ブラコン彼女の奪い方

芥雲 那由多

兄妹愛1

 黒髪のボブにパッチリとした目、筋の通った鼻に綺麗な輪郭。シュッとした体型かと思えば男の目を惹きつける大きな胸。それなのに運動も勉強も周りに一線を置くくらい完璧な妹——間宮まみや奈々なな。そんな漫画のヒロインのような妹がいま、俺——間宮まみや春人はるとのベッドの上でゴロゴロとバタ足の練習をしていた。


「ああああ、ひまひまひまぁぁ!」


 バタ足の練習ではなく暇でぐずっていたらしい。今日で夏休みが明けるはずなのだが、いまだに終わらない課題に手を動かしながら、横に置かれた手付かずの課題の山を見る。なぜ高校生の課題というのはこんなにも多いのだろうか。部屋の掛け時計は気がつけば夜の十一時を指していて、このままオールでやっていても一人で終わらせることはできないだろう。とはいえ、まだ一年生の段階で課題を提出しない問題児として先生たちに目を付けられるのも困るし、となればここは。


「奈々さんや、暇ならお兄ちゃんの課題を手伝っていただきたい」


 わがままなのは重々承知の上で、真後ろに置かれたベッドの上にいる奈々に、課題の山を指差しながら呟いてみた。時間も時間だし、課題手伝うくらいなら寝る〜と言われてもおかしくはないが。


「いいよ、任せて」


 思いの外すんなりとやる気になってくれた。このままだと確実に終わっていなかっただろうから助かる。

 俺より一つ下の中三とはいえ、一年分先の勉強の復習段階に入っている奈々の学力なら、俺の課題なんて余裕だろう。持つべきものは性格の曲がった友より出来のいい妹に違いない。


「あ、その前にさ、お兄ちゃん。スマホ貸してよ」

「別にいいけど、何すんだ?」

「ちょっとした縄張り争いかな」


 どういう意味か理解はできないが、ポケットからスマホを取り出して奈々に渡す。何かの拍子にご機嫌を損ねられても困るし、見られて困るようなものもない。それよりも夏休みの終わりというのはこんなにも憂鬱な気分になるものだったっけと考えながら、窓の外に浮かぶ夜空に目を向けてみる。

 思い返してみれば、漫画で見るような甘酸っぱい青春はなかったが、あいつとの時間が増えて幸せな夏休みだった。というよりも、あいつの課題をやっていたせいで俺が今こんな目に遭っていると言っても過言ではない。ん? なら、手伝ってくれてもいいんじゃないか? 弟の課題を手伝うからと断られたが、手伝うくらいなら自分の課題は自分でやって欲しい。

 そんな夏休みを振り返っていると、後ろから「あれ?」と間抜けた声が聞こえてきた。


「開かなくなってるんだけど、壊していいってこと?」

「普通に考えてダメだろ。0803だから絶対に壊すんじゃないぞ」

「勝手に変えないでよ、もう」


 この妹はたまにとんでもないアホなことをしでかすから、しっかりと言っておく。さもなければ俺が泣く羽目になるからだ。

 頭がいい人ってどうして抜けている箇所があるのだろうか。人と違う考えがあるから頭がいいってことなのか?

 そんな思考を回していると、奈々が液晶をタプタプと触りながら口を開いた。


「てかさ、なんでパスワード奈々の誕生日なの? おにぃちゃん奈々のこといつから好きだった?」

「奈々が生まれたときから兄妹としては好きだよ。変えたのは俺じゃないけどな」

「うわ、傷つくなぁ〜。奈々がおにぃちゃんのこと好きなの知ってるでしょ? オブラートに包んでよ、こんな風にさ」


 その言葉と同時に甘い匂いが鼻腔をくすぐってきた。後ろから細い腕が首に絡みついてきて、頭部に沈み込むような柔らかい感触が走る。


「そういうのは辞めてくれ」


 即座に体を前に倒して、妹の豊満な胸から脱出する。このまま何もせず極楽浄土を堪能するような変態にはなりたくない。それに、俺には大切な人がいる。実の妹の胸に負けてたまるか。

 

「可愛い妹からの熱烈なアプローチなのにいいんだ? こんなこともう一生ないかもよ?」

「俺に好きな人がいるの知ってるだろ? あいつを裏切るようなマネすると思うか?」

「ごめんだけど、結構思うよ。おにぃちゃんなら絶対する」


 さっきまでの笑みが嘘だったかのように、真剣な面持ちで奈々は言い切りやがった。そんなに俺って信用されてないのか。今まで信用されるような人間になろうと頑張ってきたはずなのに。


「信用されてると思ったでしょ?」

「まあ、今もさっきのが嘘でほんとはめちゃくちゃ信用されてると思ってる」

「そんなわけないじゃん。心当たりないの?」


 そう言われて考えてみる。信用されなくなるくらいのことだから、とんでもない嘘をついたとかだろうが、微塵も心当たりがない。


「はぁ……。自覚なしとかほんとタチ悪いね、おにぃちゃん」


 さすがは兄妹というべきか、よくわからない俺を察して奈々は呆れたような顔を浮かべて続けた。


「小さい頃は結婚しようとか言ってたくせに、今になっては好きな人がいるとか言って私を蔑ろにしてさ。浮気する男そのものだよね、この嘘つき」

「嘘つきって……」


 そう言われてみれば確かにそんな約束をした覚えがある。中学に入るまでは近所の人たちから羨ましがられるほど兄妹仲が良かったし、小学校低学年のときにテレビで見たプロポーズの真似事で結婚しようと口走った記憶もあった。


「まあ、天罰というか仕方ないというか、おにぃちゃんの恋は叶わないけどね」

「ウグ──ッ」


 こいつめ。わかっていることを言うでない。


「てことで私で我慢しときな?」

「それは絶対ない」


 兄妹とはいえ、奈々の容姿にスタイル、頭の良さや運動神経は贔屓なしに評価できる。

 兄妹でこんな好印象なんだし、他の男からすればもっと魅力的に映っているはずだ。俺よりも格上ハイスペックな男子からの告白だって今までにあっただろうし、これからもたくさんあるだろう。


「奈々はちゃんとした恋愛に興味はないのか?」

「なに? 奈々のおにぃちゃんの気持ちはちゃんとしてないって言いたいの?」

「まあ、兄妹だしな」


 奈々が兄妹という壁のある上で俺を好きでいてくれるのだとしたら、それはどう答えるのが正解なのか。それに、奈々が俺のことを好きな理由もよくわからない。本当の恋を知らずに、恋をしていると誤解しているだけの可能性もある。


「おにいちゃんのくず」


 そうこう考えているうちに、そう捨て台詞を残して奈々は部屋から出て行ってしまった。


「またか」


 この間も同じようなことで怒らせたばかりなのに、またやってしまった。

 電源のついたままベッドに放り投げられたスマホにはインパタが開かれており、タイミングよく『いいねをしました』と通知が流れてくる。写真を投稿した覚えはないが、昔の投稿にいいねでもきたのだろうか。

 確認のためにいいねのきた投稿に飛んでみると、俺の背中と奈々が指ハートをしてバッチリ決めた姿の写真が投稿されていた。いつの間に撮ったのかはわならないが、最近のJKの盗撮レベルは高すぎて怖い。女風呂を盗撮するおっさんよりも、技術が上なんじゃないか?


 ——ポコンッ。


 そんな何気ないことを考えていると、夏休み期間中誰よりも長く一緒にいたであろう人物からレインが送られてきた。内容は『鍵開けといて』とのこと。数時間近く座っていたカチカチの体を持ち上げて玄関へと向かう。こんなに勉強することがないからなのか、足が痺れて生まれたての小鹿よりもひどい歩き方をしている自信がある。一段ずつ階段を降りていって、上下にある鍵を開ける。と、すぐに扉が開いた。


「ただいま~」


 奈々に負けじ劣らず、俺からすれば奈々の上を行くくらい、目鼻立ちが整った美少女がそこにいた。背丈まで伸びた真っ白な髪に透き通る青い瞳、お風呂上がりなのか湿った髪の毛にキャミソール姿で立つ彼女の名前は村式むらしき涼葉すずは。俺の好きな人であり、今までしてきた告白を一度も承諾してくれない難しい女の子だ。


「これは、おかえりって言えばいいのか?」

「そうだね。私の家みたいなもんだし」

「となると、涼葉の家も俺の家ってことになるな」

「私たちみんなファミリーだよ」


 能天気な言葉に心配になるが、それよりもキャミソール姿で外に出る不用心さの方が心配だ。涼葉は履いてきたサンダルを脱ぐと、俺の横を通って二階へと上がって行く。


「奈々ちゃん怒ってる? またなんかしたの?」

「エスパーすぎないか?」


 慣れたように俺の部屋の扉を開けて中に入る涼葉。中学のころに隣に引っ越してきたばかりの時では考えられないほど、今はこの家を熟知している。まっすぐベッドに向かい、腰を掛けながらため息をついた。


「私が来たのに奈々ちゃんが降りてこないことないもん」

「まあ、涼葉のこと大好きだしなあいつ」

「でしょ? だから、そんな奈々ちゃんになんかした春くんを許すことはできないんだよ」

「なんもしてないよ。いつもと同じような理由」


 そう言って重たい腰をまた机の前に腰を下ろし、課題の手を進める。


「こんな時間に何しに来たんだ? 彼氏が恋しくなったとか?」

「付き合ってないし、そうゆう関係にはなりませーん」

「それじゃあなんだ、課題の終わらない俺をバカにしに来たのか?」

「まあそれでもいいんだけど、可哀想な春くんを見兼ねてお手伝いでもしようかなと」


 課題を進めながら冗談めかしに話していたつもりだが、思いのよらない言葉に自然と手が止まる。いつもの涼葉からは絶対に聞ける言葉ではない。


「なんかあったのか?」

「まあ、私の課題手伝ってくれたから遅れたって言われるのも心外だし?」


 手伝ってたとはいえ、自分のをやる時間は十分にあったしさすがに人のせいにするほどくさっていない。が、大丈夫と言ってる暇もないのも事実だ。


「明日の放課後、クッマおごるわ」

「やった」


 嬉しそうに言いながら、涼葉はベッドから机の向かい側に座りなおし山積みになった課題に手を付け始めた。

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