第5話 戦艦長門、日本海を往く

 戦艦長門は、北長門海岸国定公園内を航行している。周囲には、かつて萩六島村と呼ばれていた島々が鎮座している。それはすなわち、大島おおしま相島あいしま櫃島ひつしま尾島おしま羽島はじま肥島ひしまの六つの島である。かつては全ての島に人が住んでいたが、現在は、尾島おしま羽島はじま肥島ひしまの三島は無人となっている。


 青く静かな水面を、長門の巨大な艦体が切り裂き、その航跡を刻んでいく。笠山を右舷に、羽島と肥島を左舷に臨み、大きなカーブを描いて進路を北に向ける。そして比較的人口の多い大島を掠めつつ、進路を北北西へと向けた。大島では、漁港で多くの人が長門へ向けて手を振っていたし、長門に接近した漁船には、スマホで写真を取ったり手を振ったりする乗組員もいた。

 大戦期に沈没した戦艦長門が現代の北長門海岸を航行している姿は、多くの萩市民の心をとらえていた。元々、萩市の予算不足を受け戦艦長門の運用は困難だと言われていた。しかし、多くの萩市民からの熱狂的な支持があったため、戦艦長門は萩市のシンボルとして、名目上は萩市の管轄下で運用されていたのだ。


 大島と肥島の間を抜け、西方にスイカ栽培で有名な相島を眺めつつ、戦艦長門は北北西45キロメートル先の見島へと向かっていた。


 約1200万年前の火山噴火によって作られた島。一部の岬では、今もその様子がわかる跡がある。日本海を北上する暖流である対馬海流に包まれているこの島は、山口県の中で最も平均気温が高いことでも知られる。この暖かい海には原色の熱帯系の魚や珊瑚なども見られるし、クロマグロの漁場としても知られている。毎年開催されている萩クロマグロトーナメントでは、俳優の松方弘樹が300キロ級の大物を釣り上げた事でも有名だ。


「やはり、お魚ですわ。日本海のクロマグロ。この機会に是非、味わいたいものですわ」

「確かに日本海のクロマグロは貴重ですし非常に美味でございます。しかしミサキ様。見島と言えば見島牛みしまうし。和牛の原型とも言われる貴重な品種です。西洋種の影響を受けていない純粋な和牛は見島牛と口之島牛だけだと言われています。この機会に、この見島牛を試されては如何でしょうか?」


 ここは戦艦長門の艦橋である。ララは席を立ち、大きな双眼鏡を抱えて周囲を見渡している。そしてミサキと長門は、見島の名物について話し込んでいた。


「なかなか訪れる機会がありませんから。でも、見島牛を食べる機会はあるのかしら?」

「はい。毎年少数ですが、食用として出荷されているようです。今回は私が次元跳躍通信を駆使し、幻の見島牛のフルコースを予約させていただきました」

「さすがは長門さんね。頼りになるわ」

「いえ、それほどでも」

「ところで、貴方もお食事なさるのかしら?」

「はい。この体をいただいてからは、毎日三食をきちんといただいております。美容の第一歩はバランスの良い食事からと申しますし」

「そうね。美容と美食は深い相関関係があるわ」

「そうですわね」

「うふふ」


 怪しく歓談しているミサキと長門だが、ララは双眼鏡を置き二人を睨む。


「姉さま。戦艦長門で向かう以上、奇襲する事は困難です。どういった作戦を取られるのでしょうか? 正面から正攻法で攻めるのですか? それとも、後方かく乱する方法を取りますか?」


 しかし、ミサキはララの言葉に笑いながら頷いていた。ララは様子がおかしいと感じたのだが、ミサキと長門はグラスを片手に、既にスパークリングワインを飲み始めていたのだ。


「姉さま。もう飲んでいるのですか? ああ、作品の設定上ではまだ高二ですよ?」

「大丈夫。ここには警察はいないから」

「警察とか関係ありません。それに長門さん? あなたまで一緒に飲んでどうするんですか?」

「私はAIだから酔っぱらったりしませんよ……ひっく」

「いや、もう酔ってますよ? マジですか?」

「大丈夫です。私はインターフェースですから、酔ったところで本艦の機能に支障はありません」

「って、お酒、いつ覚えたんですか?」

「今、ミサキ様に勧められて。初飲酒です。この、島根のスパークリングワインは美味しいですよ。ララさんも如何ですか? この、ほのかにピンク色の、乙女チックな色合いが素敵ではございませんか?」

「結構です」


 ララはうなだれながら返事をした。ここは自分一人でやるしかないと腹を括ったララは、既に交戦中の戦闘用アンドロイドより送られてきた情報を確認し、ため息をつきながら戦術プランを構築し始めた。

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