第8話 買い物に行った朝霧ヨーコさん その3

「はいよ、じゃあこれがさっきの金属食器の買い取り代金だ。受け取っとくれ」

 店の奥から戻ってきたネリメリアお婆さんは、そう言うと私の前にお金の入った布袋をドンと置いてくれたのですが……な、なんですか、そのすごい硬貨が詰まりまくってそうな布袋は……

 私は、おそるおそるそれを手にとってみたんですけど


 ……お、重すぎでもちあがらないんですけど……はうぁ


 で、私がそんな布袋を前に困惑していると、ネリメリアお婆さん

「なんだいヨーコさん、あんた魔法袋を持ってないのかい?」

 そう言うと、カウンターの奥にある棚の中から、拳くらいの大きさの蓋付きの布袋を取り、私に手渡してくれた……んですけど……えっと、こ、この小さな袋に、どうやってこのでっかいお金の布袋をいれたらいいんですかねぇ……もう私、冷や汗ダラダラ状態なわけですよ。

 そんな私に、ネリメリアお婆さんは、思わず苦笑しながら

「ほら、それを腰のベルトのあたりに取り付けて、そしてその中に入れたい品物……今回はこのお金の入った布袋だね、それに手をあてて『布袋に入れ』って念じてごらん」

 そう教えてくれまして……はいはい、これを腰にですね……そして、手を袋にかざして……


 と、ネリメリアお婆さんが言われたとおりにやっていきます。


 そして、布袋に手をかざして、『布袋に入れ』……そう念じると、次の瞬間目の前にあった、あの布袋が消えました! え、えぇ!?

 私が困惑していると、そんな私の目の前に、何やら透明な板みたいなものが表示されました。


 その板には

『魔法袋』との表記が左上にあり、その文字の下に『金……500,000』と表記されています。

 単純に考えれば、50万円? って思えますけど、そりゃこれ、こっちの世界の金額ですよね……どうしよう、基準がさっぱりわかんない……


 あ、でも

「この魔法袋の代金をお支払いしますわ。おいくらですか?」

 私は、そう言いながら、ネリメリアお婆さんに声をかけたんですけど、

 そんな私に、ネリメリアお婆さんは、

「それはね、私が昔使ってたやつだから、ただであげるよ。まぁ、お古だけど、しっかり修理はしてあるから問題無く使えると思うよ」

 そう言って、ニッコリ笑ってくれます。


 え、で、でもそんなわけには

 そう思っている私の肩を、クロガンスお爺さんがポンと叩き

「もらっておきなさい。そんでもって、また遊びに来てやってくれ。

 この婆さん、これで結構な寂しがり屋でな」

 そう言って、ハハハと笑います。


 するとネリメリアお婆さんは、笑っているクロガンスお爺さんをキッとにらみつけ

「今後お前さんに販売するハルチの蜜の壺詰の値段は10倍にするからね」

 そう言いました。

 すると、クロガンスお爺さん、顔を真っ青にして

「ま、またんかネリメリア、それは勘弁してくれ。ワシの楽しみを奪う気か!」

 ネリメリアお婆さんに訴えかけていきます。


 そんなクロガンスお爺さんの様子に、

 ネリメリアお婆さん、テマリコッタちゃん、そして私の3人は思わず笑い声をもらしていったのでした。


◇◇


 その後、クロガンスお爺さんに見て貰いながら、お風呂の温水魔石を探します。

「ふむ、ヨーコさんの家のシャワーなら、これでよかろう」 

 そう言いながら、魔石の棚の中から赤い石を手に取りました。


 し、正直本当に助かりました……


「魔石ならそこの棚だよ」

 と、ネリメリアお婆さんに言われた棚の上には、すごい数の、しかも色とりどりの魔石がのっていて、正直、どれがどんな魔石なのか、さっぱりわからなかったのですもの……


 私が、物珍しそうに魔石を見ていると、クロガンスお爺さんは

「ヨーコさんは、魔石が珍しいのかな?」

 そう語りかけてきます。

 そんなクロガンスお爺さんに、私、思わず

「え、えぇ、見るのは初めてで……」

 と、つい本当のことを口走ってしまったわけで


 で、

 次の瞬間、私、真っ青です。


 え、え、ちょっと待って!?

 よ、よ、よく考えたら、この世界って、魔石があたりまえなんじゃないの?

 それを初めて見るとかって、ありえない事を私、口走ってしまったんじゃ……


 そんな感じで、内心、冷や汗をダラダラ流している私だったんですけど、

 そんな私の様子に、クロガンスお爺さんは

「魔法袋のことといい、魔石のことといい……ヨーコさんはひょっとしたらどこか、良家の娘さんなのかい?」

 そう言いながら、首をかしげます。

「はい?」

 そう言われた私は、そんなクロガンスお爺さん以上に首をかしげます。

 な、なんで良家の娘さんって言葉がここで出てくるの?

「ほれ、ヨーコさん、今まではお付きの者に荷物の管理をまかせておったとか、

 魔石の交換も下働きの者にさせておったとか……そういうことじゃ無いかと思ってな」

 クロガンスお爺さん、そう私に語りかけます。


 いえ

 かんっぺきに誤解です。


 ただ単純に、この世界に来て間がないだけです。無知なだけです。


 私は、この誤解をどうといたものかと、脳内を必死に回転させていたのですが、

 ここで、カウンターのネリメリアお婆さんが

「クロガンス、人の過去をあれこれ詮索するもんじゃないよ。

 こんな素敵なお嬢さんが、こんな田舎に流れてきたんだ……そりゃなんか事情がおありだろうよ。

 でもね、そんなことより大事なことは、これから仲良くしていかなきゃってことだろう?」

 そう言うと、私ににっこり笑いかけ

「まずは良き友人として、良き隣人として……歓迎するよ、ヨーコさん。好きなだけ居てくれたらいいからね」

 そう言ってくれました。


 この言葉を受けたテマリコッタちゃんは

 クロガンスお爺さんを見上げながらすごく怒っています。

「そうよ、クロガンスお爺様! ネリメリアお婆様の言う通りよ!

 ヨーコさんはヨーコさんなんだから、それでいいじゃないの!」

 そう言うテマリコッタちゃんに、タジタジな様子のクロガンスお爺さんなんですけど、


 ……よ、よかった……ネリメリアお婆さんのおかげで、どうにかこの場を脱することが出来たわ


 クロガンスお爺さんには悪いけど、

 私は内心で安堵しながら、ネリメリアお婆さんに、温水魔石を差し出し、購入していきました。


 ちなみに

 魔法袋に入っているお金は、『***分出てこい』と念じれば、その額だけ手の中に出てきました。

 同時に、またさっきのウインドが表示され、魔法袋の中のお金の残金を教えてくれます。


 ちなみに、この温水魔石は2個セットで30,000

「この袋から取り出して、シャワーにセットした時点から、魔石の効力が発揮されるからね。

 魔石はだいたい1個1年は持つから、いつ交換したか何かに書いて記録しとくといいよ」

 ネリメリアお婆さんはそう教えてくれました。


 使用開始日を書いて記録って、これ、元の世界でも私やってますけど

 異世界でも同じ事やるんだなぁ、と思って、なんだか少し、嬉しくなりました。



 ちなみに、この魔石ですが

 私が購入した温水魔石の他にも、冷却魔石、土壌魔石、浄化魔石と、かなりの数の魔石がありました。

「今まではね、そういった小型の魔石は出回ってなかったんだけどね。

 近くの山に魔法使いの集落が出来てさ。そこの魔法使いがたまに売りにくるんだよ……おかげで村人に安く魔石を販売出来るようになって、万々歳だよ」


 ふ~ん、そんなもんなんだ


 今までとか言われても、まったくピンときませんが、この魔石が綺麗なのはよくわかります。

 私の横では、テマリコッタちゃんが、私と同じように、魔石を楽しそうに眺めていました。



「また来ておくれ」

 笑顔のネリメリアお婆さん見送られながら店を後にした私達は、


「ヨーコさん、あそこでお昼にしましょう! 私、あそこのランチが大好きなの!」

 そういって、テマリコッタちゃんが案内してくれたのは

『ラテスの食堂』と書かれたお店。

 テラスに2つテーブルが設置されている、こじんまりとした木製のその建物に入ってみると。

「あら、テマリコッタじゃない、久しぶりね」

 オープンキッチンの向こうから、若そうな女の人が声をかけてきました。

 この人も亜人のようで、目がどこかは虫類っぽいイメージです。


 そんな女性に、テマリコッタちゃんは

「おひさしぶり、ラテス。今日は私の大切なお友達を連れてきたの。

 ここの美味しい料理を食べさせてあげてくださいな」

 そう言ってにっこり笑います。

 すると、その女性~ラテスは私を見ると、しばし固まって……

「あ、あぁ、ごめんなさい。お人形さんみたいだから思わずみとれちゃったわ……びっくりね、こんな綺麗なお嬢さんがこんな田舎に住んでたなんて」

 な、なんていうんでしょう……この世界の私って、なんかすごくレベルが高いみたいです……おっぱいも大きいし……この万分の1でいいから、元の世界にもってかえれないものでしょうかねぇ……あはは


 私は、ラテスさんと軽く挨拶をかわすと、店の中へ。


 店内は、6つのテーブルがありますけど、私達以外にお客はいません。

「この時間はランチがお勧めなんだけど、ヨーコさんもそれでいいかしら?」

 そう言うラテスさんに

「えぇ、それでお願いします」

 そう応えにっこり笑いました。


 すると、ラテス、なんか頬を染めて

「よ、よし、まかせて! ヨーコさん、美人さんだから、私はりきっちゃう」

 そう良いながら、調理を開始していきます。


 クロガンスお爺さんによると

「ここはな、この街で唯一の食堂でな、この時間はただの食堂じゃが、夜は酒場になる。

 まぁ、そっちの方がメインでな、村の皆もよく集まるんじゃよ」

 だそうなんですが、

 そんな会話をしていると、ラテスが人数分の食事を持って来てくれました。


 ズルズル……ズル……


 あら? なんの音かしら?

 私は、妙な音に気がついて床へ視線を落としたのですが……


 その音の正体を把握して、びっくりです。


 その音、ラテスさんが尻尾を這わせながらすすんでいる音だったわけで

「あぁ、私、ラミアなんだ。ヨーコさんには珍しかったかな?」

 そう言って笑うラテスさんなんですけど、気のせいか、その口から長い舌がちろっと出てたような……


 ラミアといえば、少し前にやってたアニメにも出てきてたから、予備知識もあったし、何よりこの世界では私自身が白狐さんだしね。


「実際にお会いするのは初めてですけど、綺麗に尻尾ですね」

 私はそう良いながら、綺麗な光沢をしているラテスの尻尾を見つめます。

 すると、ラテスさんは、私達のテーブルに料理を置きながら

「わかる? わかってくれます!? そうなんです! この尻尾の光沢を維持するためにね、ほんと涙ぐましい努力をしてるんですけど、この村の連中ときたら、そんな苦労もしりもしないで

『おら、ここが汚れてるぞ』

 とか、平気で言うんですよ? 私の尻尾は箒じゃないってのに!」

 なんか、そんな感じで苦笑しながら話すラテスさん。

 みたところ、年齢的にも同年代な感じがします。


 テマリコッタちゃんみたいに、良いお友達になれたらいいな。


 さて、運ばれてきたランチですが


 パンが2個

 サラダ

 具だくさんスープ

 焼いた肉


「クロガンスさんのお肉は、いつものように大盛りサービスしといたわ」

 そう、ラテスさんが言うように、お肉の量がクロガンスお爺さんだけ、私達の3倍近くあります。


「いつもすまんな、ラテスよ。お前いい嫁になるわい」

 そう言って笑うクロガンスお爺さんに、ラテスさんは

「だからいつも言ってるでしょ。私は男に興味はないって」

 そう言って笑うラテスさん。


 ん?

 その後、気のせいか私をチラ見して、顔を赤らめたような?


 ま、まぁいいか


 さて、早速ランチを頂いてみましょう。


 まずはスープを一口

 ……うん、美味しい

 コンソメ風でしっかり味がついている。

 中の具もいい大きさにカットされていて味がよく染みています。


 サラダは、生野菜がそのままですけど

 新鮮だからか、すごくしゃきしゃきしています。


 お肉は……ささみっぽい感じなのでおそらく鳥の肉だと思うんですけど

 私がびっくりしたのは、そのソース


 え? 何、この味……な、なんか、焼き肉のたれの味にそっくりなんですけど!?

「あぁ、そのソースね、最近ネリメリアお婆さんの店で入荷した『タレの実』っていうのを使ってみたんだ。結構いけるでしょ?」

 そう言って笑うラテスさん。


 うん、いける。

 っていうか、まさかこの異世界で、慣れ親しんだ味に近いものを口に出来るなんて……


 多分、

 海外旅行にいった日本人が、日本料理に出会えた時って、こんな感覚なんだろうなぁ



 そんな感慨に浸りながら、パンに手を……って……あれ? かたい?

 なんか両手で持ってもなかなか引きちぎれない感じ……ん?


 でも

 テマリコッタちゃんも、クロガンスお爺さんも、普通にこれを食べてるわね


 ってことは、これがこの世界の普通なのか……

 

「あれ? ヨーコさん、なんか問題でもあったかな?」

 私がパンを持ってじっとしていたもんだから、ラテスさんが心配になったみたい。


 私は、慌てて笑顔を浮かべると

「ううん、なんでもないのよ。どれもとてお美味しいわ」

 そう言いながら、パンをがぶり


 ……うん、すごくかたい



 その後、ラテスさんも交えて皆でしばし雑談しました。

 クロガンスお爺さんが言うように、この時間帯は本当にお客さんがこないみたいで、結局私達が帰るまで、他のお客さんは来ませんでした。

 でも、その分、みんなでのんびりお話が出来て、ラテスさんには悪いけど、少し嬉しかったな。



「また来てね~」

 ラテスさんのお見送りを受けて私達は店を後にしました。

 

 見上げると、もう陽光が傾き始めています

 それを見た、クロガンスお爺さん

「こりゃいかん、急がんと夜になってしまうわい」

 そう言いながら、小走りに門へと向かっていきます。


……て、ち、ちょっと待って! それ、やばいです!

 向こうの私は目覚めちゃうじゃないですか!!

 つまり、こっちの私が消えていなくなるってわけで


 内心焦りまくる私を横に、テマリコッタちゃんは

「いざとなったら、ヨーコさんのお家に泊めてもらえばいいじゃない」

 と言って嬉しそうにしていますけど、


 向こうの世界の私が目覚めちゃったら、こっちの世界の私は消えちゃう訳です……


『私は居ませんけどお好きにお使いください』

……ってわけにはいかないわよね、さすがに……


 と、まぁ

 馬車に乗って、テマリコッタちゃんとお話ししながらも、内心、焦りまくっていたわけです。

……ど、どうすればいいのよぉ!?


◇◇


 とまぁ……そんな私達だったんですけど、

 

 帰りのクロガンスお爺さん

「じゃあ、少し急ぐぞい」

 と、行きの倍近い早さで馬車を引っ張ってくれました。


 その分、揺れがひどかったんですけど、

 私としては、もうそんなこと言ってられません。

「大丈夫かな? ヨーコさん?」

 そう聞いてくれる、クロガンスお爺さんに

 内心、お昼をリバースしそうなほどに気分を悪くしながらも

「え、えぇ、大丈夫ですよ」

 と、答え続けた私なわけです。



 ほどなくして、私の家へとたどりついたクロガンスお爺さんの馬車。


 クロガンスお爺さんは、手慣れた手つきで私のシャワーの魔石を交換してくれました。

 蛇口の横にあった、赤いボタンを押して蛇口をひねると、暖かなお湯が降り注いできます。

「温度調節は、その横のレバーじゃ。あとなんかわからんことがあったら、またいつでも聞きにきなさい」

 そう言って笑うクロガンスお爺さんなんですが、

 そこに割り込んできたテマリコッタは

「何もなくても遊びにきてもいいんだからね」

 そう言って笑います。


 私は、そんな2人にニッコリ笑顔。

 さっきまでの気分の悪さも一気に吹き飛んだ感じです。


 その後

 玄関に立って、帰って行くクロガンスお爺さんとテマリコッタを見送る私。

「ヨーコさようなら! 今日はとても楽しかったわ! またね」

 テマリコッタちゃんは、後ろを振り返りながら、何度も手を振ってくれます。

 私は、そんなテマリコッタちゃんに手を振り返しながら、2人の姿が見えなくなるまで、玄関先で見送りました。


 2人の姿が山の奥へと消えていったところで、私は、家の玄関を開け


◇◇


……た、ところで目が覚めたわけです……


 ベッドの中

 しばしぼ~っとしてる私。


 あぁ、……今夜はホント楽しかったなぁ……まさか夢とはいえ、異世界であんな体験が出来るなんて。


 私は思わずニヘラァと、口元を緩めたわけです


 ……が


 ここで、私は重大な事実に気がつきました。


「ちょっとまって……あそこで目が覚めたってことは、私、家の玄関の鍵、しめてないんじゃ……」

 私、それに思い当たり、真っ青になります。


「ダメだ! 今すぐ寝直して、鍵を閉めに戻らないと!」

 そう言い、ベッドに再び潜り込む私なんですが、その目に飛び込んできた壁の時計が、あり得ない時間をしめしていたわけで……


「か、会社に、ち、遅刻する~!」

 私は、布団を蹴上げて飛び起きました。



 当然、突発性花粉症により、すっぴん隠しのマスク出勤だったのは言うまでもありません。



◇◇


 そして

 あの本に、街でランチを楽しむ私と、クロガンスお爺さん、テマリコッタちゃんの絵が追加されているのに気がついたのは、家に帰ってからだったわけです。

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