用務員さんは勇者じゃありませんので/棚花尋平

           【砂漠のティーパーティー】


 ヤオヨロズから戻り、ニルーファルとの再会も果たした蔵人は、サウラン砂漠の東にあるウバールの岩穴で暮らしていた。

「……それは、ちょっと難しいかなぁーて思うんです。こう、根本的に価値観? 時代? が違うというか。女性自身が女性を信じてないというか……」

 ぺたりと寝転んだアズロナの背に、アカリがぐったりとへばりついてた。

 この砂漠で『月の女神の付きマルゥナ・ニュゥム』として活動しているアカリは、よくこうして遊びに来るのだが、最近は来るたびに表情が暗く、今日などは三十日連続で終電帰りの会社員のような顔をしている。

「ほぼ無法地帯だからな。信じられるのは血族のみ。それ以外はすべて敵。強いやつが偉い。だから大抵男が偉い。男も、そして女も、骨の髄までそれを知っている。刻み込まれている」

「奴隷とか誘拐婚とかはなんとかなりますけど。それ以外のことがまったくわからなくて。だから日常生活から溶け込もうとするんですが、敵意から何から……」

「集落はやめておけ。男の俺だって雪白がいなきゃ行かない」

「オーフィアさんは行っちゃうんですよー」

「見習う相手を間違っている。あれは教科書に、いや、マンガの登場人物みたいなもんだ。例外だ」

「むう、でもですね……」

 こんな同道巡りを、何周もしている。

「わかってはいるんですよ……」

 そしてさらに数周して、不意にぷつんと静かになった。

 ベッドになっているアズロナが、心配そうにアカリの顔をのぞき込む。

 アカリは眉間にしわを寄せ、眠っていた。睡魔に負けたらしい。

 蔵人は、しぃと指を立て、アカリに毛布を掛ける。

「……静かに、上へ運んでくれ」

 ぎぅ? と首を傾げながらも、アズロナはその言葉に従った。


   ***


 鼻先が妙に冷たくて、アカリは重い目蓋を開いていく。

 ぼんやりと薄暗く、目がしぱしぱしているせいもあってひどく見づらい。そのまま手探ると、触り慣れた感触を覚え、ぐにぐにとむ。

 ――ぎうぅぎぅん

 くすぐったそうに鳴くアズロナの声にようやく、愚痴りながら眠ってしまったと気づいた。

「あれ? でもなんで? というかここどこ?」

 蔵人がかけてくれたであろうふかふかな毛布をたぐり寄せ、きょろきょろと周囲を窺う。

 星々が、瞬いていた。

 頭上だけじゃなく――右も左も。なんだったら下も。目の前のすべてが、星空だった。

「んん? ゆめ?」

 まだ寝惚ねぼけているらしい。まあ、綺麗だからいっか、とアカリは現実逃避しようとして――。

「――夢ではありませんよ」

 なんだか聞き覚えのあるような……、アカリは小首を傾げながら、声のしたほうを振り返り――。

「――うひゃぁあっ」

 アズロナの首に抱きついてしまった。

「ちょっと不意を突かれたぐらいでなんですか。まったく、隙だらけですよ」

 さっきまで愚痴っていたから間が悪かった、などとは言えず、アカリは口をぱくぱくさせる。

 なぜここに、上司であるオーフィアが、ヨーロッパ風の妙に凝った石造りのテーブルセットに座り、紅茶を楽しんでいるのか。しかも、焼きたての小さなパンやクッキー、色とりどりのジャムまで揃っている。

「へっ? あれ? なぜここに? どうして? なんでお茶会? というよりここは?」

 だが、よくよく見ればわかること。大地に星空なんてあるわけがない。

 目の前にあるのは、荒涼たる岩場。

 その、岩と岩の隙間、あるいは岩の表面にうっすらと、星のように瞬く花々が広がっていた。

「――アカリが家出しそうだから、気晴らしに何かないかって頼まれてな」

 そこに、アカリの慌てる様子を隠れて見ていた蔵人が姿を見せた。

「い、い、家出なんてしませんよっ」

 二人ともなんで気配を殺して脅かすんですか、とアカリは拗ねたように唇を尖(ルビ:とが)らせる。

「まあ座って紅茶でも飲むといい。――ここはな、岩穴の直上だ。黒竜こくりゅうの縄張りに近くて誰も手をつけてなかったが、知ってのとおり連中はもういない」

 ハヤトに従い、去っていった。

「で、渡りに船ってわけじゃないが、サファが年中蜜を吸いたいって五月蠅うるさくてな」

 それならと、そこにサファがせっせと種をき、へろへろになりながら害虫を追い払ったという。

 そうして今、我が世の春と言わんばかりに、サファは花畑をうひょうひょと飛び回っていた。

「一季ごとに咲かして、毎年咲かす。となるとほとんど苦行だな。わかってんのかね」

 アカリは勧められるまま紅茶を飲み、サファ特製のジャムをたっぷりつけたパンにかぶりつく。

「……美味しい」

 星空と繋がったかのような花畑が、綺麗だった。

「……五十年ほどはかかるでしょう。ゆっくり、頑張ってください」

 花のことか、それとも活動のことか。

 オーフィアがいたわるようにそんなことを言う。

 アカリはなんだか泣きそうになって、慌てて誤魔化した。

「五十年って……お婆ちゃんになっちゃいますよ」

「あら? 私もお婆ちゃんですよ?」

 オーフィア様は別格だからなぁ、とは言わずに、アカリはまた花畑を見つめた。

 五十年。サファと競争。お婆ちゃん。

 そう考えると、なんとなく肩の荷が軽くなったような気がするアカリであった。






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