第5話 スパゲッティな朝霧ヨーコさん

 誰だよ【スイスイ帰ろう水曜日】なんて馬鹿げた標語をつくって水曜日を残業禁止日にしたヤツは!

 おかげで今日は【黙々残業しろ木曜日】になってるじゃないのさ!


 と、昨日とは正反対のことを頭の中で反復しながら必死に仕事をこなした私。


 タイムカードを叩きつけて会社を出たのが22時なわけで、当然ホームセンターなんか開いてない。

 24時間営業のスーパーでお総菜でも買って……と思って、帰り道にあるヘローズに駆け込んだものの、この時間帯ってろくな物が残って無いのよね……胃に優しくなさそうなカツ丼系とかさ……

 コンビニまで行くって手もあるんだけど、私の職場から自宅のマンションまでの間ってコンビニが一件もないわけです……しかも徒歩通勤な私ですよ。

 すでにスーパーに寄るというタイムロスを犯している私に、そんな時間的猶予は残されていない。


 そうよ


 今日は一刻でも早く向こうの世界に行って、絶対にクロガンスお爺さんとテマリコッタに謝罪しに行かなきゃ……


 でも、何をどう謝罪したらいいんだろう?


「いきなり目の前で消えてごめんなさい」……なのか?

 ……いやいやいや、それはないでしょうともさ……っていうか、そもそもこっちの世界で私が目覚めた後、向こうの世界の私がどうなってるかってのが、よく考えたらそもそもわかんないわけですよ……今まで確認したことがないですもん。

 こっちの世界で目覚めた後の、2人の眼前にいたはずの私って、ホントどうなったんだろう……

 あ~、とにかく、その結果で2人に嫌な思いをさせていないことを痛切に願うしか無いわけです。


 とにかく会いに行きたい。

 今すぐ会いに行きたい。

 せっかく出来た向こうでの友達を失うようなことになってないことを祈りつつ……

 もしそうなってたら、心から謝罪して許してもらおうと……


 ……不思議だ。

 こんな気持ち、こっちの世界では思ったことがなかったかもしれない……


 どこか冷めてて

 どうせ裏では、とか思ったりしてて

 いつも他人に対して、一線も二線も引いて生きてる私……


 ……そんな私が、まだ1回しかあったことない……あ、クロガンスお爺さんは2回か……

 そんな2人のことで、こんなに必死になってるなんて……


 とにかく私は、適当に食材をカゴに突っ込むとレジを済ませて家までダッシュ。


 ……まったく、何でこんなエレベーターなしのマンションの5階なんて選んだ……と、毎度の愚痴を呟きながら家の中に駆け込みました。


 と、とにかく、なんか適当につくってお風呂に入って……って、思ったところで、私はフと思った。


「……向こうの世界で食べればいいんじゃない?」

 そうだ……今日は乾麺に、ミートソースの缶詰を買ってきたんだし、向こうの世界に油やフライパン、それに寸胴はすでに持ち込んでるんだし……


 そうと決まれば、さぁ、行動よ!


 まずベッドの上にさっきヘローズで買ってきた食材の袋をどさっと置いたら、私は即座に素っ裸になってお風呂へ直行。


 ざ~っと汗だけ流したら、素っ裸のまま、体を拭きつつベッドに座ります。

 今日の荷物は買い物袋が2つだけなので、ベッドに横になれます。

 さ、枕の下に本があるのを確認したら、ゆっくり目を閉じて、と……


 こういう時、寝つきがいいことを感謝


◇◇


「……してたら、もうきちゃったの!?」

 私、自分の寝付きのあまりの良さにびっくりしながら起き上がります。


 ベッドの上の私は、すでにお馴染みの白いパジャマ姿。

 これ、洗濯して干しておいても、次に来たら必ず着てるのよね。


 ……っと、向こうの世界で素っ裸で寝たせいね、ブラはともかく、下もはいてないわ……

 いくつかこの世界に置きっぱなしにしておいた下着を下だけ身につけると、私はまず作業服に着替えて食事の用意にとりかかります。


 寸胴に水を張り、湯にかけて……っと


 あ、そういえば昨日干した洗濯物がそのままだったわね。

 玄関から外に出て裏に回ると、昨日補した作業着が風を気持ちよさそうに受けて揺れています。


 ふふ……天気もいいし、なんかうれしくなるな。


 私は、洗濯物を取り込むと、室内できちんとたたんでタンスの中へ。

 ……って、格好いいこといってますけど、元の世界ではたたむなんてまずしないのよねぇ……なんでもかんでも衣類ハンガーにひっかけて、片っ端からカーテンレールに引っかけて……あはは~……


 んで、まぁ、とにかく、とっとと食事を食べて、クロガンスお爺さんの家に向かおうと思っているわけです。



 で、この日は発見がありました。

 やはり、向こうの世界で空腹のまま寝たら、こっちの世界の私も空腹です。

 昨日までは、こっちの世界ではあまり食欲を感じていませんでしたけど、それってやっぱり夕食をしっかり食べて寝てたからなんでしょうね……だから最近体重が増加傾向だったのか……な……あはは~……


 で、まぁ、スパをつくって食べたら、少しだけ畑作業をして、んでもってクロガンスお爺さんの家に向かおうと思っているわけです。

 ちょうどこの台所の窓から真正面に見えているあの道を通ってですね、森に入っていき

「ヨーコさ~ん!」

 そうそう、あの元気で可愛い声のテマリコッタちゃんに会いにですね。

「ヨーコさ~ん!」


 って


 な、なんであの道の向こうから、テマリコッタちゃんが手を振っているのかしら!?

 よ、よく見たらその後方には、クロガンスお爺さんまでいるじゃありませんか!?


 さぁ、大変だ!?


 ヨーコさん、頭の中を整理してよ~っく、考えなさい。

 貴女は今、何をどうすべきかしら、まず、この料理をとっととつくってご飯を食べ……


 トントン


 ……ることを諦めて、ドアを開けに行きましょうかねぇ……とほほ~……


 私は、食べ損ねたご飯に、内心涙しながらも

 満面の笑顔で玄関へ。


 昨日のことが気にはなるけど

 せっかく来てくれたんだ。

 しかも2人一緒に。

 

 だったら

「いらっしゃい、テマリコッタちゃん、クロガンスお爺さん」

 まずは満面の笑みで出迎えるのが当然でしょう。


 満面の笑みで2人を出迎えた私に、

「ヨーコさん、こんにちはぁ!」

 テマリコッタちゃんも、満面の笑みで抱きついてきます。

 私はそんなテマリコッタちゃんを優しく抱きしめます。


 ……よかった……この分だと、嫌われてはないみたい


 私が、内心で安堵のため息をもらしていると

「ヨーコさんって、魔法が使えるのね!」

 なんか、テマリコッタちゃんが目を輝かせながら私を見つめます……え、な、なんで?

「昨日、私とクロガンスお爺様の前から一瞬でお家に帰ってしまわれたじゃない。

 私、とっても感動したの。だって、目の前で魔法を見たのって生まれて始めてだったから……」

 あ、あぁ、そうなのか……テマリコッタちゃんはあれを魔法と思ってくれたのか……あ、でも、あながち間違ってはないか……あれって、結局、あの本の魔法っていえなくもないんだしね……

「それでね、今日はその感動のお礼を言いに来させて貰ったの。

 ホントはお家で待つつもりだったんだけど……この気持ちを少しでも早く伝えたくて、クロガンスお爺様に連れてきた貰ったのよ」

 そう言うと、テマリコッタちゃんは、再び私に抱きついてきます。


 あぁ……なんてまっすぐで良い子なんだろう

 私は、テマリコッタちゃんを抱きしめたまま、優しく頭を撫でていきます。


 すると、そんな私達に、クロガンスお爺さんが歩み寄ってきて

「さぁさぁ、せっかく遊びにこさせていただいたのじゃ。

 ヨーコさんさえよければ、家にあげてもらえたらと思うのじゃが?」

 そう良いながら、右手に持っている袋をひょいっと掲げていきます。

 おそらく手土産なんでしょう……もう、そんな気、使わなくていいのに。

 私は2人微笑みかけると

「えぇ、大歓迎よ。さぁ、入ってちょうだい」

 私は2人を室内へと案内していきました。


 こじんまりとした木製の家だけど、すでに室内の掃除は終わらせています。

 木製家具が並んでいるリビングには、100均製の小物が並び、結構小洒落た感じにまとまっています。

 そんなリビングに足を踏み入れたテマリコッタちゃん、

「うわぁ、なんて素敵なんでしょう! やっぱりヨーコさんは大人の女性ね、思っていた以上に素敵なお部屋だわ!」

 目を輝かせながら部屋のあちこちを見て回っています。


 ……よ、よかった……部屋の飾り付けが終わってて。

 心の底から安堵しつつ、

 部屋の中を嬉しそうに見て回っているテマリコッタちゃんの姿に、思わず笑みを漏らす私。


「いやはや、本当に素敵なお部屋じゃな……綺麗なお嬢さんじゃとは思っておったが、家の中までこうお洒落とはのぉ」

 テマリコッタちゃんに続いて室内に入ってきたクロガンスお爺さんも、なんか目を見開きながら感心してくれています。


 ……す、すいません、2人とも

 わ、私のポジションって、2人の中でどのくらいです?

 なんか、とんでもなく高いところに位置づけられてません? ねぇ?


 なんかもう、ひたすら笑顔でいるしかない状態の私なんですが

「あら、ヨーコさん、ひょっとしてご飯をつくるところだったの?」

 いつの間にか台所に進出していたテマリコッタちゃんの声がしました。


 あ、あら、いけない。

 とりあえず寸胴の火はとめたんだけど、食材とか全部出しっ放しだった……


 私が台所に入ると、テマリコッタちゃん、ここでも目を見開いています。

 スパゲティの乾燥麺の袋や、ミートソースの缶詰を、不思議そうにみつめています。

「……私、こんな食材見たこと無いわ……これでいったいどんなお料理が出来るのかしら……」

 テマリコッタちゃん、なんかそうボソッと呟きます。

 なんか、その様子がまたたまらなく可愛いものだから

「よかったら、一緒につくって見る?」

 そう、私が声をかけると、テマリコッタちゃん

「ホントに!? ホントにいいの!」

 そう言って、満面の笑顔です。


 そこから私、

 寸胴に火をつけ直し、沸騰してから乾麺を鍋に入れる。

 100均製のストップウォッチで11分を計りながら、買ってきていたナスをまな板の上に

「じゃあ、これをスライスしてくれる?」

「わかりました」

「包丁を持つときは、猫の手よ」

「猫の手?」

「そう、こっちの手をこうやって……」

 私と、テマリコッタちゃんは、こんな感じで調理を進めていきます。


 それを、クロガンスお爺さん、リビングから優しい眼差しで見守ってくれてました。


 そして11分、


 ピピピピピピピピピピ


 ストップウォッチが11分を告げました。

「何!? 何の魔法なの、ヨーコさん!?」

 ストップウォッチが初体験のテマリコッタちゃん、もうびっくり仰天なわけです。

 私は

「これはね、時間を計る機械なのよ」

 そう言いながら、この調理用のストップウォッチをテマリコッタちゃんに持たせていきます。

 テマリコッタちゃん、これをおっかなびっくりで受け取りながら

「これが……さっきの音を……なんですね」

 なんか、不思議そうな、物珍しそうな表情を浮かべながら、マジマジとストップウォッチを見回していたわけです。


 さて

 そんな中、料理も無事完成です。


 茄子のミートスパ


 何のひねりもない一品ですけどね、あはは~……


 それで、

 テマリコッタちゃんもクロガンスお爺さんも食べて見たいと言ったので、きちんと3人分作っています。


 それを皿に取り分けて

「ヨーコさんって、お皿もお洒落なんですね」

 なんか、その皿でまた感動しているテマリコッタちゃん。


 うん、そうよ~、

 そのお皿はね、結構いい品なのよ~友達の結婚式の引き出物でね~……あはは~……


 パックのだけど、アールグレイの紅茶も添えて、と


「では、召し上がれ」

 テーブルに着いた私の合図で、

「「いただきます!」」

 と、テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さん。


「こ、これ、どうやって食べるのかしら……」

 テマリコッタちゃん、フォークを持ちながらちょっと困り顔をしています。

 そこで私は、率先してフォークをくるくるっとまわして、スパゲティをまくいつけると、そのまま口にぱくっと運びます。

 すると、テマリコッタちゃん、

「なんて素敵な食べ方をする食べ物なんでしょう! 大人の女性のヨーコさんにぴったりだわ」

 そう言いながら、見よう見まねでフォークを使っていきます。


 ……なんか、テマリコッタちゃんの中での私のイメージがすさまじいことになっている気がするんだけど……あ、あはは……ま、いっか。


 そして、どうにか一口目を口に運んだテマリコッタちゃん、

「うわぁ、美味しい! こんな美味しい食べ物初めてよ」

 そう言うと、すごい勢いでスパゲティを食べていきます。

 その横で、クロガンスお爺さんも

「いやたまげた……ワシも長く生きておるが、こんな美味しいものはあまり記憶にないぞ」

 そう言いながら、テマリコッタちゃんに負けないスピードで食べていきます。


 そんな2人の食欲を見ていたら、

 なんか私、されだけで胸がいっぱい状態になっちゃったもんですから

「よかったら私のも2人で食べますか?」

 そう言いながら、2人に私のスパゲティを差し出したところ

「いえ、そ、それはヨーコさんのですよ」

「そうじゃ、あなたの食事をもらってしまっては……」

 2人とも、口ではそう言っているんですが、その手でしっかり私のスパゲティの皿を受け取っていきます。


 結局、このお皿も、2人がたいらげたわけです、はい。



「本当にヨーコさんって素敵だわ」

 その言葉を連呼しながら他の部屋を見て回るテマリコッタちゃん。

 そんなテマリコッタちゃんを見つめながら、クロガンスお爺さんは

「なんかすまないね、部屋の中をずけずけ見回しちゃって」

 申し訳なさそうにそおう言いますが、私的には、今ならどの部屋も掃除したてなので、むしろ今のうちに見といてください状態なわけですよ。

「いえいえ、テマリコッタちゃんに楽しんでもらえるのなら何よりですよ」

 そう言って、ニッコリ笑ったわけです、はい。


 そんな時、私はフと思いだして

「そうだクロガンスお爺さん、よかったらちょっと見ていただけません?」

 そう言いながら、お風呂へ移動。


「実はこのお風呂、お湯が出なくて困っているんですよ」

 そう言いながら、浴槽の横のシャワーを見て貰いました。

 するとクロガンスお爺さん、シャワーの蛇口を回したり、その横のボタンみたいなのをつついたりしていくと、

「ヨーコさん、このシャワーはな、本来ならここのボタンを押すと温水魔石の力が発動して水がお湯になるんじゃが……どうやら温水魔石の効力が切れておるようじゃな」


 あらら……ということは、その温水魔石ってのをホームセンターで買ってきて、こっちの世界に持ってくれば……って、ちょっと待って!? そ、そんな物向こうの世界には売ってませんよ!?


 そんな感じで困惑している私の前で、クロガンスお爺さん、私に向き直ると


「機械は壊れておらんようじゃから、この温水魔石を買ってくればよい……どうじゃ、ヨーコさん、明日にでも一緒に街にいってみないか?」


 そう言いました。


 って……え? 街!? こ、この世界の街!?

 私は、思わず満面の笑みになったわけです。

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