無職転生 ~異世界行ったら本気だす~/理不尽な孫の手

    【オルステッドコーポレーション創立八周年記念パーティ】



 その『会』は事務所の地下にて行われていた。

 地下の一室はろうそくのほのかな明かりで照らされている。ろうそくが立っているのは、大きなケーキだ。

 そのケーキの眼前に座るのは、この世で一番怖い顔をした男。オルステッド。もっとも、その顔は仮面によって隠されており、表情は伺いしれない。

 その彼を見守るのは、我が社の幹部だ。

 アスラ王国方面支社長アリエル。人形販売宣伝部長ザノバ。呪い対策部門長クリフ、ルード傭兵団団長のリニアと副団長のプルセナ。顧問アイシャは今日はメイド服姿で、ケーキを載せていたカートの前に立っている。

 薄暗い室内はささやかながら飾り立てがされており、さながらお誕生日パーティの如き様相であったが、全員が緊張の面持ちだった。

 この儀式は何なのか。一体何をやらされるのか。自分たちは一体なにをしてしまったのか。不安と恐怖がごちゃまぜになった表情で、チラチラと俺とオルステッドの方を見ている。

 アリエルやザノバですら、冷や汗を隠せていない。

 おかしいな。オルステッドの仮面が機能していないのだろうか。。

「……」

 オルステッドも「今すぐ殺す」という声が聞こえてきそうな困惑顔で俺を見ている気がする。

 やはりここは、呪いが通じない俺が司会進行をしなくてはならんか。

「アリエル様。あなたは以前、オルステッド様に忠誠を示すチャンスが欲しい、と仰っておられましたね」

 その途端、アリエルがビクリと実を震わせ、全員の視線が彼女へと集まった。

 この女、一体なにをやらかしやがったんだ。そう言わんばかりの視線が一点集中。

 上昇志向の強いリニアなどは「アリエルがドジを踏んだ。昇格チャンス!」みたいなほくそ笑み方をしている。これが漫画なら、アリエルの断罪が終わった後にリニアの断罪が始まるところだ。「ところでリニア、こないだお前、オルステッド様のおやつを盗み食いしたよな?」ってな感じで。

「た、確かに言いましたが、これは……」

「では、どうぞ」

「は、はい」

 アリエルはおずおずとオルステッドの前へと進み出た。

 肩は小刻みに震え、両手はお腹のあたりでぎゅっと握られている。

 しかし、なぜか表情はというと、あまり不安そうには見えなかった。むしろ少し楽しげというか、恍惚こうこつとしているようにも見える。ちょっと怖いが、これがアスラ王国の国王として、海千山千の貴族たちをバッタバッタとなぎ倒してきた者の表情なのかもしれない。

「オルステッド様。ご機嫌麗しゅう。我ら一同は、この場において、再度あなたへの忠誠を誓わせていただきます。どうかヒトガミを倒すその瞬間まで、ご健勝であらんことを」

 そう言って、アリエルはスッと頭を下げた。

 大国の王が軽々しく頭を下げるなど、あってはならないことなのだろうが、アリエルは誰のおかげでそれになれたのか、忘れるつもりはないということなのだろう。

「……ああ」

 オルステッドはアリエルの言葉にうなずいた後、こちらを見た。

 これは一体なんだ、という顔が、仮面の下に隠れている気がする。

「ルーデウス、これは一体なんだ?」

 ほらビンゴだ。

 とはいえ、俺もこの懇親会を堅苦しいものにするつもりはない。


「オルステッドコーポレーション八周年記念パーティです」


 なんだそれは、という空気を感じるが……、

「とにかく、お祝いです。我らはこうして集い、一つの目的に向かって協力しあっていますので! 今日、改めてヒトガミ打倒に向けて頑張っていくという意志を確かめ合い、団結をより確固たるものにしていきましょう! という会を、アリエル様から提案されましたので、こうして場を用意させていただきました」

 俺がそう言うと、周囲の空気が和らいだ気がした。

 なんだ、そんな事かと言わんばかりだ。

「ではオルステッド様、ケーキのロウソクを吹き消してください」

「……ああ」

 オルステッドがケーキの方を向くと、ノータイムでロウソクの火が消えた。

 吹き消したんだろうか? 俺は見逃しちゃったが。まぁいいだろう。

「はい、拍手!」

 全員が微妙な顔をしつつ拍手をした。

「オルステッド様は恐ろしいですが、師匠がこうしてワケのわからぬ事をやってくれるおかげで、不思議とそれが薄らぎますな」

 ザノバが最後に余計なことを言ったが、まぁ良しとしよう。


 その後、パーティはつつがなく終了し、俺たちは親睦を深めあった。

 会の空気感としては、なんとも微妙といえるものであったが、去り際にはアリエルにお礼を言われた。会はアリエルの提案だから、俺としてはアリエルが満足できたのであれば、御の字であったと言えるだろう。

 ちなみにその話をシルフィにしたところ、渋い顔で「そのお礼、多分意味が違うよ……」と言われ、アスラ王族の深淵しんえんを少しだけ覗いた気分になったが、それはまた別の話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る