二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む/木塚ネロ
【八つの宝箱】
勇者と言われて全てを尽くして、俺は世界を救った。
心から愛していた相手を救えず、それでも血反吐を吐いてたどり着いた先にあったのは。
いつかきっと、と願っていた明るい未来と対極にある場所だった。
そこで待っていたのは、大きく口を開けた底なしに昏い穴。
そして、呆然と穴の前で立ち尽くす俺を突き落としたのは、共に苦難を乗り越えてきたはずの仲間たちだった。
王女、魔術師、商人、聖女、暗殺者、拳闘士、戦士、踊り子。
世界を救えと俺を操り、用が済んだらお前は邪魔だと裏切って、死の淵に追いやって殺した奴ら。
「あぁ、許さない。お前らの全てを許さない」
落とされた穴の中、喜びも悲しみも、何もかもがその暗闇に棲む化け物に咀嚼されて消えていった。
「死ね、死ね、死ね、死ね。悲鳴と苦痛の中で贖い続けろっ……!!」
ただひとつ、化け物が喰らい尽くせずに残ったそれだけが、今の俺を形作っている。
……復讐だけが、俺という人間の輪郭を作り上げている。
そして泥の中を這いずり回ってようやく、その八つの宝箱を手に入れたんだ。
薄暗い洞窟の奥深く。
一度目の命が掻き消えたこの場所で。俺が殺されたこの場所で。
捕らえた八人を十字架に磔にした。
「んぐぅっ!」「ぐぅが!」「むぐぐぅ!!」
その手足を錆びついた鉄の杭で打ち抜き、荒縄の猿轡を噛ませた奴らの呻き声が木霊する。
あとは、丁寧に、丁寧に。
その八つの箱を開けていくだけ。
まずはこの醜い声を素敵な色に飾り付けよう。
このまま猿轡を噛ませたままじゃ、心地いい悲鳴も聞こえない。
「くくくっ、さぁ! 祭りを始めようっ! まずは始まりの祝砲を上げようか!」
「「「「がぐううぅぅぅぅっ……!!」」」」
俺が放った火球が八人の顔を覆う。
猿轡に燃え移った火が口内を焼き、息をするだけで激痛が走るようになる。
「い゛だぁい゛ぃぃっ!!」「な゛ん゛でえ゛ぇぇ…っ!」
「アハハハハハハハハハッ!! いい声で鳴くようになったじゃねぇかっ! 随分愉快な祭り囃子だ!」
濁音でしか言葉を発せなくなった口から上がる呻き声が、俺の背筋に快感を走らせる。
「祭り囃子が聞こえたんなら、今度はそれに合う踊りを捧げないとなぁ……!!」
俺は両手に剣を持ち、心を落ち着けるようにヒュンッと風を切って構える。
興奮しすぎてミスしたら困るという理性と、こんな状況で感情を抑えることの方が嘘だと叫ぶ本能がせめぎ合う。
向けた剣先の震えが止まるのを待ち、俺は大きく嗤う。
「くくくっ、生憎とお綺麗な踊りは踊れやしないが、剣だけはずっと振るい続けてきたからなぁ。それでも足りない拙い部分は、お前らの……」
「「「「グギャァアアアァアアァァアァァァアアア!!」」」」
「悲鳴で補ってもらうさ」
俺はそれから、その八つの宝箱に何度も何度も剣を突き立てた。
何度も何度も何度も。呻きと悲鳴が途切れても。
その宝箱の中から、命という宝が空っぽになるまで。ずっと。
☆
「………様、……人様、もう朝ですよ、ご主人様」
「んんっ……、んぅ?」
窓の隙間から刺す日の光と、軽く体を揺すられる感覚に目が覚める。
「おはようございます。ご主人様」
「あぁ、おはよう。……ミナリス、今日は良い夢を見られたよ」
穏やかな目覚めの中で、夢の残滓を反芻する。
「それは良かったですね、ご主人様。今朝食をお持ちしますね」
仲間ではなく、共犯者となった少女はそう穏やかに微笑笑む。
そう、俺が見たのはただの夢。
けれど、いつか必ずたどり着く、絶対の夢。
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