第3話 今度は彼女が無条件にメールを返してきた
上田美穂は東武東上線の成増駅の近くに住んでいた。しかしそのときは彼女のうちまで行くことはできず、ただ電話番号とメールを交換して別れた。「いい沖縄料理の店を知ってるから、今度行こう。」沖縄好きだと聞いてそうメールすると、今度は彼女が無条件にメールを返してきた。物事はずっと便利だけど複雑で、煩雑だけど簡単で、手におえないようだけど馬鹿馬鹿しい様相を呈していた。十年たつと時代も変わるのだろう。だが一つだけ言っておこう、オレは彼女と付き合うことになるのだ。
話しはここで十年後に戻る。
「どうしたの?」って妻が聞いてきたからだ。
「いや、どうもしないよ。」と私は習いたての手話で伝える。
「そ、なんか変。」と彼女も手話で言ってくる。
「きみは口で喋ってもいいんだよ、別に。」と私は紙に書く。
「ありがとう。」と妻は口で言って、それから軽く微笑んだ。私もつられるように微笑んだけど、何も笑う理由がないことに気が付いて、肩をすくめた。
「また肩すくめて。」と妻は私のクセを指摘した。
「ああ。」とだけ私は返事をする。たしかに笑うのに理由などいらないのだ。
笑顔でいるのはいいことだ。オレがそれを知ったのはごく最近のことで、しかも笑顔になるには対象が必要だと知ったのもつい数日前のことだ。それは妻が買い物をしていて、後ろから誰かに話しかけられたんだけど聞こえなかったので振り向けなかった。そしたらその相手が彼女の肩を叩いた。それで妻が振り向いたら「あなただったの。」という話を嬉しそうにする彼女を見て、オレはちょっと涙が出そうになったけど、我慢してたら妻にそれを指摘されて笑ってしまった。そんなことは一人のときは中々ない、そう知ったのも年齢を重ねてきたせいかもしれない。
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