夜ノ朝霧ヨーコさん

鬼ノ城ミヤ

第1話 最初の朝霧ヨーコさん

 私の名前は朝霧ヨーコ。


 とある田舎町に暮らしている会社員……ってまぁこう言うと割と暇してるんでしょ? とか学生時代の友人なんかにもよく言われるんだけど、とんでもない!

 田舎なもんだから、仕事量と社員の数の兼ね合いがわかってないのか、明らかにウチでは扱いきれない規模の仕事を平気でとってきたり、その仕事がいまだに絶賛修羅場中だってのに、まぁたおんなじ規模のとんでも仕事を受注してきたり……まぁ、社長からして「みんなよろしくね」って言って年中どっか行ってる人だしなぁ……ウチの社長って、私、入社試験の時と、入社式、あと、新年会と忘年会くらいでしか見た記憶が無いぞっと……


 んで、まぁ、そんな会社なんで、私の同期入社はみんな辞めちゃった。

 いいよね、相手の出来た人は……

 こちとらこの激務のせいで、6年付き合った年下の彼氏くんにも捨てられましたとさ……とほほ……


 というわけで、もうじき四捨五入したら40才になってしまう私の日常は会社とマンションの往復だけなんだ……


 せめてもの救いは、このマンションが新築物件ってこと。


 ……まぁ、ちょっと変な噂もあるんだけどね

 この土地って春頃まではコンビニエンスストアがあったんだけど、ある日店ごと夜逃げしたとか……

 ま、まぁ、店ごとってあたりで眉唾っぽいんだけどさ。

 でも、ここにあったコンビニおもてなしって、店の規模は小さかったけど店で調理して並べてたお弁当は結構お気に入りだったから、なくなった時はちょっとショックだったかな。


 ま、その跡地に、なんか借金の抵当やらなんやらがあったとかで、競売の末に今私が住んでるマンションが建ったってわけです。

 私が学生時代から住んでるこの草社(そうやしろ)市って、近隣の大きな街に近いってのもあってマンションやアパートがよく建ってるんだよね。


 まぁ、ありがたいことに……と言ったら、草葉の陰からドヤされそうだけど、私の両親はともに他界しているし、他に兄弟もいないので、まぁ、気ままな女1人暮らしを満喫しています。


 あぁ、でも……

 とりあえず、今の激務が終了したら、どっか旅行でも行きたいなぁ……

 贅沢言わないから、近場の温泉にでも行ってか~っと一杯ひっかけて、ついでに可愛い男の子もひっかけちゃったりなんかしてさぁ、もうやだぁ、何言わせるのよぉ。


 ……なんて、ビール飲みながらちょっと無理矢理テンション上げてみたけど、すでに深夜の1時です。

 やれやれ、明日は休みだっていうのに定時出勤だ……

 ホント、いつになったら休めるんだろうねぇ。


 あ~、部屋の隅に山積みになってるラノベの山も、最近は全然読んでないなぁ

 マタギの孫はどうなったのかなぁ

 ハイエルフさんの旅はどうなってんのかなぁ

 ギリシャ神話と北欧神話の戦いって決着ついたのかなぁ

 あ~、もう、考え出したらまぁた寝られなくなりそうだからやめやめ……


 あ~、でも、せめてさぁ

 夢の中出くらい異世界で遊べたりしたら楽しいよねぇ


 あ、でも、戦うのは読むので十分だから、なんかこう、小さな家があって、周囲を耕していって、なんかこう街を作っていくような……











 どわあああああああああああああ!?

 なぁんて考えてたら、目覚ましセットしないで寝落ちしちゃったよ!?


 やっべ、休日出勤でもこれはやばいって!!

 あぁ、お化粧してる時間ないし……ってか、アタシの顔なんて誰も気にしてないか、よし、突発性花粉症って事で今日はマスクウーマンですごすしかない、マスクを持って、行ってきま~す。


◇◇


 ……あぁ、疲れたよ


 階段昇るのがつらい……

 誰よ、見晴らし良いのがいいよねって、エレベーターの無い5階建てマンショの5階に入居を決めたのって……はいはい、私ですよ~……どっこいしょ……あと2階分かぁ……


 今何時だ?……えっと、深夜1時?

 うら若い乙女がこんな時間までこき使われてさぁ……


 しかも、今日で仕事が終わらなかったからとかで、明日も出勤ですよ……

 はぁ、なぁにを楽しみに生きていけばいいんでしょうねぇ

 そんなかわいそうな私なんですよ、ロング缶3本くらいいいよね?


 ん?


 やっと見えてきた我が家の玄関なんだけど、郵便受けに何かはさまってないかい?


 玄関までたどり着いた私は、それを引っこ抜いてみた。

 ……って、なんだこれ?

 ゆうメールとか、宅配便のケースなら見覚えあるんだけど……えぇ、出歩く時間がないもんだから絶賛アルマゾンとアフオク利用しまくってますからねぇ。


 で、これ

 全然見たことのない封筒だ……なんか、やけに手作り感満載というか、ふさふさしてる感じ?


 家に入った私は、とりあえず軽くシャワーを浴びた後、パンツ1枚でこの封筒を再度確認。


 明らかに頼んだ覚えが無い。


 差出人は……『魔女魔法出版』?

 ノートパソコンを立ち上げた私は、早速アフーで検索してみるけど……【テーマ】魔女・魔法の絵本! | 絵本ナビとかいうのがヒットするくらいよねぇ……そもそも社名だけで住所もないって怪しすぎるでしょ?


 怪しいといえば、表書きもそう。


 アサギリヨーコ様


 って、確かに私の名前が書いてあるけど、住所は無いし消印もない……やだ、これって、ポストに誰かがつっこんだっていうのかしら?


 ……うわぁ、嫌がらせの類いだったらやだなぁ


 私は、そう思いながら、とりあえずこれ、警察に持ってった方がいいのかなぁ、と思いながらも、どうにもそういう気になれないというか、どうにもこの封筒が気になって仕方ないのよねぇ。


 グイッと、1本目のロング缶を飲み干して、再度封筒を手に取る。

 スンスンって、匂ってみると、なんかすごくふわっとした匂いがするのよね。


 ……う~ん、

 ま、まぁ、あれですよ。

 酔った勢いで開けちゃいましたってことにしてさ、とりあえず中見ちゃおっか。

 それで、変な物だったら、そのまま警察に直行ってことで……


 アハハと笑いながら、私はびりびりっと封筒を開けた。

 中には……何これ? 本?


 表には、なんか家の絵が描いてあるんだけど、文字が読めない……これ、どこの言葉なの?

 なんか、メッセージっぽい紙も入っているんだけど、これも同じ言語で書かれてて……まぁ、全く読めないわけです。


 まったくもう……

 送りつけてくるくらいなら、せめて日本語翻訳版を送りなさいっての

 逆に中身が気になっちゃうじゃないの



 ……って、あれ?


 どういうこと?

 さっきまで、どこの言語かよくわからない言葉で書かれてたこの本に書かれている言語が、いきなり日本語に変わった……


 なんか、目の前で、文字が光ったって思ったら、次の瞬間、全部日本語に……え? 私悪酔いしてる?


 で、

 同封されてたメッセージっぽい紙も、同様に日本語に書き換わっていて、今度は読める。



『アサギリヨーコ様


 この度は魔女魔法出版の思念波注文をご利用頂きまことにありがとうございます。


 ご要望頂きましたキーワード


 異世界・遊ぶ・戦闘無・小さな家・周囲耕作・街復興


 これらの要望をもっとも満たす書籍をお届けいたします。


 『夢見る家の復興録』


 この書物を、お眠りになる際、枕の下に敷いてお眠りください。


 すると貴女の異世界での生活がスタートします。


 貴女の異世界での記録はすべてこの書籍に記されていき、それが最終的に本になります。


 貴女の物語の出来映えによって、魔女魔法出版より報奨金が支払われ、場合によっては書籍化を打診させていただく場合もございます。


 では、あなたの夢物語を今宵からお楽しみください。


                          魔女魔法出版   』



 このメッセージっぽい紙を5回読み直したところで、ロング缶が全部空っぽになった。


 うん、

 まったくわけがわかんない。


 このメッセージっぽい紙に書いてあるとおり、本には何にも書かれてない……


 つまり何かい? 私がこれを枕の下に敷いて寝れば、私の異世界での生活が始まるっていうの? ねぇ?


 バッカじゃないの?

 いくら私が行き送れてる独り身の寂しい女だからってさぁ、こんなの信じるわけがないってばぁ


 さぁ、馬鹿らしい話はほっといて、寝よ寝よ……明日も早いんだしね、


 さて、『夢見る家の復興録』を枕の下に敷いてっと……



◇◇


「……あら」

 思わず声を出した私。


 どこ? ここ?

 見慣れない木の壁に覆われている部屋の中で目を覚ました私は、上半身を起こした。


 なんか、ベッドの上で寝ていた私。

 うん、そりゃそうよ、さっき寝たばっかだもん……


 あぁ、いや、そうじゃなくて、

 寝たベッドが全然違う。

 私が寝たのは、金属製のパイプのやつ。

 で

 今、私が起きたのは、全部木で出来たやつ。


 何コレ?


 私はベッドから立ち上がると、部屋の隅を見た。

 そこには、鏡台が置かれてるんだけど、その中を見てびっくりした。


 そこには、位置的に私が写ってるはず。

 でも

 そこに写ってるのは、狐の顔をした人型の生き物……へ?


 思わず自分の顔を触る私……な、なんだこれ、確かに毛が生えてるっていうか、髭も何本か生えてる……よね?


 顔つきなんかは、獣のそれというよりは、ネズミ-のアニメに出てくる言葉をしゃべる二足歩行で服を着てる動物って感じかな……


 着てるのは……多分これ、寝間着なんだろうな……真っ白なパジャマみたいなのを着てる。


 本当の私はパンツ1枚でか~って寝てるはずだもんねぇ……あははぁ。


 私は改めて周囲を見回した。

 どうやらここ、木で出来た一軒家っぽい。

 窓を開けると、そこには荒れ果ててるけど、かつて畑だったと思われる土地が広がってる。


 え? 何?


 ここ、異世界なの?

 ここ、私の家なわけ?


 ここで、狐な私の別の人生が始まるっていうの? ねぇ?

 夜、寝てる間限定で?

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