第6話 そんな時に出会ったのが、歩だ
そんな時に出会ったのが、歩だ。
「どうしたの?」と傘をさしたワンピースのキミが歩いてきた。
「いえ、雨宿り。」私は躊躇した。なんて答えていいのか。
「よければ。」彼女は傘を差し出した。
「え?」思わず私は聞き返す。
「どうぞ、駅まで。」彼女が微笑む。
「え、ええ。」私は傘の下、まるで野ネズミのようだ。
「不安定な天気ですね。」涼しい顔で彼女は言う。
「ありがとうございます。」私は言って、別れ際に手を差しだした。
「ふふ。」と笑ってその瞬間、キミはカメラを構えた。
今でも妻は写真を大事にしている。オレはそのことが何よりもうれしい。二人の出会いの記念が、あの瞬間が写真のフレームに収まっている。もちろんそこに妻は写ってはいない。三十いくつのオレが照れたような顔で、うつむき加減で手を差しだしている。そして雨。握手をすることなく妻は去っていった。もう二度と会うことはないと思い、オレは彼女の後姿。黒くて長くて一つに束ねた髪の毛を、記憶に、結びつけた。たとえ六月が最悪であったとしても、そんな奇蹟的なことも起こりえる。そうじゃないか?
焼き付けた記憶は、原爆みたいにオレの脳を吹き飛ばす。そもそもあの時青空だったら、すべては夏の陽炎のように消え去ったろう。調子がいい時には、自分自身が見えていないときが多いから。上田美穂のケツを追っていたときのオレもそうだった。天気がよくて、オレも調子に乗ってた。その時には気づかないことが、後で分かるってこともある。
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