第9話 とにかくオレはその時、上田美穂とそれ以上深い関係になれなかった
とにかくオレはその時、上田美穂とそれ以上深い関係になれなかった。なにがいけないのか分からない。雨も降っていないし、オレの調子だって悪くない。仕事?その時は自転車屋で働いていた。自転車屋といってもチェーン店で、広い店内にて「いらっしゃませ。」とか声を出すのだ。そして高い自転車を売りつける。昔のようなママチャリじゃなくて、ちょっと乗りやすい奥様用自転車。
「いいわね。」と若奥様。
「お子様は?」と私。
「…」彼女は自分のお腹を見る。
「なるほど、そうしますと生まれてからのことを考えても、こちらの方がいいでしょう。」営業トークに精を出す。
「そっか、すぐ疲れちゃって。」と若奥様。
「ではこちらの、電動自転車などはいかがですか。」と私。
「どう違うの?」と興味があるのかないのか彼女。
「ええ、走りだしがスムーズで、坂道などでもパワーを発揮します。」と説明する私。
「いいわね。お値段は?」と若奥様。
「ええ、最低でも十万近くはしますが、バイクなど買うことを考えると。」と私。
「そうね、考えてみるわ。」と答える若奥様。
「ぜひ、よろしくお願いいたします。」と私。
「この、若奥様って?」と妻が聞く。
「いや、ただのお客さん。」と私は紙に書く。
「…」妻は何も言わない。それが私には余計気になる。
「キレイだったかも。」いらないことを私は書く。
「そう。」と妻は答える。
「うん。」と私は答える。
「わかってる。」と妻は笑う。
「そうかな。」その笑顔が怖いんだ、とジョークを飛ばす私。
「なにいってるの。」と妻。
「何も面白くない。」と私は書く。
「うん。」と妻は首を振る。
「ああ。」私は少しだけ、なぜか泣きたい気分に襲われる。
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