第6話 買い物に行った朝霧ヨーコさん その1

 昨日の夜はあの後、テマリコッタちゃんと一緒に食事の後片付けをしたのよね。

 その後、クロガンスお爺さんも一緒に畑の草取りをして過ごしたの。

 夕方になって、2人を笑顔で見送った直後に目が覚めたから、昨日はいいタイミングでこっちにもどってこれたんじゃないかなって、ちょっと自画自賛してたんですよね。


 そういえば、クロガンスお爺さん、びっくりしてたなぁ。

 柵の周辺だけ草が枯れてたのを見て。

 あれって、まいておいた除草剤が効いた結果なんだけど

「こんなにきれいに、しかも思った場所の草だけを枯らすことが出来るなんて、やはりヨーコさんはすごいな」

 って言いながら、目を丸くしてたのよ。

 ……ひょっとしたら、また魔法を使ったって思われちゃったかな?

 まぁ、それでもいいかな、ふふ、向こうの世界では除草剤なんかも魔法みたいなものなのかもしれないしね……と、開き直ってみたりして……あはは~……


 でも、なんていえばいいのかな……

 向こうの世界で過ごす時間が、最近楽しくて仕方ない。

 特に、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんとお友達になってからその思いがすごく深くなってる感じ。

 というわけで、あ~、今夜も早く夜にならないかなぁ……


 ……なんてことを、にへらぁ、って笑いながら考えていたら

「朝霧くん、何ぼ~としているのかね?」

 って、怒られたのは私ですとも、ええ、朝礼中でした……あはは~……



 そんな私ですが、今夜は大事なミッションが待っています

 今夜向こうにいった私は、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんと一緒に、街に温水魔石を買いに行くというお楽しみが待っています。

 んで、そのお楽しみにともなうミッションなわけですよ……



 若干の残業の後、職場を後にした私は会社から自宅への道中にある銀行のATMへ。


 そうです。

 こっちの世界のお金を向こうの世界に持っていけるのか……それを試そうというわけです。

 

 超理想としては

 こっちの世界をお金を向こうの世界にもっていけて、なおかつそのお金が向こうの通貨に両替されているってことなんですけど……なんていいますか、すごくご都合主義ですよね……えぇ、自分でもわかっていますとも……あはは~……


 ただ、まぁですね、物は試しというじゃありませんか!

 とにかく私は、一度記帳して口座の残金を確認すると、今後引き落とされる金額を思い出しながら、口座に残しておくべき金額を残した残り残金7万3千円を全額引き出し、家へと直行しました。


 えぇ、バッグの中に5万円以上の現金が入っていると、ついつい早足になる小市民ですが、何か?


 こうして家に帰った私は、着ていた服を洗濯機に放り込み、洗濯開始と同時にシャワーで汗を流していきます。ふい~、今日も暑かったですよ。

 風呂から上がった私は、髪の毛を乾かしながら、昼間職場のおばちゃんからもらったお饅頭を1個頬張っていきます。ひょっとしたら、街で何か美味しい物でも食べられるかもしれないしね、うん。


 とりあえず、化粧水ぺたぺたまでして、……さて、最後にこいつです。

 降ろしてきた現金です。


 さて、これを向こうの世界に持って以降としているわけですが……はてさて、都合良く向こうのお金になっててくれたりするのかなぁ……


 とはいえ、もうここまで来たらやってみるしかないわけで……


 そんでもって私は、銀行の封筒に入れたままにしているお金をですね、その封筒のまま、向こうに行っても確実に身に着けている物の中にしまい込みました。


 そう、パンツの中に。


 え? 

 パンツ言うなって? もうそんなので恥ずかしがるような年齢じゃありませんことよ、おほほ……


 まぁあれです、

 ポケットにってっても、下着以外の服は、荷物としてベッドの上においておけば向こうの世界にもっていけますけど……なんていいますか、やっぱ現金なわけですよ、どっか不安なんですってば。


 てなわけで

 いつものようにパンツ1枚でベッドの上に寝そべった私は、その中にちゃんと銀行の封筒が入っているのを確認し……念のために、上から抑えながら……だ、だから不安なんですってば! そして目を閉じ


◇◇


 ……たと思ったら……あらら、もうあっちの世界なのかしら?


 目を見開いた私の前には、木の天井が広がっていて、一面から、木材のいい匂いがしてきます。


 しかし、なんていうのかな……自分の寝つきのあまりの良さに、なんか怖さすら感じてきちゃったな。


 ……おっとっと、今日はそんなことを思っている場合じゃない! お金よお金! お金の確認!


 私はベッドから立ち上がると、こっちの世界にやってくると常に身につけている白い寝間着の下をですねがばっと脱ぎ去ると、パンツの中に手を突っ込みます。


 

 がさっ


 感あり!

 見ると、銀行の袋がしっかりあります!

 私は袋を取り出すと、中身をそ~っと取り出しました……


 そして、先頭の諭吉さんとご対め~ん……ですよね~、とほほ~……


 でもまぁ、冷静に考えればそうよねぇ。

 そんなに都合良くですよ、元の世界のお金を、こっちに持ってこれただけじゃなくって、ついでに両替まで出来てなんて……どう考えてもありえないですよねぇ……あはは。


 そこで私は思考を切り替え、こっちに持って来ている、元の世界の品物達を見回していきます。

 ほら、ライトノベルでもあるじゃないですか、元の世界の品ものが

「おぉ! これは珍しい!」

 とか言われて、お店で高値で買い取ってもらえたりと。


 ……ん~、まぁ、正直期待は薄いですけど、一文無しの現状ではもう、何かやってみるしかないわけですよ……


 とりあえず私は部屋の中を見て回ると


 小型の置き鏡

 チャッカマン

 ナイフとフォーク


 とまぁ、いわゆる100均グッズを適当にみつくろいました。


 草刈り鎌とか、三つ叉鍬なんかも思ったんですけど、これらは大きすぎますしね。

 まぁ、もう、お金をパンツにつっこんで持って来て玉砕したんですから、ある意味怖い物なしな状況です、はい。まぁ、開き直りですけどね、あはは。


 それらをお出かけ用のウエストポーチに詰め、外出着に着替えていると、

「ヨーコさ~ん!」

 家の外から、テマリコッタちゃんの元気な声が聞こえてきました。


 来てくれた。

 きっと、クロガンスお爺さんも一緒だわ。


 なんかもう、それだけのことなのに、すごく嬉しいわけですよ。 


 2人にあえただけでも嬉しいのに、今日はそんな2人と一緒に、初めて街へ買い物に行くのです。

 私も今からワクワクです。


 ……お金がない件に関してはドキドキ何ですけどね、あはは。


 お目当てというか、必ず買って帰る予定にしているのは温水魔石。

 お風呂にお湯を出すために必要な物ね。

 私のお風呂、この温水魔石の効力が切れちゃっているせうでお湯が出ないみたいなんで、新しい温水魔石を買いに行くわけです。


 さて、

 買う物を脳内で再確認した私は、改めて鏡の中の自分の姿を確認します。

 先日、お爺さんの家に遊びに行ったときとは違う、新しいワンピース。

 腰が細くくびれ、胸を適度に強調するデザイン。

 そして、スカートの裾が優雅に広がったお洒落で艶やかな一品です。


 ふっふっふ、私だってね、こんなお洒落着の1つや2つ、持っているんですよ。


 ……ただね……これ、ダイエットに成功したときに自分にご褒美ぃ! とか言って見え張って買っちゃったやつなのよねぇ……だからね、元の世界の世界の『今現在』の私では、ダイエット以後、腰の辺りにですね、新たに鎮座ましましているお肉様のせいで、もう超絶着ることが出来ない一品ってわけでして……とほほ


 っていうか

 こっちの世界の私って、自分で言うのもなんですけどほんとに素敵なんです。

 こんな華奢な服を着ても、全然きれちゃうし、それどころかばっちり着こなしてるもんね。

 見た目は白狐だけど、なかなか妖艶な美人さんって、テマリコッタちゃっとクロガンスお爺さんのお墨付きももらってるし、ね。


 元の世界では絶対やらない、赤紫のアイシャドーを軽く塗り、同色の口紅を唇へ……


 一通りお化粧が終わったところで、テマリコッタちゃんが家の中へと入ってきました。


「ヨーコさん、こんにちは! ヨーコさ……」

 私の部屋に、元気に駆け込んできたテマリコッタちゃん。

 今日はお出かけだからか、ちょっとおめかしした服を着て、頭に可愛いリボンもついています。

 って……あらら、どうしたのかしら? テマリコッタちゃん、私の顔を見ながら、何か固まってない?


 私が心配そうな顔をしながら近づいていくと

 そこで、やっと我に返ったテマリコッタちゃんは

「ヨ、ヨーコさん! すっごくきれいです……お、思わずお人形さんかとおもって、見とれちゃいました……」

 そう言いながら、ほぅ、と大きな吐息をついていきます。

 気持ち、その頬も赤く染まっているような……

「褒めすぎよ、テマリコッタちゃん。でもうれしいわ、ありがとう」

 そう言う、私に、テマリコッタちゃんは

「だって、本当なんだよ!」

 って、続けて言ってくれていたのですが、すると、そんなテマリコッタちゃんの後から部屋の中へと入ってきたクロガンスお爺さんまで、なんかびっくりしたような顔をして

「……いやはや、本当にあなたにはいつもびっくりさせられるな……まさかこの年で女性にときめくなんぞ、思いもしなかったぞい」

 そう言いながら、恥ずかしそうに頬をかいています。

 そんな2人に、私は

「そんなに褒めても、何も出ませんよ」

 そう言って、ニッコリ微笑みました。


◇◇


 この後、少し会話を交わした私達は、さっそく街へと向かうことにしました。


 クロガンスお爺さんは

「オトの街はな、あの山のちょうど裏側あたりにあるんでな、あの山の麓をぐるっと回っていくぞい」

 そういうと、少し離れた場所にある小高い山を指さしました。

 その山は、そう遠くには見えませんが、近いというわけでもなさそうで、今から歩いて向かえば、おそらくお昼前くらいには着けるんじゃないかな?


 腕組みをして、山までの距離を目測しながら、私がそんなことを考えていると、テマリコッタちゃんが私に駆け寄り

「ヨーコさん、今日はね、馬車があるから歩かなくていいのよ」

 そうい言って、満面の笑みを浮かべます。

 テマリコッタちゃんに手を引かれながらついていくと、私の家の脇のところに1台の小さな馬車が止められています。


 なるほど、これにのって、馬に引っ張ってもらっていけば、歩いて行くより速く着けるわね。


 ……と、私、そう思っていたんですけどね……その馬車の周囲を見回しながら私、どうにも不思議な気分です。

 と、いいますのも

「……あの……馬はどこかしら?」

 そうなんです。

 この馬車には、馬が繋がれていないんです。

 馬車を引っ張るための金具はついているのですが、それを引くべき馬の姿がどこにも見当たりません。


 よく見ると、足元に轍ができていますので、テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さんがこの馬車でここまでやってきたのは間違いありません。


 じゃあ、この馬車は、どうやってここまで来たの?


 思わず考え込んでいる私の前で、クロガンスお爺さんはにっこり微笑むと。

「さぁさぁ乗った乗った。のんびりしてると日が暮れちまうからな」

 そう言いながら、私を馬車へとせき立てます。

 っていうか、すでにテマリコッタちゃんは、操馬台にちょこんと座っているのですけど……


 すると、クロガンスお爺さん


「よしでは行くぞい」

 そう言うと、馬車の前へと移動し、本来馬が繋がれるはずの金具をむんずと掴みます。


 へ!?


 目を丸くする私。

 そんな私の前で、クロガンスお爺さん、

 荷馬車を素手でひっぱり始めました……って、えぇ!?


 そ、そりゃ、見た目クマさんなんだし、力はあるでしょうけど、も、もうお爺さんなんですし、ご、ご無理はよろしくないのでは!?


 そんな私の思惑を余所に、クロガンスお爺さんは、のっしのっしと進んで行きます。

 気がつけば、そのスピードはかなちになっています。


 風が頬をすり抜けていき、

 草の匂いが周囲に満載です。


 まだ朝早いこともあり、陽光は低いですが、その光が、前方の山の緑をこの上なく輝かせています。


 あぁ……心地良い


 思わず、その乗り心地にうっとりしてしまう私。


 そんな私に、クロガンスお爺さんは

「ワシは昔、これの何倍も大きな荷馬車を引いておったんじゃよ。あの頃はな……」

 そう言いながら、お話をしながら、さらに馬車を引っ張っていきます。


 私は、もう、余計なことを考えるのはやめて、この光景の中に自分の身を預けることにしました。


 ……今日は、いい1日になりそうだわ。

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