魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~/甘岸久弥

           【魔物討伐部隊遠征食会議】



「ダリヤ、そのカマスもいいけど、こっちのアジの干物もおいしいよ」

「ありがとうございます……」


 ヴォルフが笑顔で新しい皿を勧めてくれる。そこでは、焼きたての干物が一切れ、ほくりと湯気を上げていた。

 ここは王城魔物討伐部隊の第三会議室。

 テーブル上には二十台の遠征用コンロ、そして料理や食材が並んでいる。

 数十人の隊員達がテーブルを囲み、いろいろな料理を食べているが、けして食堂ではない。

 本日、ダリヤは『今後の遠征食について』の会議に参加するために王城にやってきた。遅刻はしていないのだが、会議室に入ったときはすでに実食になっていた。


「アジの干物もいいね。俺としてはもう一段、塩味が濃くてもいいかな」


 ダリヤはヴォルフの言葉を聞きながら、はふりとアジの干物を噛む。ふっくらとした身はまだ熱く、濃いうまみを伝えてきた。塩味もちょうどいい気がするが、これは騎士と魔導具師の運動量の違いかもしれない。


「これ、さっぱりしてておいしいです! 酢も合いますね」

「うーん……このマリネも悪くはないんだが、焼きたてで甘ダレには負けるな」

「その組み合わせは至高だ。しかし、次手を探すことも必要だろう」

「確かにそうか。大きいから、いろいろと味付けがあった方がいいな」


 隣のテーブルでは、マリネとなった一品について議論が交わされている。

 その食材は森大蛇フォレストラスネイク――別名『緑の王』とも呼ばれる巨大な蛇だ。

 街道や森で遭ったならば潔く荷と馬をあきらめよ。それでも、生き残れるかどうかは神へ祈れ――そう言われているほどに恐れられる魔物である。

 だが、魔物討伐部隊のおかげで高級食材として定着し、王都でも人気が出ているという。

 ダリヤも食べたことがあるが、よく脂の乗ったその味は、前世のうなぎを思い出させた。

 確かに甘ダレが似合うわけだとひそかに納得している。


「このミックススパイスは、パンとチーズの上にかけてもいいですね」

「目玉焼きにも、ベーコンを炒めるのにも合うな」


 反対隣のテーブルでは、遠征用コンロで実際に調理しつつ食べている隊員達がいる。

 ダリヤが差し入れたミックススパイスが気に入られているようで、うれしくなった。

 かけすぎで塩分過多にならぬかとちょっと気になるが、魔物討伐部隊の遠征では活動量も多いのだ。それでちょうどいいのかもしれない。


「ミックススパイスを舐めつつ、酒というのもいけるかもしれない……」

「あの、それは身体に悪そうなのでやめてください」


 ぼそりと言ったヴォルフを、ダリヤは慌てて止める。

 通の飲み方のように聞こえるが、それこそ血圧が上がりそうだ。


「ロセッティ、こちらもどうだ?」

「ありがとうございます」


 アジの干物を食べ終えたところに、隊長のグラートから鶏肉の串を勧められた。塩コショウで味付けされたそれは、大きめの焼き鳥――遠征に持っていけるのだろうか。


「串に刺した鶏肉をよく焼いて、薄葉に包んでから凍らせます。これを遠征に持っていければと。近場だけになりますし、そう量は持っていけませんが、士気は上がります」


 隊員の一人が説明してくれた。

 部屋の隅、じゅうじゅうと焼かれている鶏串は、確かにおいしそうだ。


「食事は大事だからな。前の遠征食でも食べて動けはするが、うまいものがあれば、よりやる気が出るだろう」

「はい! そう思います」


 自分が答える前に、力一杯ヴォルフに言われてしまった。周囲の隊員達もこくこくとうなずいている。


「大体、今さら前の食事に戻すと言われたら、隊員が減るかもしれん」

「そんなことは――」


 笑顔のグラートに答えかけ、先を続けられなくなる。

 周囲の隊員達は、誰一人否定しなかった。

 やはり遠征食――黒パンと干し肉、そしてドライフルーツのみが続く日々は辛かったのかもしれない。


「うちの隊員達は本当に食い意地が張って――いや、とても素直だな」


 笑顔を苦笑に切り換えた魔物討伐部隊長に、ダリヤもつられて笑ってしまった。


「新銘柄のワインを持ってきました!」


 ワゴンを引いた隊員が入ってくると、周囲が沸いた。

 遠征中は革袋でワインを飲むと聞いているのだが、王城のせいか、それとも銘柄の確認のためか、透明なグラスがテーブルに並べられた。そこに注がれる赤と白は、窓からの陽光にきらきらと輝き、まるで祝いの席のようだ。

 ダリヤにも、赤ワインの揺れるグラスが渡された。


「では、ここで遠征用コンロの開発者であるロセッティ会長から乾杯の一言を」

「えっ!? 私ですか?」


 視線が一斉に自分に向き、頭が真っ白になる。

 せめて先に一言ほしかった、何も考えていない。

 しかし、確かに自分は遠征用コンロの開発者だ。少しでも気の利いたことを――そう思いかけ、食べ終えた鶏串を見てやめた。ここで取り繕いたくはない。

 遠征向けの魔導具がまったくない頃でも、魔物討伐はあったのだ。

 きっと、遠征用コンロも、この料理も、他の魔導具も、何一つなくても、隊員達は戦いへ向かう。

 ダリヤにできるのは、作れるかぎりの魔導具で応援し、ただ祈るだけ。

 誰一人欠けることなく、誰一人傷つくことなく、少しでも安全に、少しでも快適に。

 そして、皆が無事でありますように――


「遠征から皆さん元気に戻って、また乾杯しましょう! 乾杯!」

「乾杯!」

「元気に帰ってくる、乾杯!」

「うまい魔物を狩ってくる、乾杯!」


 乾杯の声が大波のように上がった後――笑い声がさざ波のように広がっていった。

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