第4話 お出かけの朝霧ヨーコさん

 【スイスイ帰ろう水曜日】なんて馬鹿げた標語をつくって水曜日を残業禁止日にした社長に、翌日は【黙々残業しろ木曜日】ってことですか? なんて皮肉ってた時期もありました。


 残業禁止日最高!


 私は堂々と定時にタイムカードを押して退社しました。

「ヨーコちゃん、飲みに行かない?」って、会社のおっちゃん達に誘われましたけど

「ん~、今日は用事があるのよねぇ」

 って断って、私は会社を後にしました。

 ここで普通なら、

「お、デートか?」

 とかさ、嘘でも言うのがマナーってもんじゃないかしら?

 なんで私だと

「お、一人飲みか」

 って、飲み限定なんですかね?

 しかもぼっち限定なんですかね?


 どっかから喪女とか陰口聞こえてきた気もしますけど、

 私は喪女ではありません。

 ただ、出会いに恵まれない女の子なんです。



 ……すいません、少し見栄張りました。

 女の子ではありません。女性です。



 さて、今夜はドゴログマさんとこにお邪魔する気満々なのはいいとして、問題は何を持って行くかよねぇ……

 相手はクマさん……異世界のクマさん……


 異世界 クマさん 手土産


 ……ダメだ

 スマホで検索してみたけど、なんかなろうのラノベがずらっと出てきただけだった……


 そうねぇ……

 まぁ、念のために数種類準備してみよっか。


 まず私は、たまに行くケーキ屋「白十字架」へ

 で、まぁ、お孫さんと2人暮らしってことだし、

 イチゴのショートケーキを人数分と、あとエクレアとシュークリームを購入。


 続けて、同じ通りにある和菓子の老舗「平の川雪舟餡子」へ

 ……こっちも、たまに利用はしてるけど、個人でというより、会社で来客用のお茶菓子として買いに走ることしかないわねぇ。

 で、まぁ、洋ケーキの対ってことで、和の餡子。

 この店の名物でもある、雪舟餡子最中と、雪舟餡子乃里っていう饅頭を購入。

 ん~、まぁ、5個づつもあればいいか。


 その後100均に立ち寄った私は、細々した物をあれこれと購入。

 机に敷くシートとか、ドアノブカバーとか、アンティーク風な物掛けとか……

 家を飾るためのちょっとしたアイテムを気の向くままにチョイスしていったんだけど……あれでですよねぇ、100均って、100円だからってあれこれ買ってると、レジでびっくり!? なんてことありますよねぇ……えぇ、今の私がまさにそうなんですけどね……あははぁ……



 さて、

 帰宅し、

 晩ご飯も終わらせ

 入浴も済ませた私は、


 ベッドの上に、いつものように、今日買ってきた品々を並べます。

 とはいえ、今日は百均の袋が3つと、ケーキの箱と、和菓子の箱が1こづつ。

 おかげで今日は、枕を頭にくくりつけずに済みました。


 んで、

 枕の下に本を入れて、横になり


◇◇


 やってきました、夢の中、私のお家。


 さすがにもう手慣れたもんで、

 ベッドの上で目覚めた白狐な私は、まず百均の袋からあれこれ品物を取り出すと、家のあちこちにこれをセッティングしていきます。


 玄関にマットレス

 リビングの机上に敷物と、花瓶に造花。


 台所にも、スポンジ置き場やスポンジを置いていきます。


 それと

 ちょっと気になっていた家の玄関に、鍵もつけました。

 まぁ、単純な南京錠なんですけど、無いよりましかな、と。

 窓は、締めてしまえば中から鍵が掛けられるので問題ないわけですが、出入り口と勝手口には鍵がなかったんですよねぇ。


 ドライバーでこねこねやって……よし、これでいい。

 ヨーコさんの異世界別邸のセキュリティレベルがアップしました!


 その後、作業着に着替えた私は、裏の畑へ移動。

 すでに耕作作業と、苗の植え付けは済んでいるので、間に残っている草取りと、水やりをします。

 蛇口にセットするタイプの水やりホースを持って来ているので、台所の蛇口にこれをセットして……と。

 シャーっと音を立てながら、水が乾いた大地に吸い込まれていきます。

 少なくとも、私がこっちの世界にやってきてからは、1度も雨が降っていなかったこともあってか、土はいくらでも水を吸い込む感じです。


 うん、しっかり育ってねぇ。


 ……で

 野菜の苗たちに水をあげながら、ふと疑問が……


 そういえば、私って……こっちの世界で全然食欲わかないなぁ……と

 

 ただ、その反動なのか、

 最近は、元の世界での食欲がすごいのなんのでして……あはは~……


 ま、まぁ、それはおいといて

 まぁ、よく考えたら、こっちの世界に来ている時間って、私、本来寝ているわけだし……

 寝てる間は、そりゃ物は食べないか……と、半ば無理矢理自分を納得っせながら、水やりを終えていったわけです。


 さぁ、

 そして今日はここからが本番。


 相変わらずの水風呂で体を洗った私は……っていうか、この白い毛って、なんか綺麗なのよねぇ……すごく光沢があって……

 げ、げふん……んで、まぁ、体を綺麗にした私は、よそ行きのワンピースに身を包み、ちょっと小洒落た帽子を被ってよそ行きの出で立ちに変身です。


 あはは……この服に帽子って、元の世界で、デート用に買ったやつなんだよねぇ、本当は。

 まぁ、もう向こうで使う予定ないし、と、思い、思い切ってこっちに持って来ちゃったわけですよ。


 姿見で、全身をチェック……うん、すごくいけてる気がする、

  

 この白狐のお姉さんボディって、長身細身でボンキュボンなわけでして……まさに私が理想としてた体型なんですよねぇ……


 あ~、夢なら冷めないでほしい……っていうか、夢だから冷めるんだけどねぇ……


 さて

 途中で目覚めたらあれなので、私はベッドの上に残っていた、ケーキと和菓子の箱を手に取りました。

 念のために、中身を確認……うん、どっちもちゃんと入っているわ。


 それを携えた私は、ボア付きのショートブーツを履いて家の外へ。

 さっきつけたばかりの南京錠で鍵をかけ、いざ、クマのクロガンスお爺さんの家に出発です。


 この森の奥に住んでいるって言ってたから、この森を入っていけばいいよね。

 私は、昨日クロガンスお爺さんが入っていったあたりから森の中へと入っていきます。

 そこには、ちょっとした獣道が出来ていて、それを歩いて行けばいいのかなって感じです。


 森の中だから、木漏れ日が私を照らします。

 森も、鬱蒼とってほどじゃないおかげか、風が気持ちよく吹き抜けていく……うん、こんなお出かけも、たまにはいいな。



 ……そう思っていたのが、1時間くらい前だったかしら?


 途中からすごい傾斜になった道を、ぜぇぜぇいいながら昇って行った私。


 うん……次回は、この小洒落たブーツは辞めておこう、絶対辞めておこう。


 そう心に誓った私は、おそらく小山の頂上付近に出たんだろうな……って感じの草原へとたどり着きました。


 よく見ると、その一角に木製の小屋が1軒


 ひょっとして……そう思いながら駆け寄っていく私の前に

 その小屋のベランダでのんびり椅子に座っているクマのクロガンスお爺さんの姿が飛び込んできました。


「あぁ、クロガンスお爺さん。あえてよかったですわ」

 思わず、安堵のため息とともに声をかけていく私。

 そんな私の声に、クロガンスお爺さんはびっくりしたような表情を浮かべながら

「こりゃあヨーコさんか!? いやはやホントに尋ねて来てくれるとは、こりゃ嬉しいびっくりじゃわい」

 そう言いながら椅子から立ち上がると、私に駆け寄って来てくれます。


 なんといいますか、

 ここにたどり着くまでがつくまでだったこともあって、ちょっと感極まってた私は、そのままクロガンスお爺さんに抱きつきました。

 

 そんでもって、クロガンスお爺さん。

「よく来てくださったな……ご婦人にあの山道は大変じゃったろうに」

 そう言いながら私を抱きしめ返して、頭をなでなでしてくれます。


 私は、一度体を離すと

「ここに来て、初めてのお友達ですもの、当然ですわ」

 そう、笑顔で言ったんだけど……あれ、まだ2度目なのに、いきなり友達はまずかったかな? 

 そう思ってると

「ほっほっほ、この老いぼれを友達と言ってくださるか。こりゃうれしいわい。

 ささ、家におはいりなさい。お茶でもいれてあげましょう」

 そう言いながらニッコリ笑ってくれました。


 その笑顔に、ほっと安堵の息を漏らしながら私は、クロガンスお爺さんの後について、クロガンスお爺さんの小屋へと入っていきます。


 うわぁ


 なんていうのかな……

 私の言えとは違って、丸木を何本も組み合わせて作られてる小屋は、素朴なんだけどすご暖かみに溢れています。

 おそらくこれ、クロガンスお爺さんの手作りなんだろうな。

 お爺さんの優しい性格が随所に溢れてる……そんな感じで満載です。


「せまい我が家じゃが、まぁ腰掛けてくだされ。今、お茶をいれてくるでな」

 そう言うクロガンスお爺さんに、

「クロガンスお爺さん、お茶なら私がいれますわ。それと、お菓子も持って参りましたので、お孫さんも一緒にいかがですか?」

 そう声をかけました。

 するとクロガンスお爺さん、すごくいい笑顔でにっこり笑い、

「まぁまぁ、お客さんなぞ久々なんじゃ、お茶くらいいれさせてくだされ。

 お菓子まで気を遣って貰って、むしろ申し訳なかったのぅ」

 そう言うと、何やら天井の方へ視線を向けて

「おい、テマリコッタ。お客様じゃぞ、昨日話した、あのヨーコさんが遊びにきてくださった。お菓子も持ってきてくれたそうじゃ」

 そう声をかけていきます。


 すると、

 天井の一角がぱかっと開いたかと思うと、そこから階段がガタガタと伸びてきます。

 

 で、それが床に設置すると

「クロガンスお爺さん、今行くわ」

 可愛い声とともに、女の子が1人降りて来ます。


 あぁ、これが、例の孫娘さんね。

 ふふ、可愛い声だったわ。


 思わずニッコリ微笑んでいる私の前に

「よっこいしょ……っと」

 そう言いながら床に降り立ったその女の子は、私を見上げながら

「はじめましてヨーコさん。私、クロガンスお爺様の孫娘のテマリコッタです。

 こんなに早くヨーコさんにお会い出来てとってもうれしいわ」

 年の頃、5,6才かな?

 頭からすっぽり着込むタイプの灰色のポンチョを着たその女の子は、そう言って、ニッコリ笑いました。


 でも

 そんなテマリコッタを見つめながら、私の心には、猛烈な違和感が生じていました。



 ……あれ? なんでテマリコッタは、普通の人の姿なの?


 クロガンスお爺さんは、テマリコッタの事を「孫娘」と言いました。

 なら、このテマリコッタも、クマさんでないとおかしいのでは?

 よしんば、クロガンスお爺さんの子供さんと結婚した相手の人が人型だったから、そっちの影響を受けちゃったのかな?


 と

 少し考えた私なんだけど


 それも少しだけ。


 私は、テマリコッタの目の前で座り込み、目線をテマリコッタに合わせると

「初めましてテマリコッタ。私はクロガンスお爺さんのお友達のヨーコよ。私もテマリコッタとあえて嬉しいわ」

 そう言って、ニッコリ笑いました。


 別に姿なんてどうでもいいじゃん。

 私だって、元の世界では人間なんだしね。


 そう言って笑う私に、

 なぜかテマリコッタは、少し拗ねた表情を浮かべます……あ、あれ? 私、何かしでかしたかしら?

「お爺様ったらひどいわ。自分だけヨーコさんとお友達になってるなんて……」

 そう言いながら、その頬をぷぅっと膨らませます。


 もう、何、この可愛生き物!?


 私は、ほとんど無意識にテマリコッタを抱きしめると

「じゃあ、テマリコッタ。私をあなたのお友達にしてくれるかしら?」

 頬ずりしながらそう言いました。

 するとテマリコッタは、今度はぱぁっと笑顔になって

「ホント! ならクロガンスお爺様も許すわ!! 嬉しい!」

 私の首に抱きつきます。


 うふふ、可愛いなぁ、もう。


 こうしてしばらく2人で抱き合っていると

「ほっほっほ、2人とも早速仲良しになったようじゃな。

 どれ、みんなでお茶でも飲みながらお話でもしようではないか」

 台所から戻ってきたクロガンスお爺さんが、そう言いながら笑っています。

 その手には、トレーが握られていて、人数分のお茶のカップと大きめのティーポット、それにお菓子を入れるためのお皿がのっています。

 立ち上がった私は

「クロガンスお爺さん、あとは私にさせてくださいな」

 そう言うと、そのトレーを受け取り、皆へお茶の準備をしていきます。

「ヨーコさん、私も手伝うわ」

 そう言って、すぐにテマリコッタも近寄ってきます。

「じゃあ、そこの箱の中のお菓子をお皿に分けてくれるかしら?」

 そうお願いしたところ、ケーキの箱を開けたテマリコッタは、そのままその場で固まっています。

「……ヨーコさん、これ、お菓子なんですか? こんなお菓子初めて見ました……」

 そういうテマリコッタの様子に、クロガンスお爺さんもその箱をのぞき込み

「うむ!? こんなお菓子、ワシも見たことが無いぞい!?」

 とびっくりしています。


 そりゃそうよねぇ……私の世界のケーキだもんね


 私は、ふふっと笑うと

「まぁ良いじゃないですか。それよりもお茶がはいりましたし、さ、お菓子を食べながらお話しましょう」

 そう、2人に話しかけます。


 そんな私の言葉で我に返ったテマリコッタは

「わ、わかったわ、すぐにお皿に取り分けるわね」

 そう言って、ワタワタと準備していきます。



 その後、

 お茶を飲むのもほどほどに、ケーキを口にしたテマリコッタは

「ヨーコさん! これ、すごく甘いわ! なんて甘いんでしょう!」

 頬を真っ赤にしながらそう言います。


 ふふ、そんなに喜んでもらえたら、私も本当にうれしいわ。


 息つく時間すらもどかしそうにケーキをがっつくテマリコッタ。

 そんなテマリコッタに、クロガンスお爺さんは

「これこれ、食べ物は逃げはせん……もっと落ちついて食べなさい」

 そう言うんだけど

「無理よ、クロガンスお爺様。ヨーコさんのお菓子、美味し過ぎてもうとまらないの」

 テマリコッタは、満面の笑みをうかべながら、本当に美味しそうにイチゴのショートケーキを食べていきます。


 確か、少し大目に買ってきてたわね。


「テマリコッタ、余分も持って来たからそれも食べて良いわよ」

「ホント!? ヨーコさん大好き!」

 テマリコッタは、満面の笑みでそう言うと、ケーキをどんどん食べていきます。


 私も、クロガンスお爺さんも、その笑顔にすごく癒やされてた。

 この日はなんかそんな感じでした。



「結局、テマリコッタのお菓子話ばっかりじゃったな」

 そう言って笑うクロガンスお爺さん。


 傾き始めた夕日を背に、私はニッコリ微笑むと、

「いえいえ、とっても楽しかったですわ」

 テマリコッタの頭をそっと撫でてあげました。

 するとテマリコッタは、

「ヨーコさん、今度は別のお話もしましょうね。私待ってるわ」

 そう言って、満面の笑顔です。

 クロガンスお爺さんも

「よければまた来て欲しい。テマリコッタもヨーコさんが大好きになったみたいじゃからな」

 そう言い、ほっほっほと笑ってくれます。


 私は、そんな2人に笑顔を向けると

「えぇ、必ずまた遊びにまいりますわ。だってお友達ですもの」

 そう、声をかけた


◇◇


 ところで、目が覚めたわけで……


 え?


 ちょ、ちょっと待ってよ……

 今のシチュエーションで目覚めたって……クロガンスお爺さんとテマリコッタの目の前で、私、消えちゃったんじゃないの? ねぇ!?


 などと困惑しきりの私の目の前では、時計があり得ない時間を指し示しています。


「きゃ~、ち、遅刻するぅ!?」

 私は、ベッドから飛び起きると、大慌てで着替えを始めたわけでして……


 はい、1日あいて、突発性花粉症で、マスク出勤確定な私です……えぇ、下はすっぴんですが、何か?

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