用務員さんは勇者じゃありませんので/棚花尋平
【砂漠のティーパーティー】
ヤオヨロズから戻り、ニルーファルとの再会も果たした蔵人は、サウラン砂漠の東にあるウバールの岩穴で暮らしていた。
「……それは、ちょっと難しいかなぁーて思うんです。こう、根本的に価値観? 時代? が違うというか。女性自身が女性を信じてないというか……」
ぺたりと寝転んだアズロナの背に、アカリがぐったりとへばりついてた。
この砂漠で『月の女神の付き
「ほぼ無法地帯だからな。信じられるのは血族のみ。それ以外はすべて敵。強いやつが偉い。だから大抵男が偉い。男も、そして女も、骨の髄までそれを知っている。刻み込まれている」
「奴隷とか誘拐婚とかはなんとかなりますけど。それ以外のことがまったくわからなくて。だから日常生活から溶け込もうとするんですが、敵意から何から……」
「集落はやめておけ。男の俺だって雪白がいなきゃ行かない」
「オーフィアさんは行っちゃうんですよー」
「見習う相手を間違っている。あれは教科書に、いや、マンガの登場人物みたいなもんだ。例外だ」
「むう、でもですね……」
こんな同道巡りを、何周もしている。
「わかってはいるんですよ……」
そしてさらに数周して、不意にぷつんと静かになった。
ベッドになっているアズロナが、心配そうにアカリの顔を
アカリは眉間に
蔵人は、しぃと指を立て、アカリに毛布を掛ける。
「……静かに、上へ運んでくれ」
ぎぅ? と首を傾げながらも、アズロナはその言葉に従った。
***
鼻先が妙に冷たくて、アカリは重い目蓋を開いていく。
ぼんやりと薄暗く、目がしぱしぱしているせいもあってひどく見づらい。そのまま手探ると、触り慣れた感触を覚え、ぐにぐにと
――ぎうぅぎぅん
くすぐったそうに鳴くアズロナの声にようやく、愚痴りながら眠ってしまったと気づいた。
「あれ? でもなんで? というかここどこ?」
蔵人がかけてくれたであろうふかふかな毛布をたぐり寄せ、きょろきょろと周囲を窺う。
星々が、瞬いていた。
頭上だけじゃなく――右も左も。なんだったら下も。目の前のすべてが、星空だった。
「んん? ゆめ?」
まだ
「――夢ではありませんよ」
なんだか聞き覚えのあるような……、アカリは小首を傾げながら、声のしたほうを振り返り――。
「――うひゃぁあっ」
アズロナの首に抱きついてしまった。
「ちょっと不意を突かれたぐらいでなんですか。まったく、隙だらけですよ」
さっきまで愚痴っていたから間が悪かった、などとは言えず、アカリは口をぱくぱくさせる。
なぜここに、上司であるオーフィアが、ヨーロッパ風の妙に凝った石造りのテーブルセットに座り、紅茶を楽しんでいるのか。しかも、焼きたての小さなパンやクッキー、色とりどりのジャムまで揃っている。
「へっ? あれ? なぜここに? どうして? なんでお茶会? というよりここは?」
だが、よくよく見ればわかること。大地に星空なんてあるわけがない。
目の前にあるのは、荒涼たる岩場。
その、岩と岩の隙間、あるいは岩の表面にうっすらと、星のように瞬く花々が広がっていた。
「――アカリが家出しそうだから、気晴らしに何かないかって頼まれてな」
そこに、アカリの慌てる様子を隠れて見ていた蔵人が姿を見せた。
「い、い、家出なんてしませんよっ」
二人ともなんで気配を殺して脅かすんですか、とアカリは拗ねたように唇を尖(ルビ:とが)らせる。
「まあ座って紅茶でも飲むといい。――ここはな、岩穴の直上だ。
ハヤトに従い、去っていった。
「で、渡りに船ってわけじゃないが、サファが年中蜜を吸いたいって
それならと、そこにサファがせっせと種を
そうして今、我が世の春と言わんばかりに、サファは花畑をうひょうひょと飛び回っていた。
「一季ごとに咲かして、毎年咲かす。となるとほとんど苦行だな。わかってんのかね」
アカリは勧められるまま紅茶を飲み、サファ特製のジャムをたっぷりつけたパンにかぶりつく。
「……美味しい」
星空と繋がったかのような花畑が、綺麗だった。
「……五十年ほどはかかるでしょう。ゆっくり、頑張ってください」
花のことか、それとも活動のことか。
オーフィアが
アカリはなんだか泣きそうになって、慌てて誤魔化した。
「五十年って……お婆ちゃんになっちゃいますよ」
「あら? 私もお婆ちゃんですよ?」
オーフィア様は別格だからなぁ、とは言わずに、アカリはまた花畑を見つめた。
五十年。サファと競争。お婆ちゃん。
そう考えると、なんとなく肩の荷が軽くなったような気がするアカリであった。
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