第2話 運び込んだ朝霧ヨーコさん

 ここで、狐な私の別の人生が始まるっていうの? ねぇ?


 なんて思ってたのって、何時間くらい前だったかしら……

 今の私、すでにリタイア寸前です。


 くったくたの、汗だっらだらになりながら、畑の草抜きやってます……素手で。


 だってひどいのよ。

 家には農機具庫があったんだけど、中身は空っぽ。

 家の中にも、何にもなくて、唯一、水がちゃんとでることだけは確認出来た。


 お風呂はあるけど……お湯を沸かす仕組みがよくわからない。

 まぁ、この世界も今は夏みたいなんで、とりあえず水浴びでもいいかとは思ってるけど、もしこの世界にも冬があるんだったら、とんでもないことなわけよ。


 服もそう。

 最初に着ていたあの白い服以外に、今来ている作業用らしいニッカボッカ風のデニム地のズボンが2着あっただけ。

 下着も、元の世界の私がはいて寝ていると思われるのとそっくりなパンツが1枚身につけられているだけで、それ以外には何にも無い。


 と、いうわけで

 ひたすら畑の雑草をむしり続けているわけだけど、なんかもう全然進んだ気がしないわけ。


 あ~、ダメだこりゃ


 一度立ち上がった私は、へとへとになりながら家の中に入った。


 家の中は大まかに3階建て。

 地下1階地上1階、屋根裏部屋1階ってな感じ。

 1階に、台所付きのリビングがあって、それ以外に3部屋と、あとトイレと風呂。

 部屋は、

 ベッドがあった部屋……私が目覚めた部屋ね、と、

 服が2枚だけ入ってたタンスのあった部屋と、

 私が寝ていたのより簡易なベッドが1つだけある部屋

 この部屋のベッドには、マットレスも布団も何もない。


 リビングには、大きめの机と椅子が5つ。

 異端ではいるけど、まぁ、使えなくは無いかなって感じ。


 台所には、仕組みはよくわかんないんだけど、ボタンを押したら火が着くコンロっぽい機械が1つあるだけで、包丁すらない……


 ったく、こんなの飲まなきゃやってられないわよ……って思うんだけど

 目覚めた時に私が手にしていたビールのロング缶は、これが見事に空っぽだったのよねぇ


 念のために、一度煮沸した水を……とも思うんだけど、ヤカンも何にもないんだもんなぁ

 まぁ、いいか……どうせ夢だしね……

 そう思った私は、水道の蛇口をひねって、出てきた水に口をつけた。

 あぁ、

 なんか美味しい……

 ただの水をこんなに美味しいって思うなんて、いつ以来だろう……


 で、私、ここでフと気がついた……


 美味しい?

 あれ? 水の味を感じてる?

 よく考えたら、さっき必死になって草取りしてたときも、草や土の匂いがしてたっけ……


 これって、よく考えたらおかしいよね?


 何で夢の中で、味や匂いを感じてるの? 私?



 なんてことを考えながらしばし固まってた私なんだけど……



【結論】わからないことは、考えないことにしよう


 うん、そういうことだ。


 んで、

 今の私は、なぜか手に持っていたビールの空き缶を洗って、それに水をなみなみとついで、ごっごっごっと飲んでいる。


 あ~

 これ最高!

 ここにビールがあればもっと最高だけど、とにかく生き返る~


 私は、空になった缶に、もう一回水をいっぱいにすると、それを持って窓際へ移動した。


 結構な時間草刈りをしていたと思っただけど、

 こうして全体を見渡してみると、自分が刈り取ったのが、全体の中のほんのちょっとってのがよくわかる……はぁ、素手じゃあ限界あるってぇ……


 そんなことを考えながら、私は再度ビールの缶から水を飲んでいく……


 しかしあれだよねぇ

 もし仮に、この畑の草むしりが出来たとしても、その後どうすんの?

 苗も種もないしさ、どうやって野菜や果物育てるの?

 森に探しに行く?

 ってか、そもそも、どれが食べられる物かからして見分けられる自信がないんですけど?

 あ~、いかん。なんかこれ、始まった途端に詰んでるクソゲーじゃね?


 そんなことを考えながら、私は再度ビールの缶から……



 ……ちょっと待って


 なんで、このビールの缶はここにあるわけ?

 どうみてもこの世界に似つかわしくないというか、これってあれだよね?

 私が寝るとき手に持ったまま寝た、あの空き缶だよね……

 よく考えたら、

 私が最初に身につけてた下着って、あれも私が身につけてたあれじゃないの?

 ……パンツ1枚で寝てたから、この無駄に豊かになっちゃってるおっぱいを覆うブラもなかったってわけなのか?

 

 私は、自分が目覚めた部屋へと駆け込んだ。

 そこには、布団がのっかってるベッドがあるんだけど……この布団、間違いない……私が元の世界で寝てるベッドの物とおんなじだ……


 何?


 これってどういうこと



 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ……



 ってところで、目覚ましがなった。


 私は、ハッと目を覚ました。

 まず私は、自分の顔を触った……うん、毛は生えてない。

 でも念のために、と洗面所へ。

 うん……鏡の中の私は、いつもの私だ。


 あの、ちょっと艶っぽい流し目風な白狐のお姉さん姿じゃなくなってる……ついでに、無駄に豊かになってた胸も元通りだ……あぁ、そこは変わっててもよかったんだけどなぁ……


 で、まぁ

 とにかく仕事だ。


 私は慌てて身支度を済ませると、大慌てで家を出た・


 ちなみに、今日も突発性花粉症だ。


◇◇


 さて、帰宅。

 

 さすがに、昨日終わりきらなかった分をこなすだけだったので、この日は半日で仕事が終わった私は、会社を小走りに出て行った。


 行き先はホームセンター。


 うん

 あくまでも仮説なんだけど


 あの夜の夢の世界ってさ

 私が手に持ってる物や身につけてる物を持って行けるんじゃないかなって。


 あくまで仮説


 だから、今日はあくまでも最低限の品物を購入した。

 三つ叉鍬と、草刈り鎌。

 あと、野菜の苗を合計20個ほど

 まぁこれは、仮説が間違ってたら、ベランダ菜園しちゃえばいいやと思ってる。


 あと、安物の作業着を少々と、洗剤に物干し、あ、物干し竿もあった方がいいかな、そうそう台所にも何もなかったし、まな板に包丁に鍋にお玉に……


「3万2,561円にないます」

……ど、どうしてこうなった?


 私は、両手に抱えきれないほどの荷物を、よっこらよっこら抱えながら支払いを終えた。


 こんなに買う気はなかったのよ?

 でもね

 なんかさ、

 あれもこれもそれもどれも……って思いながら選んでたら、いつの間にかねぇ……ははは(乾いた笑い


 んで、

 絶賛徒歩通勤の私に、これを持って帰れるだけの術はなく

 お店で軽トラを借りた私は、その荷台に荷物をのせて、いざ自宅へ移動。


 でも、すごいよねぇ

 免許とってから、10ウン年。

 ひっさしぶりの運転が借り物の軽トラってさ……ははは(乾いた笑い


 マンションには、1部屋に1台駐車場スペースがあるので、私はそこに軽トラを止め、荷台から荷物をおろし、部屋へと運びこんでいく。


 誰よ

 どうせなら眺めの良い最上階を借りようなんて言い出した大馬鹿者は!


 と、あのときの自分に心の中で大文句をいいながら小一時間。

 どうにか荷物を全部部屋に運び込んだ私なんだけど……


 え~っと、これ……全部ベッドの上にのるのか?


 今の時点で、部屋の3分の1程を占拠している荷物を見つめながら、私は再度乾いた笑いを浮かべていく。


 でもね、

 1つ確証はあるの


 もし、向こうの世界に荷物を持っていくことが出来たら、それは向こうに置いておける。


 何故かと言うと、

 昨夜、私が夢の中で向こうの世界に持って行ってたビールの空き缶がなくなっているのよ。


 起きる前に、あれ

 確か机の上に置いたはずだもん……


 私は、意を決して、ベッドの上に、荷物をドンドン重ねていった。


 間に、軽トラを返しに行き、

 途中で食料とビールを追加した私は、部屋に戻ると作業を再開。


 とりあえず、結構早い時間に作業は終了した……んだけど……


 ベッドの上は、山のような荷物で満載になってるわけで……私が寝るスペースって、ほんのわずかしか無い。

 ほんのわずかってのがどのくらいかと言うと、私が膝を抱えて寝るのがやっとってくらいかしら……


 でもまぁ、お試しだ、うん……やるしかない……やらなきゃこれが全部無駄になっちゃう……


 そう思ったところで、私は重大な事実に思い当たった。

 ダメじゃん! 本を枕の下に入れて寝ないといけないのに……横になるスペースが横って無いなんて……


 

 そんでもって、その10分後。

 頭の後ろに、枕と本をグルグル巻きにした私の姿がありましたとさ。

 本が傷んだらいやなので、枕の中に突っ込みました。

 この状態で、壁を背にして寝ればどうかなぁ……って思った私は、とりあえずロング缶をかっくらって、ベッドの一角にちょこんと座りました。



 ……そして、3時間


「ね、寝られない……」

 何よ私、ワクワクして寝られないって、小学生じゃないんだよ?

 ビールももう5本目あけてるってのに、目がランランと冴えちゃってて、もうわけがわからない……


 一刻も早く向こうの世界にいってあれこれ試したいのにさ。


 私は、膝を抱えて、改めて荷物の山を見つめていった。


 ……しかし馬鹿だよね私。


 たった一晩夢に見ただけでこんなことしちゃってさ……

 どう考えたって、ただの夢なのに、何必死になってんだろ……ホント、馬鹿げて……


◇◇


「……は!?」

 目を開けた私。


 あれ? 明るい?

 私は、膝を抱えて眠っていた……服は、あの白いパジャマだ……ってか、む、胸がすっごい苦しい……

 あ、そっか、ブラジャーつけて寝たもんだから、きついのか……この世界の私って、無駄に胸が……


 この世界!?


 私は目を見開きながら周囲を見回した。

 

 ベッドの上には、無数の道具が並んでいます。

 そう

 元の世界で苦労して並べた、あの荷物が同じように……


「やった~~~~~~~~~~~~~!」

 私、思わずバンザイして大声をあげました!


 やったやったぁ! 大成功だ!

 荷物が全部こっちにきてるぅ!


 よく見ると、横の机の上には、昨日の夜置きっ放しにして帰ったビールの缶がそのまま残っています。


 うん

 思った通りだったってわけだ。


 私は鼻歌を歌いながら荷物をベッドから降ろしていきます。

 農機具は家の外の農機具倉庫へ

 台所用品は台所へ

 作業着はタンスにしまい、物干し台や物干し竿は庭に並べていきます。


 昨日来ていた服は、きちんと脱衣所の脱衣カゴの中に入っていた……汗だくで

 なので、持って来たタライと洗濯板に、洗剤を使ってしっかり洗い、並べたばかりの物干し竿に干していきます。


 あぁ、なんかいい風が吹き抜けていくわ。

 昨日は、そんなことを感じる余裕もなかったけど、今日は違う。


 うん

 この世界でやっていけるっていう目処がたったもんだから、私すごくワクワクしてる。


 洗濯を終えた私は、

 ホームセンターで購入した安物の作業着に着替え、頭には麦わら帽子。

 そして鍬を片手に畑へ移動した。


 がしっ


 がしっ


 うん

 やっぱ道具があると全然違う。

 あっという間に、昨日というか、昨夜が手作業で頑張った分量以上に耕作していった私は、その一角に畝をつくり、野菜の苗を植えていきます。


 この時期なので、なす、にんじん、トマトにキャベツ。

 家の窓の当たりにネットをはって、ここにはキュウリとゴーヤの苗を植えました。

 

 買ってきた苗はあっという間になくなって

 それでも使ったスペースは、畑全体のほんの一角。


 ふふ、これはこれからが楽しくなりそうだ。


 私は、畑の半分くらいを簡単に耕作していきます。

 で

 ここで気がついたんだけど、畑の周囲って、木の柵があったんだ。

 今は鬱蒼としべった雑草に覆われてるんだけど、それを引っぺがして初めてわかったわけです。


 こりゃ、ここもどうにかしなきゃいけないな……


 私は、改めて家の中から草刈り鎌を持ってくると、この周囲の草を重点的に刈っていきます。


 念のために、腰に香取線香をぶら下げてるんだけど、その効果もあってか、虫刺されは感じない。

 ……あ、でも、私、人狐状態だから、ダニとかに気をつけないといけないのかな?


 なんてことを考えながら、小一時間。

 道具があるおかげで、畑の周囲の草刈りは大まかに終了。

 仕上げに、除草剤をまいておいたんだけど……効果あるといいなぁ


 昨日とは打って変わって、今日は作業がすっごくはかどった。

 もうね、これ、劇的といって良いと思うんだ!


 私は、部屋に戻って、さて、ビールでも……って思ったんだけど


 ん?

 なんだ、これ?

 なんか臭い?

 

 クンクン匂っていくと……匂いの元って……あぁ!? 私だぁ!?


 そう言えば、

 昨日汗だくで作業終えて、そのままだったもんなぁ……


 私は、お風呂に直行すると、裸になって湯船に建ちました。

 う~、水しかでないんだよね、これ……

 風呂桶は、四つ足でお風呂場に立っていて、その上のシャワーっぽい口のとこから水が出る仕組み。

 昨日は、このボタン押したら、水しか出なかったのよねぇ……


 でもまぁ、背に腹は代えられない。

 私は、意を決してボタンを押した。


 吹き出る水


 うひゃあ!? 冷たいぃ!


 でも

 今日は作業を終えた直後なもんだから、この冷たさがまた心地いい。

 あぁ、労働の後の一っ風呂っていいなぁ……


 私は、浴室に持ち込んでいたボディソープで体を洗っていくと、それを水で流していく。


 あれ?

 今の私って、全身毛だらけなんだけど……頭はどうしたら……って、まぁいっか、そんな細かいことは。

 私はボディソープを盛った手で頭もわしゃわしゃしていきます。


 ん~、気持ちいい!


 しっかり汗を流した私は、浴室に準備しておいたバスタオルで体を拭くきながら部屋へ移動。

 バスローブも持って来ててよかったわぁ。

 家にあったもらい物だけどさ……ほら、友人の結婚式の引き出物でさ……ははは


 んで、

 部屋に戻った私は、机の上に置いておいたビールを開けると、ごっごっごっと……


 ぷは~! しみるわぁ!


 断言出来る!

 朝霧ヨーコ34才

 私は、この瞬間のために生きてきた! と


◇◇


 と、いう夢を見たんだ……


 あはは……ここで目が覚めるかぁ……

 私はベッドからむくりと起き上がった。


 寝る前、あんだけあったベッドの上の荷物は何一つ残っていない。

 私はそれをみながら満足気にうなすずい……あ、あれ? なんか頭が重い……


 あぁ、そっか! 枕と本をくくりつけてたんだった。


 私は、頭から枕を外し、本を取り出した。


 ふと思い、その中を開いてみると

 昨日までは何一つ記入されてなかった本の最初のページに、絵が浮き出ていました。


 その絵には、物がいっぱい置かれた部屋が描かれていて、

 その中央で、腰に手をあててビールを飲む白い狐のお姉さんの姿が……やだ、これが私?


 その絵を見ながら

 私はしばし、至福の時をすごしたのです。



 その結果

 遅刻寸前に、会社に駆け込む羽目になったんだけど、今日は悔いはないわ!

 ってか、休日出勤の翌日くらい休みにしろってのよ!


 あ、ちなみに突発性花粉症3日目です。

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