第4話 対象が必要だ


 何かを思い出して笑うにしても、対象が必要だ。十年前にはそんなことも分かっていなかった。ただ上田美穂と沖縄料理を食べて、いい気になって部屋に彼女を連れ込んだ。キスをすると、甘い香りがしたので「ん?」と言うと、彼女はアメを口の中から出した。それからそのアメを自分の舌の上にのせて、オレの舌と絡ませた。空気が微妙に振動してる気がした。それはアメ玉のせいだけじゃなくて、オレの肌や触感が、彼女のものと触れ合って化学反応を起こしているせいだ。


「ん、んん。」と上田美穂は色っぽい声を出した。感じているのだ。オレはますます興奮して、彼女のブラジャーの上から手を入れた。柔らかい肌は、男のものとは違う。当たり前のことだ。その違いが、オレたちを興奮させる。相手からしたら男の硬さが女を興奮させるのだろう。ただ男は女が興奮するのを見ると興奮するが、女は自分の肌で興奮しているような気もする。つまり女の肌が男の硬いものと触れ合うと、摩擦が生じてそれが快感を呼ぶ。そんなこと言うまでもないことだが。


 それも男のサガだから許してほしい。オレが少し理屈っぽいことだ。六月のあの日、キミの耳が聞こえなくて、思った以上に不幸だったとき。そのことに気づいた。男と女の違いに。不幸になるにも理屈が必要だと知った。しかし女は(子どもだって)不幸は身を挺して感じるもの。裏返せば、幸せも「感じる」ものであり、考えるものではないのかもしれない。


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