治癒魔法の間違った使い方 ~戦場を駆ける回復要員~/くろかた

             【変わらない日常】



 魔王軍との戦いが終わり、リングル王国に平和が訪れた。

 今は人間と魔族の間に生まれてしまった大きな溝を埋めるべく、お互いの種族が歩み寄ろうとしている。

 まだまだ慌ただしい日々は続いているが、それでも平和のために状況が動いていることはとてもいいことだと思う。


「が、はぁ……!?」

 だからといって、救命団に安寧あんねいが訪れるわけではない。

 疲労のあまり地面に崩れ落ちた僕を、ローズが足で小突く。

「お前、怠けすぎだろ」

「も、元の世界では勉学に励んでいるので……!!」

 元の世界とこの世界の両立は、そこそこ難しい。

 僕も高校生なので勉強はしなくちゃいけないし、なにより救命団レベルの訓練を現実世界でやったら、間違いなく警察を呼ばれる。

「はぁ……。無理に訓練に参加しなくていいんだぞ?」

「え……?」

「なんだ、そのツラは」

「団長、なにか悪いもんでも食べましたか? らしくないですよ?」

 返ってきたのは言葉ではなく、強烈なげんこつであった。

 脳天を揺るがされて地面をのたうち回る僕に、ローズはもう一度ため息をつく。

「お前の世界でやるべきことがあんなら、そっちに集中した方がいいだろ」

「いたた……。しゅ、集中してますよ。僕がここにいるのは、息抜きと、単純にストレス解消のためです」

 ぶっちゃけ、身体を動かしていないと勉学に集中できない。

 一日中机にかじりついて勉強するのと、訓練をしてから勉強するのとでは効率がまるで違うのだ。

「そんな調子でやっていけんのか?」

「あっちの世界とこの世界、どっちも取りますよ」

 なにせ自分でそう選んだんだからね。

 僕の言葉に、ローズは苦笑する。

「傲慢なこった。ま、そういう部分も含めてお前らしいな」

「なんていったって、僕は貴女の弟子ですからね」

「相変わらず口も減らねぇ」

 小さく笑みをこぼしたローズが、僕に背を向ける。

「休憩だ。午後もみっちりいくから覚悟しておけ」

 そう言って、ローズは訓練場から出ていった。


 少し腹ごしらえをしようと思い立ち上がろうとすると、ローズと入れ違いになるように訓練場に誰かがやってきた。

「ウーサートくーん!」

「スズネ、声がでかい」

 犬上先輩とアマコだ。

 アマコはともかく、先輩もこっちの世界に来ていたのか。

「先輩、大学はどうしたんですか?」

「フフフ、この日は一つしか授業をいれていないから、実質休みなのさ!」

 大学生ってそれでいいのか。

 高校を卒業して県内の大学へと進学し、実家の事情もあって一人暮らしをしている彼女は、割と結構な頻度でこちらの世界に来ている。

 まさか、僕の家だけではなく彼女の住む場所にも異世界への入口を作るなんてなぁ。

「たとえ通う学校が変わっても、こっちの世界に来てしまえば君に会いに行けるからね。電車代も節約できて、まさに一石二鳥さ……!!」

「電車移動より異世界転移の方がお手頃扱いされるのやばいっすね」

 確かに、電車移動と比べて楽ではあるけれど。

 内心で先輩に同意していると、近くの芝生に腰かけたアマコが持っていた包みを僕に見せる。

「ウサト、スズネと一緒にお昼作ってきたから食べよう」

「え、ありがとう」

 三人で並んで木陰の地面に腰を下ろし、作ってきてくれたサンドイッチを食べる。

「ウサト君、今日が何の日か分かるかな?」

「え? えぇと……アマコ、なにかあったっけ?」

「私も分かんない」

 本当に思い当たらない。

「私たちがこの世界に召喚されてから、一年が過ぎたのさ」

「……?」

 僕達がこっちの世界にやってきてからは一年なんてとっくに過ぎているので、先輩の言っている一年の意味が理解できない。

「ここでいう一年っていうのは、元の世界換算ってことだよ。この世界で一年暮らし、元の世界に帰った時点で一年が経ったのが今日ってわけだ」

「すっげぇややこしいですね」

「頭がこんがらがるよ……」

 それ、もう記念日にする必要なくないですか?

「ということで、記念パーティーを計画した。開催は今夜だ」

「突然ですね!?」

「カズキ君も午後にこっちに来るし、私達の関係者も全員呼んだよ!」

「え、全員?」

 全員って、魔王領とかヒノモトの獣人の人達も?

 そう尋ねると、先輩はにっこりと笑って頷いた。

「急な話すぎるでしょ!?」

「スズネ、私も聞いてないんだけど……」

「この日のために、ウサト君とアマコには秘密にするよう、私が裏で手を回しておいたのさ」

 しかも無駄に手が込んでるし。

 驚く僕とアマコに、先輩はサムズアップをする。

「さあ、今夜は楽しもうじゃないか!」

「はぁ。はは……本当に相変わらずですね。先輩は」

「もう、しょうがないなぁ」

 自信満々な先輩に、僕とアマコは顔を見合わせ笑う。

 やっぱり、この世界は楽しい。

 いや、この世界そのものではなく、この世界にいる人たちに会いたくて、僕はここに足を運んでしまうのかもしれないな。

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