アラフォー賢者の異世界生活日記/寿安清
【おっさん、祭りに参加する】
祭り――古今東西国は違えど、その土地独特の風習や伝統を持つ祭事が多く存在する。
たとえ、それが異世界であっても変わりはない。
早朝から近隣の
「賑やかですねぇ。つか、この人達はいったい……」
道端には露店が立ち並び、客を迎えるための準備を始めている。
中にはすでに営業している店もあった。
「祭りか? いや、そんな話は聞いていないんだが……」
急ピッチで進められる祭り(?)の準備。
旧市街がいきなり好景気になったかのようだ。
「教会にもルーセリスさん達はいなかったし、もしかしてこの祭りに参加しているのだろうか?」
まるで世界が変わったような状況に困惑したが、とりあえず状況確認をするべく事情に詳しいと思しきルーセリス達を捜す。
捜し人の姿は意外に簡単に見つけられた。
「ルーセリスさん」
「あっ、ゼロスさん。おはようございます」
「おはようございます。朝から賑やかですが、何かの祭りですか?」
「はい、旧市街伝統のお祭りが今日開かれるんですよ」
「いきなりですね」
「この街に長く住む人達は知っていますが、新しく移住した人達からすれば驚くかもしれませんね。なんでもソリステア魔法王国建国前から続いている祭りらしいですよ」
「へぇ~……」
旧市街はソリステア魔法王国建国以前から存在しており、古くから住む人達は今日が祭りの日であるということを昔から知っているため、以前から準備をしていたらしい。
ただし、新しく住み着いた人達から見れば、ゼロス同様に突然のことで驚いたことだろう。
「まぁ、なんにしてもめでたい日ってことですかねぇ」
「そうですね」
「それで、旧市街ではどんな祭りを行っているんです?」
「喧嘩祭りですよ」
「…………」
なにか物騒な言葉を聞いた気がした。
「……えっ?」
「ですから喧嘩祭りです。男性は問答無用で全員参加が決まっていて、女性は参加したい人だけ加わるという形式ですね」
「いやいや、どういった経緯でそんな祭りが……。それ以前に男性は強制参加ですか!? つか、僕が参加したらやばいでしょ!」
「ですが、これもご近所さんとの交流の一環ですし、一応ですがルールもありますよ」
「ルール?」
「武器の使用は一切禁止、急所狙いの悪質な行為は強制退去。人が死なない楽しい喧嘩しましょうというルールです」
「それ、不良グループの喧嘩ルールじゃないですか。暗黙の了解ってやつ……」
「女性が男性に喧嘩を挑むときのみ、ハンデとしてフライパンの使用が認められています」
「フライパンでも当たり所が悪ければ死にますって!」
物騒とかいうレベルではなかった。
フライパンは金属であり、製作者によって使用されている金属の割合は異なる。
中には手斧並みに重いフライパンも存在していた。
使用者が女性であっても重傷者が出る可能性は十分にある。
「一応ですが、街を巡回している衛兵さん達も警備として参加しています。悪質な行為を防ぐためですね」
「悪質って……」
「基本は一対一の勝負で、横やりとか不意打ちは禁じ手になりますから強制退去案件ですね。もちろん暗器の使用も認められません。正々堂々と喧嘩することに意味があるんです」
「武術を
「そのときは互いの合意を得たうえで一対多数戦が認められますよ?」
「ガバガバルール? というか僕の場合、存在自体が反則なんですけどねぇ!?」
そう、おっさんは戦闘においても常人を遥かに超えている。
そして、その事実は身近な人達以外だと誰も知らないので、当然だがご近所に住む男達はある理由からゼロスをロックオンしていた。
『野郎……俺達の天使と馴れ馴れしく話なんかしやがって!』
『……潰す。ぜってぇ潰す!』
『ルーセリスは俺のもんだ。おっさんはお呼びじゃねぇんだよ!』
『事故に見せかけて消してやるぅうぅぅぅぅぅぅぅっ!!』
ルーセリスを狙う男達の激しい嫉妬の視線。
中には憎悪や一方的な思い込み、あるいは激しい殺意を抱く者もいた。
彼らは気づいていない。このおっさんに戦いを挑むことがどれほど無謀であるかということを……。
そして男達の悲劇は幕を上げるのだが、その前にこの喧嘩祭りの様子を少しばかり伝えておきたいと思う。
「私の旦那に色目使ってんじゃないわよぉ、この泥棒猫!」
「女としての魅力は私が上よぉ、アンタは大人しく寝取られるのを見てな!」
「毎日毎日ネチネチいびってきやがって、この腐れ姑! 今日があんたの命日よ」
「アンタみたいな役立たずな嫁、ウチにはいらないんだよ。さっさと離婚しな!」
「いっつもほかの女の尻を追っかけて、今日こそ引導を渡してやるわよ。このロクデナシ亭主!」
「違うんだぁ、あれはただの遊び……げぶらぁ!」
「結婚しようと言いながら遊びだったですってぇ!? 死んじまえ、クズ野郎!」
一部の喧嘩はドロドロしていた。
家庭内の鬱憤や男女関係のもつれにより、壮絶な痴話喧嘩を行っている。
特にフライパンを持った女性陣は集団で浮気男へ
情け容赦ない女性側に対して男性側はというと――。
「へへへ……前回より腕を上げたじゃねぇか」
「お前もな。まだまだ楽しませてくれんだろ?」
「この喧嘩の戦績はどうだったかのぅ?」
「昔のことだから忘れたのぉ~、もう戦績などどうでもよいではないか。喧嘩は楽しめばよいのじゃよ」
「俺に挑んでくる奴はいねぇのか!」
「へっ、なら俺が挑んでやるぜ。連勝を止めてやらぁ」
――スポーツ感覚だった。
しっかりとルールが守られており、ドロドロとした確執が全くなく、実に爽やかに見ていられる。祭りの光と闇が明確に分かれていた。
『……これが祭り? 向こうは血祭りって言わね?』
特に女性被害者による加害者への集団制裁が怖い。
まぁ、男性被害者達も恋人を奪った男へ制裁を加えているが、一応ルールだけは守られている。
逆にそれが問題でもあるのだが……。
ひと思いにトドメを刺してやるか仲裁するのが情けなのだろうが、むやみに他人の事情に介入しても良い事はないので、ゼロスは見なかったことにする。
「おっさん、喧嘩しようぜぇ~」
「男なら喧嘩に参加するべきだろぉ~」
「なに、初めてなら俺達が懇切丁寧にレクチャーしてやんぜ」
「逃げられるとは思うなよぉ? 今日は無礼講だからなぁ!」
「君達と喧嘩する理由は僕にはないんですが?」
「「「「アンタにはなくとも俺達にはあるんだよぉ!」」」」
なぜか男達から明確な敵意を向けられているが、理由が分からず困惑するおっさん。
彼らから
「ハァ~……めんどくさい。受けてもいいですが最初に言っておきます。僕はかぁ~なぁ~り強いよ。それでも挑んでくるのかい?」
「「「「上等だぁ、コラァ!!」」」」
「後悔しないかい?」
「「「「逆に後悔させてやらぁ!!」」」」
『なんでこんなに敵意を向けられてんの? 心当たりが全くないんだが……』
ルーセリスに想いを寄せている男達は、全員でゼロスに勝負を挑むことを宣言し、おっさんは面倒事を早めに終わらせようという
かくして一対多数の許可が下りることとなる。
ここまでは男達の思惑通りだったのだが……。
「そ~ら、もういっちょいくよ」
「ぎゃぁあああああああぁぁぁっ!」
「バ、化け物だぁ!」
「助けてくれぇ~~~~~~っ!」
「に、逃げなければ……」
……結論から言えば相手が悪すぎた。
男達の攻撃はミリ単位の距離で全て
問題は、ルーセリスがルールのいくつかをゼロスに伝え忘れたことと、なによりも不幸なのはおっさんが凄く
「え~と、まだ準備運動にすらなっていないんですがねぇ。もっと積極的に攻めてきてくれません? まさかとは思いますが、この程度の実力で僕に挑んできたと?」
「「「「ひぃいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!!」」」」
「おねんねするには早いでしょ。時間はまだありますので、戦うということがどういうことなのか、きっちり体に教えてあげますよ。レッスン料はいりませんよ?」
「「「「お、俺達が悪かったぁ~~~~~~~っ!!」」」」
ルーセリスがおっさんに伝え忘れていた大事なルールは二つある。
一つは、『喧嘩を終わらせる権利は挑まれた側にある』ということ。
もう一つは、『喧嘩から逃げ出した者は観客によって強制的に戻される』ということだ。
『おや、女性問題でボコられていた人、まだ殴られてんだけど……。いつまで続けるんだろ?』
ゼロス同様、女性問題で制裁を受けていた男もまたルールを知らず、地獄が続いていた。
まあ、男とゼロスでは置かれている状況がまるで違うのだが。
ここでゼロスが喧嘩の終わらせ方について気づいていれば、勝負を挑んだ男達は不幸にならなかったのかもしれない。だが現実は非情で残酷であった。
観客によって逃げ道を塞がれ、強者によって一方的に弄ばれ、彼らは衛兵が止めに入るまで終わりなき悪夢を見ることになる。
その結果、完膚なきまで心が砕かれるのだった――。
この日、おっさんは満場一致で今後の喧嘩祭りへの参加を見送られることになった。
ルール内とはいえ残虐ファイトが酷いという理由で……。
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