第3話

 いよいよ期末試験が始まった。試験前から抱えていた私の苛立ちはピークを迎えていて、裏返しで配られる試験問題だったりシンとした教室内の独特な緊張感だったり、期末試験にまつわるその全てがいちいち癇に障った。

 一方で、試験自体は難無くこなしていた。何せ試験に出るポイントは基本的に先生が授業で示しているのだから、そこさえちゃんと押さえておけば解けないはずがないのだ。無駄なことを覚える時間に腹が立つだけで、試験そのものは何の問題も無い。

「あのさ、化学の一番初めの問題って、久美ちゃんAにした?」

 帰り道、花田薫が聞いてきた。

「いや、そこはBにしたよ」

「そっかぁ。私もAとBどちらにしようか迷ったんだよね。けっきょくAにしたんだけど」

 この問題について、私はBが正解だと確信していた。それは授業で試験に出すと言われて教科書にマークをしていた部分からの出題だった。なぜAと迷うのか意味が分からない。先生の話を聞いていなかったのか? それとも復習を怠ったのか? まぁしかしそういう些細な認識の差があるからこんな試験でも結果にバラつきが出るのだろうなと思った。

「やだなぁ、まだまだ勉強の日々が続くよ」

 花田薫は空を見て言った。そうだね、まだ始まったばかりだからねと私の呟いた声はもしかすると蝉の鳴き声がうるさくて花田薫には聞こえなかったかもしれない。


 試験期間中は午前中に学校が終わる。その日、私はまっすぐ家に帰り昼食を食べた後、自転車に乗って隣街まで出掛けた。目的は本屋だった。私が住む街は各駅停車しか停まらないが、隣街には特急も停まる。駅前にはショッピングモールがあり、そこに大型の書店が入っていた。

 私は迷わずにプログラミングのコーナーに足を運ぶ。読み進めていたPythonの本がもうすぐ終わるので、次の本を購入しようと思い今日は来たのだ。今読んでいる本でPythonの基礎的なスキルは身に付いたと思う。この本で扱っているレベルのプログラムであれば、今や私は本を見なくても組めるようになっていた。なので次はもう少しレベルを上げた本にチャレンジしてみようと思っていた。Pythonの本は何種類もあり、しばらく迷った結果一冊の本を手にレジへ向かった。税込で三千三百円。中学生にとっては高価な本だ。しかし私はお父さんから本代として五千円をもらっていたので難無くこれを購入できた。よほど生活に困っていない限り、勉強をするために本を買ってほしいと中学生の娘に言われてそれを拒否をする親はあまりいないだろう。もちろん余ったお金はちゃんとお父さんに返すつもりだった。最近は本屋でも袋は有料になっていた。紙製の包みなら無料ですよと言われ、で、あればそれでお願いしますと答えた。

 紙製の袋に包まれた本を小脇に抱えて店を出る。少し昔の人になったような気持ちで自転車置き場の方へ歩いていると向かいから谷崎真緒達が歩いて来るのが見えた。今日もまた同じ三人組だった。相当仲が良いのだろう。制服姿でスマホを手に大きな声で何かを話しながら歩いていた。おそらく学校が早く終わったのを良いことに試験勉強もせずに遊んでいたのだろう。良いではないか。私は彼女達の日本の教育体制に流されないスタンスに拍手を贈りたいくらいだった。すれ違い様に彼女達も私に気付いた。私は知らない仲でもないので、こんにちはと立ち止まり頭を下げ彼女達に挨拶をした。挨拶は大切である。挨拶をちゃんとするだけで相手に好印象を与えることができると何かの本で読んだ。しかし彼女達は、はぁ? 何こいつと言って私を笑った。気持ち悪いとも言った。私はそんなことを言われるとは思っていなかったので少し驚いた。

「ねぇ、あんた何なの? 馬鹿にしてんの? それとも馬鹿なの?」

 そう言って原田陽子が威嚇するような態度で私に迫ってきた。だって挨拶は大事ですよと言うと、後ろの二人は私を馬鹿にするように顔を見合わせて頭の横で指を回すジェスチャーをした。多分これは頭がおかしいという意味のジェスチャーなのだと思う。私はただ挨拶をしただけだ。それなのに何故馬鹿にしているだとか頭がおかしいだとかの話になっているのだろう。意味が分からなかった。

「こっち来いよ」

 原田陽子はそう言って私の着ていたポロシャツの台襟を引っ張って路地裏の方に無理矢理引きこんで行った。痛かったし、強引なその態度にさすがに腹が立った。やりすぎーと、笑う声が後ろから聞こえた。これはおそらく足立美香の声だ。何メートルほどか分からないが力ずくで引っ張られ、乱暴に離された場所はビルとビルの間にある誰もいない小さな駐車場だった。突き飛ばされ、私は前に倒れそうになったが何とか踏ん張った。抱えていた本も落とさなかった。

「あんた、陰キャのくせに調子乗りすぎじゃない?」

 原田陽子は煙草に火をつけて私に言った。その後ろに立つ谷崎真緒もにやにやしながら煙草を吸っていた。煙草は身体に悪いとこの前教えたのに、と私は心の中で呟く。

「とりあえずお前脱げよ」

 谷崎真緒が私に言った。

「脱ぐ?」

 私は驚きで聞き返してしまった。何故彼女達が私に服を脱いでもらいたいのか。私は彼女達のことをイキがった不良中学生くらいに思っていたのだが、実は女なのに女の裸が見たいという少し複雑な性癖を抱えた三人組だったのだろうか。ちょっと考え辛いような気もしたが、彼女達が今私に脱ぐことを強要してくる理由なんてそれ以外には思い浮かばなかった。

 しかしもちろん私はこんなところで服を脱いで彼女達に裸を見せる気はなかった。そんな義理も趣味も無い。

「ごめんなさい。私はあなた達の想いには応えられない」

「はぁ? 想い? うるせぇよ。いいからさっさと脱げよ」

 足立美香が怒鳴る。その隣にいた原田陽子が私の足に蹴りを入れてきた。何てことのない中学二年生の女子の蹴りだったが、その反動で抱えていた本をアスファルトの上に落としてしまった。さっさと脱げよと言って原田陽子は今度は私の襟首を掴もうと手を伸ばしてきた。私は咄嗟にそれを避け、原田陽子の顎に思い切りカウンターの掌底を入れた。

 原田陽子の持っていた煙草が指から抜けて飛んでいく。掌底はいい場所に当たった。原田陽子は軽い脳震盪を起こしたようで、そのまま何も言わずにその場で崩れた。足立美香がえっ? と短い声を出す。私はしまったと思ったが覚悟を決め、身体を反転させ足立美香にも掌底を入れた。攻撃の瞬間、足立美香は恐怖からか身体を少しずらした。それで掌底は顎ではなく思い切り鼻に当たった。あっ、と鈍い声を出し足立美香は顔を両手で顔を押さえてうずくまった。あの当たり方、おそらく折れてはいないだろうが、鼻血はけっこう出るだろうなと思った。残る谷崎真緒を見ると、驚きで呆然と立ち尽くしていた。まぁ、無理もない。いきなり友達二人がやられて一人になってしまったのだ。

「あ、あんた、いったい何なのよ?」

 谷崎真緒が怯えた声で言う。

「何って、私は大木久美ですよ。去年同じクラスだったでしょう」

 谷崎真緒は私の言葉に対して何かを言おうとしたようだったが、それは声にはならなかった。驚きと恐怖で頭が上手く回っていないように見えた。私はこれ以上ここにいても仕方がないと思い、アスファルトの上に落ちた本を拾い上げた。袋の端が少し破れていたが、中身の本自体に傷は無さそうだった。この状況、谷崎真緒に対して何か言った方がいいのかと思い、煙草は本当に止めた方がいいよ、あと、できれば暴力も、と言った。しかし言ったそばから、暴力に関しては今しがた二人に掌底を食らわせた私が言っても説得力に欠けるなと思い少し後悔した。煙草の注意だけで止めておけばよかった。

「覚えてろ」

 私の背中に谷崎真緒が言った。恨まれる理由があるのか無いのかよく分からないが、恨みのこもった絞り出すような声だった。振り返ると谷崎真緒は物凄い目で私を睨んでいた。あ、そうだ、と私。花田薫をいじめるのももう止めてくださいねと言い残してその場を後にした。


 家に帰るともう夕方近かった。部屋の中はシンとしていて、真由美さんの靴が玄関に無いところを見ると今日はまだ仕事から帰ってきていないようだった。

 靴紐を解こうと手を伸ばした時、自分の手に生々しい彼女達の肉の感触が残っていることに気付いた。素手で誰かを殴るのはこれが初めてだった。しかし今冷静になって考えてみてもあれは立派な正当防衛だったと思う。私が暴力を振るう前に私も暴力を振るわれていたのだし、そもそも向こうは三人がかりだった。見ると、ポロシャツの首元が少し伸びていた。

 考えようによっては今回の件は苦労して身につけた護身術が初めて活きた瞬間だったのではないかとも思えた。それならばこれは嬉しいことのはずなのだが、不思議と「嬉しい」という感情は自分の中からまったく生まれてこなかった。

 私は彼女達を殴った右手を閉じたり開いたりして見つめた。そこには見えない汚れのようなものがべっとりと染み付いているような感じがあった。身につけた技能が上手く使えたのにそれを喜べないのであれば、私はいったい何のためにその技能を身につけたのだろうかと思った。しかししばらく考えて気付いた。それは今回の件がけっきょくは「暴力」であったからだと思う。どんな理由であれ暴力はやはり虚しい。絶対的に良くないことである。ただ、護身術がなければ私はおそらく怪我をしたり、さらに酷いことになっていただろう。だから嬉しくはないが、そこにはちゃんと意味はあったのだと私は思った。洗面所で入念に手を洗い、ついでにそのまま顔も洗った。前を見ると、鏡の中には目も口も鼻も輪郭がはっきりしないぼやけた顔の私がいた。



 期末試験の成績などそれなりの結果が出れば構わないと思っていたのだが、今回は想像していたよりも良い結果が出た。どの教科もだいたい予想していた点数から五~十点ずつくらい高かった。喜びよりも驚きの方が大きかったが、悪い気はしなかった。

 終業式の日に成績表が配られた。成績表には期末試験の順位が記載されており、私は学年全体で3位だった。配られた成績表に教室内がどよめいていた。それは喜びと悲しみが四対六くらいの対比のブレンドで、試験期間中とはまた違った独特の嫌な空気を醸し出していた。久美ちゃん、期末何位だった? 花田薫の声は珍しく沈んでいた。私は正直に3位だったと答えた。花田薫はえっ、3位? と叫び声にならない叫び声で叫んだ。すごい、久美ちゃんやっぱり頭の出来が違うね、と暗い声で言う。順位を聞かれて聞き返さないのもどうかと思い花田さんは何位だったのと聞いてみると、私は143位だったと花田薫は言った。うちの学年は全員で179人なので、かなり悪い方ではある。私は何と言っていいのか分からず、次また頑張ろうよとありきたりなことを言った。花田薫は笑顔でそうだねと頷いたが、それは明らかに無理をした笑いだった。今の成績では私と同じ高校に進学することなどまず無理だろうと思った。

 終業式が終わった後、一緒に帰ろうと花田薫に誘われたが、私は今日はちょっと図書室に寄って帰ると言って断った。花田薫はそっか、じゃあまた夏期講習で会おうねと言って先に帰っていった。まだ期末試験の順位のことを引きずっているのか、今日は最後まで元気がなかった。

 教室を出る時に入り口のところで原田陽子と鉢合わせた。私はぺこりと頭を下げたのだが、彼女は私など視界にも入っていないかのように無視をしてすれ違っていった。原田陽子は同じクラスなので、あの日以降も同じ教室内にはいたのだが、直接話すことは一度もなかった。あの日のことについて先生から何も言われないところをみると、おそらく三人は学校には何の報告もしていないのだろう。それは私としては都合が良かった。正当防衛だとしても無駄なやり取りは極力省きたい。原田陽子以外の二人はクラスが違うので、あれ以来顔も見ていない。それにしても原田陽子、何もあんなに露骨に無視をしなくてもいいのではないかと思う。もしかして、私があの日のことに対して何の謝罪もしてこないから怒っているのだろうか。しかし先に暴力を振るってきたのは向こうの方なのだ。私だけが謝るというのは少しおかしい気がする(向こうからの謝罪も今のところない)。とりあえず明日から夏休みに入るので、基本的には彼女達と顔を合わせることもなくなる。彼女達とのことはまた夏休み明けに考えればいいと思った。

 図書室は旧校舎の二階にある。そこまで行くには食堂を抜けて職員室横の階段を上るのが一番近かった。試験が終わった今、おそらく図書室はガラガラだろう。下手したら誰もいないかもしれない。そんなことを思いながら階段を上がると、意外なことに図書室の前に佐野明がいた。佐野明は私を見ると、あっという顔をした。

「こんなところで何してるの? 今日は部活じゃないの?」

「ん、まぁ、部活は十四時半から」

 スマホで時間を見るとまだ十三時過ぎだった。それはそうとして、今日の佐野明はどうもバツが悪そうだった。何だか妙にもじもじしている。そもそも何故こんなところにいるのか。

 そんなことを考えていると知らない女子生徒が一人階段を上がってきた。少し日に焼けた可愛らしい子だった。彼女は私を見て少し驚き、すぐに視線を佐野明に移した。それで私は悟った。この二人はおそらく良い仲で、あえて人があまり寄り付かないこの図書室前で落ち合う約束をしていたのだ。なるほどね。と、なると私は邪魔者だ。さっさと消えるべきである。そう思った私はでは、と言って足早に図書室の中に入っていった。

 図書室は思った通りガラガラだった。パッと見たところ私以外は図書委員の受付係りの男子生徒が一人眠そうな顔でカウンターに座っているだけだった。彼は頬杖をつき、机の上に置いたスマホをいじっていた。ただただ時間が過ぎるのを待っているだけという感じだった。図書室は別にお店なわけではないので、私が入ってきたところで受付係りは「いらっしゃいませ」などとは言わないし、そもそも声すら出さない。ただ、お互い気配だけは感じ取って、何となく目を合わせて逸らすだけだった。

 私は自習コーナーの机に座りこの前隣街で買ったPythonの本を開いた。期末試験の結果も出て、これでようやく落ち着いてまともな勉強ができると思うとほっとした。私はPythonの本を読み、重要な部分をノートに書き出したりしてその内容を順番に頭に入れる。飛ばしたり、途中から入ったりしたら難しい内容なのかもしれないが、基礎を一から順番に積み上げてきた上に足していくのであればちゃんと理解することができた。私は高校生になったら自分のパソコンが欲しいと思っていた。今は昼間に本で覚えた内容を夜に家のパソコンで実際に試して復習しているのだが、正直言ってあまり効率の良いやり方ではない。本当は本で学んだ内容を即座にパソコンで試せたら一番良いと思っていた。しかし家のパソコンはお父さんや真由美さんが使うこともあり私は持ち出せないし、どちらかが仕事に使うために職場に持って行ってしまうこともあった。自分のパソコンがあればそういったしがらみを一気に無くすことができる。

 しばらく勉強をしていると、自習コーナーに佐野明が来た。一人だった。あれ、彼女は? と聞くと、やっぱりそう思うよな、と言って彼は苦い顔をした。

「あの子はただの後輩だよ。テニ部の一年の子。彼女とかじゃない」

「へぇ。私、よく分からないんだけど、ただの後輩とでもあんなにこっそりと待ち合わせたりするものなの?」

 お前さぁ、と佐野明は少し笑った。意外といやらしい聞き方するんだね、と言われたが別にそんな気はなかった。私はただ不思議に思ったことを聞いただけだ。

「告白されたんだよ。あそこに呼び出されて」

「あぁ、なるほど」

 佐野明は背は高くないが顔は悪くない方だと思う。サッカー部というのも花形だし、彼に惹かれる後輩の一人や二人がいてもおかしくない気がした。

「良かったね。可愛い子だったじゃない」

「かなぁ。いや、まぁ断ったんだけどね。けっきょくのところ」

「そうなの。誰か他に好きな人がいるの? もしくはもう既に彼女がいるとか?」

「別にそういうわけでもないんだけど。何かさ、口で説明するのは難しいんだけど、ちょっと違うかなって思って。俺、あの子のことは知ってたけど喋ったことはあんまりなかったし」

「へぇ」

 それを聞いてちょっと意外だった。別に佐野明がどうこうというわけではないが、この歳頃の男の子だったら愛だとか恋だとかは二の次でとにかく身体、というか性的な方向に思考が向いてしまうものだと思っていた。恋人になるということはいわばその人の第一シード権を得るということで、早い話その人とセックスをできる可能性が一番高いということになる。だとしたら特別な事情も障害も無いのであればとりあえず告白を受けて恋人になってしまえばいいのではないかと思った。よほど顔が可愛くない子なら断るのかもしれないが、さっきの子はそれなりに可愛いかった。

「まぁ、だから勘違いするなよ。あの子とは何もないから」

「それをわざわざ言いに来たの?」

「そうだよ。勘違いされるのも何か嫌だから」

 確かに、他人に勘違いされるというのは良くないことだ。たとえ関係ない人にだとしても、自分という人間が間違った形で伝達されていくのは気持ちが悪い。

「とりあえず付き合っておけばよかったのに」

「はぁ?」

「いや、男の子だったらそう考えるんじゃないかなって思っただけ」

「じゃ大木は特別好きじゃない奴から告白されても付き合うのかよ?」

「私は断るよ。そんなに性欲強くないし。それにそもそも中学生から恋人なんて作ってもデメリットしかないと思うし」

「デメリットって、相変わらず難しいこと言うな。それに性欲って」

 佐野明はそう言って苦い顔をした。確かに性欲という言葉は少しストレート過ぎたかもしれない。

「まぁ、断ったなら断ったでいいんじゃない? 少なくともあの子よりも興味があるものが今のあなたにあるってことは事実なんだろうし、余分なものをわざわざ抱える必要はないわよね」

「余分なんて冷たい言い方する気はないけど、あの子より興味があるものがあるってのは確かにそうかも」

 佐野明は私の隣に座って身体をこちらに向けていた。時刻は十四時過ぎだった。そろそろ佐野明は部活のためグラウンドに向かうのだろう。

「夏休みだね」

「え?」

 別に特別な意味なんてなかった。ただ、みんながよく「もうすぐ夏休みだね」と言っていたから私も言ってみただけだった。ちょっと話の脈絡が無さ過ぎたか。佐野明はじゃあ俺そろそろ部活に行くわ、と言って席を立った。そういえば夏期講習は何を取ったの? と聞かれたので、数学と英語だけを取ったと答えた。数学は俺も取ってると佐野明は言った。私は何も言わずに頷いた。

 佐野明が部活に行った後も私はまだしばらく自習コーナーに残って勉強をした。帰り際、カウンターに受付係りの男子生徒の姿はなかった。まさか私が自習コーナーにいることを忘れて帰ってしまったのだろうか? しかしそれであれば部屋を消灯して入り口のドアもちゃんと施錠するはずだ。と、いうことはトイレにでも立っているだけなのだろうか。とは言え私は別に本を借りるでもないし、受付係りの男子生徒には何の用もない。誰もいない図書室を残して一人静かに下校した。



 夏休みの宿題は最初の一週間で終わらせた。そこで問われるほとんどの問題は夏休みまでに学んだ内容の復習で、期末試験に出た内容を理解していれば難無く解けた。相変わらず意味の無いことを、と思う気持ちはあったがとりあえずのノルマを達成できたことで心は軽くなる。私は終わらせた宿題達をまとめて紙袋に入れて部屋の隅に置いた。次にこの紙袋を開ける頃には夏が終わっているのだなと思うと、何だか未来の自分に向けてタイムカプセルを埋めるような気持ちになった。

 夏休みとは言え生活習慣は変えたくない。私は普段と変わらず朝は午前五時に起きてランニングをして、日中の普段は学校に通っている時間帯はPythonの勉強に充てた。お父さんも真由美さんも基本的には仕事に出ており、パソコンを自由に使えるのはありがたかった。ボクシングジムにも週三で通った。

 週に二回、市民プールに泳ぎに行った。私が住む街の市民プールは数年前に大規模改修を行い、およそ市民プールとは思えないほど綺麗で近代的な設備を備えていた。何故市民プールにそれほどの資金が投資されたのか、また誰がその計画を立案し、支持し実現に至ったのか、私は知らない。しかし綺麗なプールとは良いもので、近年私は夏休みになると毎年市民プールに通っていた。自転車で家から十五分と距離的にもちょうど良かった。

 更衣室に入ると小学校低学年くらいの子供達が走り回っていた。もちろんここは女子更衣室なので基本的にいるのは女の子だけだ。彼女達くらいの歳の頃、私はプールの更衣室で走り回るようなことはしなかったが、同級生の子達が走り回っていた記憶もない。最近の子供達は昔に比べて活発なのだろうか。いずれにせよ更衣室の床は濡れていて、走り回ると転んでしまうかもしないので危ない。私は走り回る女の子の一人を呼び止め、転ぶかもしれないから走るのは止めた方がいいよと注意する。女の子は驚きと恐怖のちょうど真ん中くらいの顔をして、ごめんなさいと私に謝った。うん、気をつけてねと私。その様子を見ていた彼女の友人達も走るのを止め、さっさと着替えて更衣室を出て行った。

 彼女達が去ると更衣室は一気に静かになった。私はTシャツを脱ぎ、そのままブラジャーも外す。ふと横を見ると手洗い場の鏡に上半身は裸で下半身はハーフパンツ姿の私が映っていた。我ながら間の抜けた格好だ。鏡に映る私の胸は二つの小さな砂丘のように見えた。これでも以前と比べると少し膨らんだのだが、まだまだ「小さい」の域は抜け出せてはいない。粒のような乳首も情けなく見えた。発育が早いのか、同級生でもすでにしっかりと膨らんで大人の女性の胸になっている人もいるのだが、私は私の胸がこれ以上大きくなるところを何故だか想像できなかった。私の胸はたとえ二十歳くらいになったとしても今の大きさのまま変わらないような気がした。

 胸が膨らみ出すのは基本的には初経の一年ほど前からと言われている。私の胸が膨らみ出してからすでに軽く一年半は経っていると思うのだが、未だに初経は来ない。それは考え方によってはもうすぐだとも言えるのだが、その「もうすぐ」の状態が半年も続くとさすがに嫌にもなってくる

 そもそも大人の女性になるという本来の意味において、私は別に初経、つまりは月経が来ることを特別望んでなどいない。生理痛は人によっては学校や会社に行けないほどの痛みがあるという。私は当たり前だが今のところまだ妊娠する予定も無いし、身体が大人になったところで何をするわけでもない。それならば今は例え初経が来たとしても、それはただ月一の痛みを引き受けるだけのことなのではないのか。

 とはいえ私の初経が現時点で一般平均に比べ遅れているのは事実だ。別にただ遅れているだけならば構わないのだが、何か身体に異常があって遅れているのであればそれは問題である。来てほしくはないが来ない不安もあるというジレンマ。私は溜息をつき下半身も裸になる。分かってはいたが、パンツの中に赤はなく白。今日も私はまだ大人ではなかった。

 市民プールには屋内プールと屋外プールの両方がある。屋内には流れるプールと子供用の浅瀬のプール、それと二十五メートルプールがあり、屋外には競技用の二十五メートルプールと何とウォータースライダーがある。私はいつも屋内の二十五メートルプールで泳ぐ。八レーンあり、そのうち二レーンは歩行者用、二レーンは泳ぎに自信の無い人用で、残り四レーンは自由遊泳用だった。だいたい平日は歩行者用のレーンが混んでいるだけであとのレーンは空いていた。

 プールサイドに置いてあるプラスチックのベンチに手荷物のタオルと水筒を置き、ゆっくりと準備体操を始める。ガラス窓の向こうの屋外プールで小学生の子供達が遊んでいるのが見えた。子供達はやはり太陽が当たるところで遊びたいのか、屋外プールは大人気だった。屋外の二十五メートルプールは基本的には競技用なのだが、大会がない時はコースロープを外して広々とした一つの大きなプールにしていた。太陽の光に水面がきらきら輝き、弾けたようにビーチボールが空に舞う。皆、実に楽しそうで、彼等はこのひと時を夏休みの絵日記にでも残したらいいと思った。

 ゆっくりとプールに入る。屋内の二十五メートルプールは温水なので冷たくはない。だから身体はすぐに水に馴染んだ。壁を蹴り泳ぎ出す。身体を真っ直ぐに伸ばし水の抵抗を少なくして進んでいくが、やがて前に進む力は消え、私は少しずつバタ脚を始める。水泳は日常生活であまり動かすこのとない筋肉を使うので、ランニングやボクシングとはまた違った運動効果がある。何より夏場は気持ちが良い。

 二十五メートルを五往復、それを五セットでだいたいいつも一キロ強は泳ぐ。全身くたくたに疲れるが、不思議とそれは心地の良い疲れでもあった。服を着替えて更衣室を出ると時刻は午後一時半だった。家に帰っても誰もいないので施設内にある食堂で昼食を食べて帰ろうと思った。食堂は施設の大規模改修に伴い綺麗になったものの、入っている業者は以前と同じようで、料理の味は私が子供の頃から変わらないままだった。食堂のカウンターの中は直で厨房になっていて、おばちゃんおじちゃんという呼び名が似合う、いかにもな二人がいる。この二人も私が子供の頃から変わらないままだった。厨房の中はパッと覗き込んだところ調理器具も設備もそのほとんどが銀色で、昔の黒ずんで汚かった頃を知っている分余計綺麗に見えた。何にしましょう? とおばちゃんがエプロンで手を拭きながら私に聞く。カレーライスをくださいと私は言った。おばちゃんは頷き、厨房の奥にいるおじちゃんに「カレーライス一丁」と単的に注文を伝えた。カレーライスは十分ほどで出てきた。それは昔から変わらない、ありきたりでどこにでもありそうな味だった。

 何故だか分からないが、昔お母さんはやたらとこのカレーライスを気に入っていた。幼い頃、たまに二人でプールに行くと泳いだ後はいつもこれを食べていた。不思議よね、この味を家で出そうと頑張っても何故か無理なのよ、とお母さんはよく言っていた。そうなんだ、とそれを聞いた私は素直にこのカレーライスをすごいとその時は思っていた。でも今改めて食べたらおそらくはレトルトのルーなのだろうと分かる。美味しいは美味しいが。


 プールからの帰り道、花田薫を見かけた。彼女は彼女とそっくりな女の人と自転車を押して歩いていた。あの人は、まず間違いなく花田薫の母親だろう。二人は本当にそっくりだった。自転車のカゴには買い物袋が詰め込まれていて、おそらく買い物帰りなのだろう。

 花田薫は楽しそうに笑っていた。終業式の日はあんなに沈み込んでいたのに。もう今は別人のようだった。当面の解決策が見えているのかどうかは分からないが、立ち直れたのであればそれはそれで良かった。暗い気持ちを溜め込むのは心身ともに良くない。私は自転車を漕ぐ足を止め、通り過ぎる花田薫達をしばらく見ていた。しかし、声をかけることは躊躇われた。今声をかけたら花田薫はおそらく、嬉しそうに自分の母親を私に紹介するだろう。そしておそらく彼女の母親も嬉しそうに、いつも娘と仲良くしてくれてありがとうございます、なんてことを言うのだ。

 楽しそうに笑う花田薫を見て、私は「悔しい」と思った。しかしこれはおかしなことで、私が花田薫に対してそんな感情を抱くこと自体理屈に合わない。私は日々正しいことをして正しい方向に人生を進めている。一方の花田薫は何もかも中途半端で、成績も悪く学校でも酷い扱いを受けている。母親がいるから、楽しそうだから、そんなことがなんだというのだ。そんなことは正しさとは何の関係もない。しかし、では今自分から湧き出る感情は何なのかと問われると、それは上手く説明ができなかった。

 けっきょく花田薫達は私に気付くことなく行ってしまった。私もまた帰り道に自転車を漕ぎ出す。二つだけの車輪が真夏のアスファルトの上を転がっていった。



 夏期講習が始まり、毎日少しずつではあるがまた学校に通う日々が始まった。

 夏期講習は国語、数学、英語、化学、社会の中から必ず一人二教科以上を受講しなければならなかった。その中から私が数学と英語に申し込んだのは完全な消去法だったのだが、本当のことを言うと数学と英語にしても受ける価値があるかと言われると微妙だと思っていた。夏期講習では中二の夏までに学んだことの復習をすると聞いていた。しかしそもそも復習はもうすでに夏休みの宿題で済んでいる。そこまで何度も復習をする意味があるのだろうか。もちろん中には十分な復習が必要な人もいるのだろうが、私はそれには当てはまらないと思う。だが、夏期講習は全員一律で二教科の受講が必須だ。このあたりにまた現代の教育システムに対する違和感を感じる。過剰な復習に時間を使うくらいなら私は新しいことを学びたい。

 数学の講習は朝一からだった。私はいつもと同じように七時半に教室に着きPythonの本を開いていた。花田薫もいつもと同じ時間に来た。久美ちゃん、おはようと私の隣の席に座る。夏期講習は数クラス混合で行うので席は自由だった。

「おはよう、数学の講習取ってたんだね」

「うん、私期末の成績悪かったから夏期講習は全教科取ったんだ」

「えっ、そうなんだ」

 少し驚いた。全教科となると夏休みの間中けっこうな頻度で学校に来なくてはならないはずだ。

 この前街で見かけたことは言わなかった。花田薫の顔を見てすぐにあの日のことを思い出したが、言わなかった。

 講習が始まる時間が近づいてきてだんだんと教室に生徒が集まり出す。別のクラスの人も多く、教室の中は普段と少し違った雰囲気になっていた。そういえば佐野明も数学の講習を取っていると言っていた。しかし教室を見回してみても佐野明の姿はない。けっきょく佐野明が現れないままに初日の講習が始まった。部活の試合と重なったり、もしかしたら単に体調不良なのかもしれないと思っていたのだが、その翌日の講習にも佐野明は現れなかった。

 さらにその翌日、講習三日目にしてやっと彼は現れた。そしてその姿に驚いた。佐野明は左足にぐるぐると硬そうな包帯を巻き、松葉杖をついて歩いていた。何かしらの大きな怪我をしたのだということは明らかだった。

 その日の講習が終わった後、一緒に帰ろうと言う花田薫の誘いを断り、私は佐野明に声をかけた。おおよそ予想はしていたが、佐野明は暗かった。終業式の日の花田薫よりもずっと暗かった。哀れだと思ってジュース奢ってくれる? と佐野明が言う。この前は私が奢ってもらったのでこれでおあいこだと思い、いいよと言って二人で食堂まで行った。

「これ、練習中の怪我。ジャンプして着地した時にチームメイトの足踏んで。靭帯損傷だって」

 私は頷いた。佐野明は今日はパックのブルガリアヨーグルトを選んだ。コーラよりずっと良い選択だと思った。一方の私は小さなペットボトルの緑茶を飲んでいた。食堂自体は営業しておらず、自動販売機だけが明かりを灯していた。私達以外には誰もいなかった。

「ちょっと踏んだだけだぜ? ゴール前の競り合いのヘディング練習でさ。そりゃ、めちゃくちゃ痛かったけど、本当ちょっと踏んだだけだったから最初は捻挫だと思ったんだよ。それが病院行ったら靭帯損傷って。そんな簡単になんの? って思ったよ、正直」

「全治、どれくらいかかるの?」

「三カ月って言われた」

「そっか」

「これで新チームのレギュラー入りも消えたよ」

 私はあぁ、と言ってペットボトルのお茶を飲む。三ヶ月というと中二でいられる期間の四分の一にあたる。それは確かに取り返しようの無い時間なのかもしれない。上級生が抜けて自分達の代が頭に立つ時期というのもタイミングが悪かった。落胆する気持ちも分からなくはない。

 しかし一方で、けっきょくは仲良しクラブの話なのではないのか? とも思った。全国制覇を狙うわけでもプロを目指すわけでもなく県のベスト4レベルで満足できる集団なのだから、何もそこまでストイックにその三ヶ月という時間を受け止めなくてもいいのではないかと思った。裏を返せば三ヶ月経ったらまたみんなとサッカーができるのだ。別にそれで良いではないかという気持ちもあった。

「マジで最悪だよ」

 佐野明はそう言って食堂の天井を仰いだ。その仕草は少しサッカー選手っぽく、明かりが消えていて食堂が薄暗い分絶望的な感じが出ていた。林間学校も厳しいね、と私は話を変えてみた。すると、林間は死んでも行く、と思っていたより強めの言葉が佐野明から返ってきて驚いた。

「そうなの? でもさすがに登山は無理よね」

「いや、大丈夫だろ。登山って言ってもそんな本格的なやつじゃないし。学校もさ、普段全然運動してないような奴でも登れるような山を選んでるだろうから。怪我してるとはいえ俺、そこそこ部活で鍛えてるからな。まぁ、キツそうなところは友達に助けてもらって登るよ」

「そんな無理してまで山に登る必要ある?」

「だって一人だけ行けないとか寂し過ぎるだろ」

 それはまぁ思い出という意味ではそうなのかもしれないが、無理をしてまた怪我をしてしまったら元も子もないのではないか。

 いや、違うのかもしれない。私が勘違いをしていたのかもしれない。

 つまり佐野明が本当に大事にしているのはサッカーをできる身体ではなく、今という時間の使い方なのではないか。別にサッカーでなくとも今この中二の夏の時間を何か有意義なことに使いたいという考え。それであればサッカーよりも間近に迫った林間学校の方を優先するという判断も分かる。

 しかしそんなことを考える私の前で、佐野明はちくしょー、サッカーがしたいと溜息混じりに言うのである。それで私はもう、佐野明の思考が理解できなくなった。早くサッカーをしたいのであれば林間学校を欠席すればいいではないか。無理に登山などせずゆっくり休養すれば少なくとも悪いことは起こらない。しかし林間学校には死んでも行くと言う。たとえまた怪我をするリスクを抱えたとしてもだ。これを矛盾と呼ばず何と呼べばいいのだ。私は半ば呆れた。

「別に登りたいなら登ればいいけど。まぁ、林間学校は一度切りの話だからね」

「だろ」

「仲良しクラブのサッカーは今後いつでもできるけど」

「仲良しクラブ?」

 佐野明の顔が曇った。それで私はしまったと思った。ついつい思っていたことをそのまま口に出してしまった。

「お前、俺の部活のことそんなふうに思ってたの?」

 佐野明はまっすぐな目で私を見て言う。その目に怒りがこもっていることは分かった。佐野明自身それを隠す気も無いのだろう。私は何も言えなかった。そんなふうに思ってたのか、と聞かれたら思っていた。答えはイエスだ。ただ、それを今ストレートな言葉で伝えるのは憚られた。違う言葉で私の思っていることを佐野明に理解させなければならないと思った。

「今からでも全国制覇狙えばいいじゃない」

 考えた末に出た一言がこれだった。しかし佐野明的にはあまり良い回答ではなかったようで、は? どういうこと? と顔をしかめた。

「どうせやるなら全国制覇目指した方がいいんじゃないかなって。ベスト4目標とか言わないで」

「何? 何で今そんな話になるの? いったい何が言いたいんだよ」

「つまり、今何かをするということは将来こうなりたいという理想の元に有ることだと思うの。その理想が中途半端で、たどり着いても何があるわけでもないものなら、そんなのやる意味ないじゃない? だったらいっそ理想を高く持てばいいのにということよ」

「全国制覇狙えるレベルの部活じゃないとやってる意味ないってこと?」

「成果的というか結果的にはそうだけど、今話してるのは志の問題で……」

「つまりは志の低い部活は仲良しクラブだって言いたいんだな」

 佐野明は私の言葉を遮って言った。彼が怒っているのは分かったのでフォローしたい気持ちはあったのだが、私の思っていたことはしっかりと佐野明に伝わっていることが分かって、これ以上何を言えばいいのか分からなかった。

 佐野明はもういいよ、と言って立ち上がった。まだ松葉杖に慣れていないようで、動きがぎこちなかった。こんな調子で本当に林間学校へ行くつもりなのだろうか。

「怒らせるつもりは無かったんだけど」

 そう言った私を佐野明は立ち上がったまま見下ろしていた。その目には憎しみを超え、逆に冷め切ったような感情が見えた。私はこの感じを覚えている。思い出してぞっとした。これは、遮断だ。

「頭良いのかもしれないけど、だからって周りを見下すようなことは言うなよ」

「私は誰のことも見下してるつもりはないよ」

 私が考えるのは正しいか正しくないかだけだ。他人を見下す気なんて少しもない。

「別に何でもいいけどさ」

 佐野明はそう言って鞄を肩にかけた。行かないでほしかった。でもその気持ちは声にはならない。ごめん。とりあえず謝った。何に対して、何故謝っているのか、自分でもよく分からなかった。佐野明はいいって、と言ってもう私の話を聞くのも嫌だという感じだった。

「お前、何か嫌いだわ」

 それだけ言って佐野明は食堂を出て行った。私は薄暗い食堂に一人残された。掌で包んでいたお茶はいつの間にかもう温くて、さっきまであんなに冷たくて気持ち良かったのに今は気持ち悪さすら感じる。遮断された。そう思った。「もう関係の無い人ですから」とあの日のお父さんの言葉を思い出す。

 何故こんなことになったのだろう。確かに「仲良しクラブ」という言葉は良くない選択だったかもしれない。ただ、私が話したこと自体は間違えてはいなかったと思う。多少癪に触るところはあったかもしれないが、それが現実で、受け入れなければならない事実なのだ。それなのに私は遮断された。正しいことを伝えただけなのに遮断された。

 納得がいかない気持ちはある。でもそれ以上に胸が痛かった。

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