人間不信の冒険者たちが世界を救うようです/富士伸太

         【ハッピーデイ・ラッキーエイト】

 


 テラネ競竜場のメシは美味い。

 その理由は単純で、競争が激しいためだ。競竜場は多くの客がやってきて、大きな金が動く。賭け金に比べたら料理の値段など微々たるもので客の財布の紐も緩い。

 それゆえ高額のテナント料を払ってでも出店したい飲食業者は多く、運営による審査も厳しい。売上が下がったり不始末があれば、他の出店希望者とすぐさま交代となる。

 そんなテラネ競竜場けいりゅうじょうで十年以上営業を続けている八本焼き屋台「八五郎」は、まさにトップクラスの屋台だと言えた。

「あら美味しい。行列並ぶのが面倒だったからスルーしてたけど、悪くないじゃない」

「ウン。ここは最高に美味しイ」

 競竜場の客席で、ティアーナとカランは顔をほころばせながら熱い八本焼きを頬張った。

 ふっくらとした小麦粉の生地の中には、タコのような肉厚さを持ちながらもアワビのような食感の「八本足」のぶつ切りが入っている。焼き加減、身質、ともに上質で、味にうるさいカランも手放しに褒め称えた。

「しかし、五人ともここに集まるなんてな……」

「こんな偶然もあるんですね」

 ニックが微妙な苦笑いを浮かべ、ゼムも同じような顔をしている。

 今日のニックの目当ては競竜ではなく、吟遊詩人アイドルであった。推し吟遊詩人アイドルのアゲートが、レース開催前の歌を歌う聖歌隊の一人として招かれていたのだ。ついでにキズナも興味本位でついてきている。

 ゼムは酒場キャバクラの女性との同伴デートだ。一緒に来た酒場キャバクラの女性の方がレースを見たかったようで、あくまでゼムはついでであった。あの竜はいい尻をしてるので走るだろうとか、首を上げ下げしてて落ち着かないから調子が悪そうだとか、早口でまくし立ててゼムにアドバイスしている。ガチ勢であった。

「まったく全員不健全じゃのー」

「なに言ってんのよ。今日の目玉は由緒正しい第八十八回テラネダービー。これを不健全と言うなら迷宮都市のモグリね!」

「お前、ここに来て一年経ってねえじゃねえか……」

「いいから楽しみなさい。歌だけ聞いて帰るのはもったいないわよ」

 ティアーナがそう言いながらニックに八本焼きを押し付けた。

「あちーよ。……ま、たまにはこういうのもいいか」

 ニックは八本焼きを頬張りながらレース場を眺めた。

 出走までまだ時間があり、賭博特有の緊張感はまだ漂ってはいない。どちらかと言えば賑やかな気配の方が強かった。どの客も雑談に興じていたり、気の早い者はすでに屋台で食べ物を肴にして一杯引っ掛けている。

 また、気付けばキズナが勝手にアイスクリームを買ったり、予想してるどこかのおっさんに「その確率計算は変じゃの?」などとツッコミを入れたりしている。まさにお祭り気分だ。

「もっと殺伐としてるかと思った」

「楽しめるならもっと足を運びなさい、教えてあげるわ」

「カジノでこりたよ。オレにギャンブルの才能はねえ」

「あら残念」

 そんな風にニックたちは雑談していたが、しばらくするとキズナが妙に弱った声でニックを呼びかけた。

「おーいニック、たっ、助けてくれぇ……!」

「あんたの予想した竜に賭けるよ! なあ教えてくれ! そうだ、おじさんがアイス買ってやろうか!?」

「指摘や考察は確かなもんだし、なにより縁起がいい!」

 ニックが声の方に視線を向けると、キズナが新聞と赤鉛筆を握りしめたおっさんたちにモテモテであった。

「……なにしてんだお前」

「いや、予想してるおっさんと話し込んでたら妙なことになっての」

 キズナはとにかく乱読家だ。過去の競竜新聞や競馬雑誌なども漫画目当てで読み込んでおり、確実にデータを蓄積している。そこから弾き出した予想は、競竜場の客たちをも唸らせるものだったらしい。

 しかも、過去の第八十回のレースで一着を取った竜の名前がキズナと同じなのだそうだ。そのためキズナの名を聞いた連中が「縁起がいい」と盛り上がっていた。

「はいはい、そこまで。あんたらも素人に頼ってないで自分で買いなさい。散った散った」

 ティアーナが面倒臭げに手をたたきながらおっさんたちを追い払う。

 おっさんたちは「なんだ、ティアーナの姉御の知り合いかよ」と残念がりながら去っていった。ここでもティアーナは顔役のようなポジションに収まりつつあるらしい。

「ふう、助かったのじゃ。おとなしく見物に徹するかのう」

 キズナが席に座ったあたりで、聖歌隊が客席の前方にある壇上に並び始めた。

 開催の気配を察して、客席のざわつきが静まっていく。

「今日は絶好のレース日和。天気は快晴。芝の状態もいいし温度も湿度も竜にとって最高。ここで勝った竜が今年の最強の竜と言っても過言ではないわ。盛り上がるわよ……!」

「わかったわかった。聖歌が終わったらちゃんと話を聞く」

 ニックはそう言いながらも、聖歌隊の方に夢中であった。目当ての吟遊詩人アイドルがこうした行事に参加しているのは、ライブを見物するのとはまた違った感慨がある。ニックの視界の外で、ティアーナたちがやれやれと肩をすくめている。

 それぞれの目的は違えども、皆、今日という日を存分に楽しもうとしている。

 高らかに響き渡る聖歌が、その日の始まりを告げた。



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