた新人くんがいたんですけど、忙しすぎて普通に全部仕事に来てましたからね……そんな彼はもう辞めていませんけど。


 まぁ有給休暇もありますので、前半後半ぶっ続けで休んでもいいんですけど、それやると誰かに代わりを頼まないといけないわけなんですが、その人の代わりにお盆に出勤した人って、お盆以外にお休みをとらなきゃいけなくなるわけですが……あら不思議、なんかここで、去年の新人くんの顔が鮮明に浮かんでくるのは何故でしょうねぇ。


 で、そんな中


「お盆の前半も休ませて欲しいんですけど」

 って、今半休み組の阿室さんが上司に申し出たのが昨日の終業前。


「そりゃ困ったなぁ、誰か代わりに出て貰わないとなぁ」

 と、ぼやく上司を残し、私は残業をとっととすませて帰宅したのですが、


 今朝、出社準備をしていた私の携帯にいきなりその上司から電話です


 はて? なんぞ?


「はい、朝霧です」

『あぁ、朝霧くん? 急ですまないけど、今日休んでくれる?』

「は?」


 いや、ちょっと待って……ホント急ですよ。


『いやね、阿室くんがお盆を全部休みたいって言ってきてね……』

 はい、知っています。昨日横耳で聞いてました。


『でね、代わりに君に前半も出勤してもらうことになったんだ』

 え? ちょっと待って? 私の意思は? 都合は? ねぇ?


『でね、今日なら仕事も少ないから、代わりに1日休んでよ。あとの2日はまた別の日にってことで。じゃ』

 

 ブッ……ツー……ツー……


 ……つまりあれですか

 お盆に急に出勤させることになっちゃったから、1日は休ませてあげるよってことですか?


 ってか、最後までこっちの都合は聞いてくれませんでしたけど……まぁ、いっか、聞いてもらえるような会社なら、そもそもこんな電話をしてくるわけがないよね~、あはは。


 でもって

 あと2日は別の日にって言ってたけど、多分うやむやになるんだろうなぁ……


……あら不思議、なんかここで、去年の新人くんの顔が鮮明に浮かんできましたよ。

 

◇◇


 と、いうわけで、降ってわいたお休みです。


 あれこれ考えても仕方ありません。

 前向きにいきますか。


 以前の私なら、ここで大文句いいながらどっかに食べに行ってるところですけど、軽装に着替えた私が向かったのは、最近すっかり常連さんのホームセンターです。


 昨日、途中までしか買えなかった自作レンガ式パン釜のあるカントリーキッチンを作成するために必要な材料の残りを買いに来たわけです。


 今日は1日あります。

 日中1日かけてのんびり部屋に運びこめます。

 降ってわいたこの1日、しっかりばっちり有効活用したいと思います。


 私は腕もくりしながら焼きレンガコーナーへと早足で向かっていきました。


◇◇


 現在、夜の19時を少し回っています。


 先ほど、最後の材料である窯の蓋にする鉄板を運び込みました。

 改めて寝室の中を見回してみますと、部屋の中ほぼ全てが、自作レンガ式パン釜のあるカントリーキッチンの材料で埋め尽くされています。

 最初はベッドの上だけを覆っていたブルーシートも部屋中に広がっていて、その上が荷物だらけなわけです。


 ……あ、改めて見るとこれ、すごい量です。

 最初、これだけの量の材料を使って、たった一人で作業しようとしていた自分の無謀さに、改めて苦笑する私。


 ……あはは、クロガンスお爺さんにホント感謝です。


 今日1日何度も階段を上下してへとへとな体ですが、これから向こうの世界に行って、自作レンガ式パン釜のあるカントリーキッチンの作成を再開出来るわけですから、気がはやります。


 シャワーで汗を流した私は、戸締まりと火の始末を確認して、いざ寝室へ。


 今日はマジでスペースがないもんだから、ブロックの上手に座ってるんですけど……だ、大丈夫なのかなぁ?


 いつものように、後頭部に枕を巻き付けた状態で体育座りした私は、そっと目を閉じ……


◇◇


 ……その目を開くと、はい、白狐のヨーコさん、こんにちは、です。


 自分の、相変わらずの寝付きの良さにそろそろ恐怖すら感じ始めていますけど、あえて気にしないことにします。


 そんな中、すごく嬉しい発見がありました。


 今日の荷物ですが、当然ベッドの上の品物しかこちらの世界にもってこれていないだろうと思っていたのですが、部屋の中の物全てがこちらにきていました。


 これは想像ですが

 ベッドの上に乗っかっているブルーシート。

 そのブルーシート上の物も全部一緒に持ってこれちゃう感じでしょうか?


 購入は全部済んだけど、運び込むのに数日かかるとおもっていただけに、これは喜びもひとしおです。


 窓の外に目をやると、まだ真っ暗です。

 これはこの間と同じです。


 やはり午前0時より早く寝ると、夜明け前の結構早い時間のこちらの世界にこれるようです。


 私は早速作業着に着替えると、まずは台所へ。

 まだ窯が出来ていないので、今日は市販の食パンを持参しています。

 食材類を台所へ運び込んだ私は、今度は魔法灯を片手に畑に出てみました。

 すると、どうやら食べられそうなレタスがいくつかなっています。

 これを収穫した私は台所に戻り、さぁ、作業開始です。


 卵焼きを作り……テマリコッタちゃんは甘いのがいいかしら……

 レタスをちぎり

 鶏肉を焼いて甘辛いソースを絡めて

 そうそう、ツナ缶も開けましょうか


 台所の窓際に置いた魔法灯の優しい灯りの中で

 私は忙しく手を動かします。


 大量に準備したつもりの食パンですが

 出来上がった材料を次々に挟んでいくとあっという間に少なくなっていきました。


 ふふ、これだけあれば、クロガンスお爺さんがいくら食べても大丈夫よね。

……とはいえ、ちょっとこれは多すぎたかしら?


 大皿にして8皿

 クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんの笑顔を思い浮かべながら作っていたら、ついつい作りすぎたのかもしれません。


 まぁ、いっざとなったらお昼ご飯にしてもいいわよね……あ、でも傷んじゃうかなぁ


 と、まぁ色々考えていますけど、答えが出そうにありませんので、次の作業に移ります。



 玄関と、ベランダ、それに寝室の3箇所に魔法灯を置いて、

 私は寝室の荷物運びを始めました。

 クロガンスお爺さんが来てから一緒にやった方が楽なのはわかっています。

 でもですね、クロガンスお爺さんはすごく優しいですから

「ヨーコさんはそんな思い荷物を運ばなくていいから」

 とか

「ヨーコさんはこっちでテマリコッタの相手をしててくだされ」

 とかいって、ほとんど何もさせてくれないんですよね。


 それはそれで、お気持ちはありがたいんですけど、ここは私の家であって、今作っているのは私のキッチンです。


 やっぱり一緒にがんばりたいじゃないですか。


 見上げると

 満天の星空が私を見下ろしています。


 ふふ、なんかこんなのも素敵ね。


 私は魔法灯のほのかな灯りを頼りに、寝室の荷物をどんどん庭へと運んでいきます。


◇◇


 どれだけたったでしょう。

 そろそろ山の端が白み始め、空から星空が消え去り始めた所で、何やら森の方から声が聞こえるような……


 手を止めて、そちらへ視線を向けてみると、森の方から手を振りながら駆け足でやって来る人影が1つ。

「やっぱりヨーコさんだ。おはようございます」

 それは、ガークスさんでした。

 おそらく、このあたりの夜の警邏をした帰りなのでしょう。

「家の外に魔法灯の灯りが見えたものですから、ひょっとして何かされているのかなと思い立ち寄ってみたのですが……」

 そう行って笑うガークスさんは、私の周囲を見回しながら首をひねりました。

「焼きレンガはともかく、他には見たことのない材料がいっぱいですね……これで一体何をなさるんです?」

 そう言って私を見つめてくるガークスさんに私は

「いえね、お庭にパンを焼ける釜と、それに付随したガーデンキッチンを作ろうと思いまして……」

 にっこり笑ってそう言いますと

 ガークスさん、その顔をぱぁっと輝かせて

「あのうまいパンを焼く窯ですか! そりゃぜひ僕にも手伝わせてくださいよ」

 そう言って笑います。


 そういえば、ガークスさん。

 この間私の出来損ないのパンを食べていただいて……それをすごく美味しいと言ってくださったんだっけ。


 ガークスさんは

「村に戻って、警邏の報告を済ませたらすぐ戻ってきます」

 そう言って手を振ります。


 あ、そうだ


 私は、そんなガークスさんを呼び止めると、家の中へ。

 作りすぎたサンドイッチをラップでくるんで、大きめのバンダナで包みます。

「これ、朝ご飯用に作ったサンドイッチですけど、よかったらワルコスお爺さんと一緒に食べてください」

 そう言い、笑顔で手渡しました。

 すると、ガークスさん、

「あのパンですか!? いやありがたい! 実はあのパンをぜひまた食べたいと思って夢にまで見ていたんですよ」

 そう言って、それはそれは嬉しそうに笑ってくれました。


 う……、ご、ごめんなさい、ガークスさん。

 それは、こないだの私の手作りのパンではないのです……あ、でも、味は確実にいいはずだから、まぁいっか……


 と、まぁ、少々困った笑顔の私に見送られながら、ガークスさんはまだ暗い道を何度も振り返りながら街へ向かって帰っていきました。


 ……こんな私のために、約束通り、こうして見回りをしてくれているんだ

  きっとすごく回り道のはずなのに。



 よし

 そんなガークスさんのためにも、1日も早くパンを焼けるように窯を作らないと!


 私は、気合いを入れ直すと、改めて部屋の中へと入っていきました。



◇◇


 日が昇り、しばらくすると、

「ヨーコさん! おはよう!」

 森の向こうから、テマリコッタちゃんの元気な挨拶とともに、クロガンスお爺さんがやってきました。


 ちょうど最後の鉄板を運び終えたところです。


 私が笑顔で

「いらっしゃい、クロガンスお爺さん、テマリコッタちゃん」

 そう声をかけると、テマリコッタちゃんは満面の笑顔をうかべながら私に向かって走ってきます。

 私はそれを、両腕を広げて待ち構えます。


 私に飛びつくテマリコッタちゃん。


 それを出来止める私。


 テマリコッタちゃんを抱きしめたまま、私はその場でクルクルまわり、

「ん、今日も元気で大変よろしい」

 そう、言ってテマリコッタの頬に、自分の頬をすり寄せます。

 テマリコッタちゃんは、そんな私の頬の感触を楽しむように、嬉しそうに頬をつきだしていました。


 早速作業を始めようとするクロガンスお爺さんを呼び止めた私は

 クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんをベランダの椅子に座らせて、

「簡単な物ですけど、よかったら朝ご飯がわりにどおぞ」

 そう言って、準備していたサンドイッチの皿と、紅茶のカップをテーブルの上に並べていきます。

 それを見たテマリコッタちゃん、もうね、目を輝かせて

「クロガンスお爺様、私、こんないっぱいの種類のサンドイッチ、生まれて始めてよ。なんて素敵なんでしょう!」

 そう言うと、両手を組み合わせています。

「いやいや、テマリコッタ……そりゃワシもじゃよ」

 クロガンスお爺さんも、そう言いながらサンドイッチを口に運んでいきます。


 そして、ツナサンドを一口

「ん、こりゃうまい」

 そう言うが早いか、クロガンスお爺さん、すごい気負いでサンドイッチを食べ始めます。

 すると、テマリコッタちゃんは、サンドイッチを全種類1つづつ抜き取って、自分の前の皿にのせていき

「クロガンスお爺様、ここのサンドイッチは私のですからね。絶対とらないでくださいね」

 そう言いながら身を乗り出します。

 そんな2人に私は

「まだおかわりもありますから、のんびり仲良く食べましょう」

 そう言って、ニッコリ笑いました。


◇◇


 2人が朝食を終え、一休みしていると、森の方から何やら一塊の集団がやってくるのが見えました。


 よく見ると、その先頭にはガークスさんがいます……はて? どうしたんでしょう?


 ガークスさんの他は、ガークスさんと同じ人犬のおじさんたちが2人。

 それと、人猫のお嬢さんが1人一緒です。


「庭に窯を作られるのなら、人手が多い方がいいと思いまして」

 ガークスさんによると、人犬のおじさんたちは、オトの街の衛兵さんらしく、今日はお休みだったので手伝いに来てくれたそうです。


 そんな中、人猫のお嬢さんなのですが……


「あんたがヨーコさん?」

 そう言うと、なんか眉をしかめながら私をジッと見回していきます。

 あらあら、せっかく可愛いお顔してるのに、そんな顔をしてたら台無しよ


 私がそんなことを思っていると、そんな私の袖を、テマリコッタちゃんが引っ張ります。

 私に手招きするテマリコッタに、顔を寄せていきますと、

 テマリコッタちゃんは、私の耳にそっと口を寄せ

「前にお話した、ネプラナよ。ほら、ネリメリアお婆さんの……」


 あぁ、はいはい!


 私ピンときましたよ!

「ネリメリアお婆さんの娘さんのネプラナさんね! 初めまして、私ヨーコです!

 あなたのことはテマリコッタちゃんから聞いてるわ! えぇ、もうそれはそれは!」

 私が、満面の笑顔でそう言うと、ネプラナさんは、少しびっくりしたような顔をして

「そ、そうや、ウチがネプラナや……その、ガークスの幼なじみのな……」

 そう、照れくさそうに話すネプラナさん。

 私は、その両手をガッシリと掴むと、その耳元に口を寄せて

「応援してるわよ。テマリコッタちゃんと一緒に」

 そう言ってニッコリ笑いました。


 ガークスさんのことが好きなんだけど、その気持ちに気付いてもらえていないネプラナさん。


 ふふ、そりゃ応援したくなるじゃない、ねぇ?


 私の言葉を聞いたネプラナさんは、その顔を真っ赤にしたんだけど

「……そ、その……ヨーコはんは、ガークスに手を出したりせぇへんの、やね?」

 と、小さな声で聞いてきます。

 私、満面の笑みで

「しないしない、するはずがないわよ。テマリコッタちゃんとの応援隊よ!」

 そう言って、今度はテマリコッタちゃんと2人で笑顔です。


 そんな私達を交互に見つめたネプラナさん。

 今度こそ満面の笑顔で

「ほ、ほな、改めまして、ネプラナです。以後よろしゅうね」

 そう言って、私に右手を差し出してくれました。


 私は、満面お笑顔でその手を握り返します。



 おそらく、この世界ではじめて出会った同年代の女性です。

 なんか、すごく嬉しくなってきます。


「おいおい、おしゃべりもいいけど、そろそろ始めよう」

 そんな私達に、クロガンスお爺さんが声をかけてきます。

 そんなクロガンスお爺さんに、テマリコッタちゃんが腕組みをして向き直り

「あら、クロガンスお爺様。レディのお話を遮るなんて、無粋ですわ」

 そう言って、ツンとおすまししていきます。


 その仕草に、

 その場にいた皆が笑顔になっていきました。



 まだ陽光の角度は浅いものの

 すでに空はどこまでも青く広がっています。


 今日も暑くなりそうね

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