ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた/桂かすが

             【八周年記念大謝恩会】



 毎年この時期になると関係者が集められ、謝恩会が開催される。それもすでに八回を数えるまでになった。

 最初は町の個人経営の小さいレストランを借りてのこじんまりとしたパーティーだった。それが何年か前からは、帝国タワーの横に立つ、数百年の歴史を誇る帝国プリンセスホテルの大広間を借り切って行われるようになった。豪華絢爛ごうかけんらんなホールには楽団の奏でる音楽が優雅に流れ、礼装に身を包んだ紳士淑女たちが三々五々到着し、それぞれが歓談をしながら謝恩会の開始を待っている。

 部屋の中央にはドラゴンの丸焼きが鎮座し、シェフに切り分けられるのを待っている。会場のそこここに世界各国の名物料理や銘酒が並べられ、食い意地の張った者などは期待に胸を膨らませ、料理を口にできる時をいまかいまかと待っている。

 各国の王族に、名だたる組織の長。著名な絵師や、きらびやかな衣装に身を包んだ舞台俳優や歌い手。そして数多あまたの戦いで名を成した英雄たち。彼らの到着が仰々しく告げられるたびに、会場では大きなざわめきが沸き起こった。

「これほどの人物が一堂に会すとは」

「このような豪華な式典、古今東西を通してありませんぞ」

「主催があの御方ですからな」

「列席者を一目でも見ようと、外は大変な騒ぎですぞ」

「帝国、いや世界を救った英雄のお姿を見られる機会など滅多にありませんからな」

「まさか魔王が人族を滅ぼさんと牙をいていたとは……」

「あの御方が居なければ世界はどうなっていたことか」

 顔も知らない招待客が、俺のことを口々に話している。元々は俺が異世界に来て一周年を記念したパーティーを行ったのが発端だった。それが年を経るごとにあれよあれよと大規模になっていき、いまでは帝国でも最大のホテルの大広間を借りての大式典となってしまっている。ここももう人が入り切らないので、来年からは闘技場か、野外広場を改修して会場にしようかという案が今から出ている始末。

 どうしてこうなった? 魔王を倒したら平和で平穏な生活に戻れるんじゃなかったのか?

「さ、マサル。そろそろ始まるわよ。スピーチの準備はいい?」

 スピーチ!? 俺があの大量のお偉いさんを前にスピーチするの!?

 だが俺の思いをよそに、アンとエリーが俺を壇上に引きずっていく。ちょっと待って!? スピーチとか何にも用意してないよ!

 俺が壇上に上がると、会場がしんと静まり返る。俺に注目する人、人、人。知った顔も多い。会ったことがあるという程度の人物から、戦場で肩を並べて戦った戦友。支援してくれた貴族やギルドの長たち。俺を育ててくれた両親に、高校の時の同級生たちもわざわざ集まってくれて……

 ん? 両親? 同級生? なんで異世界に……って夢だわ、これ。

 俺は魔王を倒してないし、こんな式典もない。そもそも八周年ってなんだ。まだこっちに来て一年くらいだぞ。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、目の前に置いてあったグラスを高く掲げて一言。

「乾杯!」

 それだけで会場は割れんばかりの歓声に包まれ、耳をつんざくような声が耳元で……


「マサル、マサル!」

「エリー?」


 目を開くと着飾ったエリーが俺の体を揺すりながら呼びかけていた。

「ほら、いい加減起きて。戦勝記念パーティーが始まるわよ」

 そうだった。そこで簡単な挨拶を頼まれてたんだった。それに関しては夢と違ってちゃんとしゃべる内容も考えてある。俺はやるときはやる男なのだ。

「夢を見てたんだよ」

「へえー、どんな?」

「ちょうどこんな風なパーティーをやる夢で、懐かしい顔がいっぱいだった」

「ふうん、それは良かったわね?」

 エリーがよくわからないながらも相槌を打ってくれる。久しぶりに思い出した両親や、数少ない友達の顔。彼らは今頃どうしてるだろうか? もう二度と会うこともないと思うと少し悲しくなったが、失った以上のものをこちらで俺は手に入れた。

「準備はいい?」

「おう。ばっちり……」

 ない。スピーチを書いた紙がどこにもない!?

「待って、ちょっと待って」

「ダメよ。もうずいぶんと待たせてるんだから。アン」

 俺はアンとエリーに両脇を固められてずるずると引きずられていく。

 嘘だろ。さっきのは正夢か!? タ、タスケテ……

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