第5話 妻は信じてくれるだろうか
十年前にオレが不幸だったと言っても、妻は信じてくれるだろうか。それは六月の雨のせいだけではない。たしかに果てしなく続くような梅雨だった。オレは誰とも連絡をとれずに、のたうちまわっていた。それは何も持病のせいだけではない。たしかにそのせいもあろう。だが、一方でオレは三十代の苦しみを味わっていた。それは体力の低下のせいだけではない。たしかに三十路といえばもう若くはないが、まだまだ若輩者とも言えるわけで。
つまりオレが苦しんでいたのは、女のせいだった。思うようにならない女にオレは振り回されていた。「好きこそものの上手なれ。」と昔の人は言ったものだが。オレはそれを信じて、上田美穂を好きになった。「一回くらいで、恋人きどり?」彼女の態度はいくつかのメッセージを含んでいる。そのうちの一つはオレをどん底に叩き落とす。「年齢を考えて。」ハハ、しかしそれがキミに関係あるのか、と問われるとオレも動揺してしまう。
年齢を重ねることの大事さ。いや年を重ねるほどに、恐怖は増すような気もする。そりゃ子どもの時分も恐ろしさはあった。それは確かに身に迫る恐怖だった。にもかかわらず、オレたちは無事に成人し、聖人君主きどりってわけ。そうなると、昔総じて感じていたような「女・子ども」の恐怖は消え去る。男は狩人となり、オレはハンターとなった。嬉しくもあり悲しくもある反面、その無様さの中でオレは狩りを何度も失敗する。そしてそのたびに、今度は失敗すること自体に恐怖を感じようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます