第3話 ご近所さんと朝霧ヨーコさん

 その日も残業しながらも、かろうじて19時30分に会社を出た私は、全力疾走でホームセンターへ向かった。


 ホームセンターの閉店は20時です。


 汗だくだろうが

 肩で息しまくりだろうが知ったこっちゃありません。


 夏野菜の苗コーナーに直行した私は、手当たり次第に苗をカゴに突っ込みます。

 んでもって、ついでに種コーナーにも駆け込んで、手当たり次第に買い込んで、段ボールにして7箱分を無事購入! さぁ、軽トラをレンタルして……

「すいません、軽トラのレンタルは19時までとなっていまして……」


 !?


 その後、

 ホームセンターのシャッターの脇に箱を置かせてもらっておいて、ヘロヘロになりながら家との往復合計3回……


 誰よ! マンションの5階なんてかりたのは!?


 ……いいの、答えなんてなくて……わかってるから犯人は……ちょっと叫びたかっただけだから


 私は、ベッドの布団を全部どけ、そこに新聞敷き詰めると、その上に苗が満載の段ボール箱を山積みにしていきます。

 こうすることがわかっていたから、あえて段ボールに詰めてもらったんだけど、いやぁ、これは我ながら正解だったわね。

 とりあえず、向こうの世界に行く準備は準備万端になったので、私はここでこっちの世界での一休みをば……


 まず風呂に入り、汗だくの体と髪を洗う。

 その間に、汗だくの上に、荷物から漏れ出した土でべっとりな服を洗濯機に突っ込んで……あ~、ドロくらいは落としてからの方がよかったかなぁ……でもまぁ、もう洗濯機動き出しているわけだし、ま、いっか。


 さて、

 シャワーで濡れた髪を乾かしながら……って、ここでバスタオルを頭から被ってるってとこで、女子力が致命的に欠如してるよねぇ。


 私はここで、例の本を手にとってみた。


 そのページの中に出現している絵。

 その中の私は白狐の姉さんだ……ふふ、なんかちょっと格好いいよね……おっぱいもでかいしさ。


 この世界って、どこまで広がってるのかな……今はまだ畑を耕すので精一杯だけど、畑の生産品を街に売りにいったりしてさ、そこで街の人達とも仲良くなったりして……あ~、なんかそういうの……



 は!?


 いかんいかん!

 今、私おもいっきり寝落ちしそうだったよね!?


 このままテーブルにちっぷして寝ちゃってたら、貴重な1晩というか、向こうでは1日か……それを無駄にするところだったよ。


 私は、本を枕に突っ込むと、そのまま枕を頭に固定して……っと。

 あはは、これ、誰かに見られたら絶対おかしな人だよねぇ。


 そのままベッドに上がって膝を抱えて座っていく。

 さすがに今日は、興奮し過ぎて眠れないってことはない……それもそっか、なんせあれだけ走って、荷物持ってって、運動したもんねぇ……それで……


◇◇


「……明るい」

 目を覚ました私は、しばしの後、ベッドから飛び起きた。


 その脇には、しっかりと苗の段ボールが山積みです。

「ふふ……今日も大成功」

 私は早速服を着替えると段ボールの束を抱えて家の外へ。


 昨日は随分頑張ったもんねぇ、苗も一杯植えたしさ。

 

 畑に出てみると、昨日植えた苗がしっかり根付いて青々としています。

 私は早速家の外にある農機具小屋から鍬を取ってくると、畑を耕していきます。


 一応雑草取りは終了しているけど、

 長いこと放置されていたここの土は表皮部分が結構硬くなっています。

 だから、そこを砕いて、その下層にある土とよく混ぜ合わせてやらねば……

 ……なんて言うと、なんかすごく農業に詳しそうに見えるけど、私のは全部聞きかじりなんだよねぇ。

 勤務時間にこそこそっとネット検索したというか……ねぇ?


 ま、試行錯誤もまた楽しってやつですよ。


 私は、畝が一列出来たら苗を植えていき、そして隣に新しい畝を作っていき……と、ざっくざっくと三つ叉鍬を振るいます。


 あぁ、気持ちいいなぁ。

 夢の世界のはずなのに、すごく爽快だ。

 この体だと、あんまり汗もかかないんだよね……でもまぁ、量が少ないだけなんだけど……これってやっぱり獣人だからなのかな?……これって、オタクの人だと「ケモミミ」とかいってもてはやされるのかなぁ……あぁ、でも、私のこの姿は可愛い系じゃないし、ちょっと無理かもね。


 なんて考えながら作業を続けていると、いい風が吹いてきた。

 ん~、こういうの、ホントいいなぁ。


 畑の周囲の草も刈ったから、柵もよく見えてるし……あ、そうだ、あの雑草の山、今日は燃やしておこう……全能力のチャッカマン持って来たしね、今日は。


 んでもって、その柵に、見知らぬ熊のお爺さんが立っていたりして

「やぁ、お嬢さん。こんにちは」

 なんて話しかけてきたり


 ……きたり


 ……きた?


「やぁ、お嬢さん。作業中に失礼するよ」

 唖然としてる私に、


 柵に手を掛けてる熊のお爺さんが、なんかニッコリ笑ってるんですけどぉ!?


 ち、ち、ち、ちょっと待ってってば……

 クマですよクマ!?

 これって、あれ?

 私食べられちゃうパターン!?

 え、何?

 もう私の夢の中の異世界生活終了のお知らせってこと?

 あぁ、せめて食べられるにしても、性的にしてくんないかなぁ……この生活を続けられるんなら、いっそそっちでも……


 そんなことを脳内で必死に考えながらガタガタ震える私。


 そんな私に、クマのお爺さん、もう一回にっこり笑うと、

「あぁ、怖がらなくていいよ。僕はクマだけど亜人じゃない魚か野菜しか食べないからね」

 そう言いながら、敵対心が無いのを現すように、その両手を挙げて、いわゆるバンザイポーズをしていく。


 あぁ、そっか……そうですか、とりあえず取って食われるんじゃないんですね……


 それがわかっただけでも、私は安堵しきりだった。

 んで、どうにか震えもとまった私は

「こんにちは、クマのお爺さん。ちょっと色々考え事をしていて、ごめんなさいね」

 そう言って、ニッコリ笑顔を返していった。


 改めて見て見ると、

 このクマのおじいさん、

 身長は私より頭1つくらい高いのかな……

 まるまると太ってて、鼻の所に白いお髭がもっさりと……これを見てお爺さんとおもったんだよね。

 んで、私の世界でいうところのおっきなオーバーオールっぽい服を着てて、

 おっきな木製のパイプをくゆらせている。


 よくみたら、その頭で、鳥が羽を休めてるし、

 なんか、このクマさんの側だけ、時間がゆっくり流れてる感じ。


 クマのお爺さんは、私の言葉を聞くと、あげていた両手を降ろし、再び柵へともたれかかった。


「いえね。ワシはそこの森の奥に住んでおるんじゃが、なんかこの廃墟に誰か住み着いた気配があると、孫娘が言うもんでな。ちょっと様子見に来てみたんじゃよ」

 そう言うと、クマのいお爺さん、ほっほっほと笑っていく。

「あぁ、そうですか。

 それは失礼しました……えっと、ここ、空き家だと思ったもので勝手に使い始めちゃったんですけど……ま、まずかったですか?」

 私は、おそるおそる……でも、全力で満面の笑みを作りながらクマのお爺さんに話しかけた。


 ここで「出て行け」なんて言われたら……ち、ちょっと困るどころの騒ぎじゃないわ……

 やっと運び込んだあの荷物、まだろくに使ってないのに、また持って帰んなきゃいけないの?

 無理よ! 元の世界のマンションのあの部屋に、あんだけの荷物が置けるわけないし!


 そう思っての、必死の「お許しくださいぇ」な笑顔の私。


 その思いが通じたのか、クマのお爺さん、

「まぁ、この家は、前に住んでた人猪のボアザマナスがいなくなってからずっと空き家だったしな。まぁ、いいんじゃないかの」

 そう言い、ほっほっほと再度笑っていく。


 いよっしゃああああああああああああああああああ!

 内心で改心のガッツポーズをしながらも、

 私は、表面上は優雅に

「それは助かりますわ」

 ほっほっほ、と……誰? これ? と、本人が突っ込むしか無い貴婦人対応を心がけます。


「ワシの名前はクロガンス。この森の奥に住んどる爺さんクマじゃ。孫娘と2人で暮らしておる。

 何か困ったことがあったら尋ねて来なさい。

 もちろん、何も無くても尋ねておいで……美しい娘さんの訪問は大歓迎じゃからな」

 クマのお爺さん~クロガンスは、ほっほっほと笑いながら帰って行った。


 私は

「私の名前はヨーコです。今度ぜひお邪魔させていただきますわ」

 そう言いながら、笑顔でクロガンスを見送ったんだけど


 いよっしゃああああああああああああああああああ!

 もうね、内心で、ガッツポーズその2なわけですよ!


 まさかさ、

 あんだけ期待してた、ご近所さんとの出会いってのが、まさか向こうから転がり込んでくるなんて!

 しかも、あんなに真摯で対応がスマート、なんていうの、隣に置いておきたいおじいちゃまベスト3に間違いなく入るよね、あの対応って。


 そっか、

 この森の奥に人がいたんだ。


 そういえば、お孫さんも一緒に住んでいるっていってたな。

 どんな子だろう……あ~、なんか会いに行くのがすっごく楽しみになってきた。


 さすがに今日は手ぶらだし、

 まだ植えなきゃ行けない苗もまだまだだし、うん。


 私は、鼻歌を歌いながら作業を再開しました。

 さっきまでも、十分楽しく作業してたんだけど、クロガンスに出会ったことで、その作業効率がさらにドン! なわけですよ!


 あっという間に畑作業を終えた私は、

 畑の端々に残っていた雑草を抜いていき、それを昨日山積みにしておいた雑草の山の上に


 さて、これに火をつけて処分を……

 って、思ったんだけど……そういえば、抜いたばかりの草って、中に水分が満載だから燃えにくいんじゃなかったっけ?

 ……しかも、こっちに来てから結構時間も経ってるしなぁ

 燃やしてる途中に目が覚めて、んで、不在の際に火災発生なんてなったら目も当てれられないか……


 そうだね

 この草はしっかり乾かしたら、穴を掘って埋めておこう。

 確か堆肥とかになるんじゃなかったっけ?

 どんくらい寝かせとけばいいのかさっぱりわかんないけどさ。


 さて

 玄関の脇に回ると、昨日帰る前に干しておいた作業着が、風に舞っていました。

 

 そういえば、取り込まずに帰っちゃったね、昨日。

 私は、先に一度家の中に戻ると、作業で使ってた服を洗濯板でゴシゴシしながら、ついでに水浴びそ済ませました。

 やっぱり水は冷たいけど、作業の後は気持ちいいわけです。


 ひとしきり汗を流した私は、服を着替えて、洗ったばかりの洗濯物片手に家の外へ。


 今着てるのは、城のワンピース。

 ちょっと洒落なやつなんだけど、向こうの世界の私じゃ、絶対着ないしね。


 私は、乾いている洗濯物と、洗ったばかりの洗濯を入れ替え、

 取り込んだ洗濯物を家の中のタンスの中にしまいました。

「さて、今度は何をしましょうかね」

 そう言って顔を


◇◇


 あげたところで、目が覚めるんだよなぁ……


 今日はまだ目覚ましは鳴っていない。

 でも、寝始めたのが結構早かったもんだから、その分早くに目が覚めたんだろう。


 さて、今夜は、クロガンスさん家に遊びに行こう。

 絶対行こう。


 お孫さん、何が好きかなぁ……2人のお土産もそれぞれ買って帰った方がいいよね。


 あ~、なんか、ワクワクしてきた。

 早く夜にならないかなぁ。


 私はそんなことを考えながら、ぺたぺたと化粧をしていきます。

 どうやら、突発性花粉症は、今日は発症しなくて済みそうです。

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