第16話 奇病と絶望

奇妙な事に、アースガードのパイロット達は、この【ネオペスト】には感染しなかった。


検査の為に採取した血液の免疫テストでも、この病魔を撃退して陰性を示したのだ。

だが医師団は、その抗体が発見できず、血液を他者に輸血をしても効果は無かった。


「ジャックがタバコを辞めた時に『ドーピング』とか言ってなかったか?」

「確かに・・・」

「自分も歳の割りに、色々な新しい事ができたり、能力の向上があって、不思議に思っていたんだ」


自分達の免疫性を知った三人が、岬の言葉を皮切りに 各自の自覚症状を口にする。


「この前、定期検査の結果を覗いたんだが、後で調べたら血液検査やCTスキャンなど全ての数値が【正常値】なんだ」


マトモな人間なら、『全てが正常値』など有り得ない。


「それだけじゃなく、運動機能や反射神経の反応、耐性が、平均値の三倍から五倍以上の値だった」

「薄々は感じていたが、やはり異常値だったのか?」

「完全にドーピングされているな」


御互いの話を聞いて、三人は自分達の肉体が【正常を超えた異常】である事を自覚せざるをえなくなった。


原因は、間違いなく【アースガード】だ。

月に一度のミーティングに集まった三人は、アラスカの基地にて静まりかえってしまった。


「こんな時に何だが、自分を出撃のローテーションから外してもらえないだろうか?勿論、手に負えない時には呼び出してくれても構わないが」

「イワノフ、何か有ったのか?」


以前は、活躍できる事を喜んでいた男の豹変に、ジャックも岬も表情を深める。


イワノフは少し黙っていたが、目を閉じたまま、その言葉を口にした。


「・・・・・妻が発病した」


二人は驚きの為に、瞳と口を大きくあけたまま、言葉を失ってしまう。

当然、それは【ネオペスト】に他ならない。


「・・・・・む、娘さんが居ただろう?」

「娘は、検査の為に隔離施設に入っている。自分に感染しないのであれば、妻達の手を握っていてやりたいんだ」


ネオペストは不治の病で、発病後の最長生存記録は一ヶ月だ。


「最近は、宇宙怪獣も皆無だし、パトロール業務ばかりだ。良いんじゃないのか?ベヒモスは移動速度が遅いから、非常勤で強敵が来た時に後から来ても」

「何だよ、三分の二が賛成なら決まりだろう!アメリカは民主主義で多数決を重視するからな」


岬に先を越されてバツが悪いジャックが悪ぶって認可する。


つまりは、岬もジャックも了解したのだ。


「済まない」

「気にするな。アースガードが三機揃っても、ネオペストには勝てないんだ」

「アースガードでは病人に安らぎを与える事もできない。だが、イワノフが横に居れば心休まる病人が有るんだろう?その方が人類の為になると言うものだ」


イワノフはミーティングルームの机に頭を付けて微動だにしなくなった。

卓上が濡れているのが分かる。


「イワノフ。そうと決まれば、お前にしかできない仕事に行ってこい。これはチームリーダー命令だ!」

「ジャック?いつからお前がリーダーになったんだ?」

「イワノフが休みなら、俺の方が年上だろう?シンタロー」

「年功序列か?自由と平等の国は何処に行った?」

「・・・ああっ、ドーピングのせいか記憶が・・・・」







それから半月後、イワノフの妻は、この世を去った。

幸いにも娘には感染していなかったが、イワノフが月例のミーティングに出る事もなくなった。






宇宙怪獣の出現が半年ほど無かったある日、地球の天文学者が恐るべき発表をした。


「太陽が隠されていく」


その様が猫の光彩が閉まる様に似ているので、西洋では【キャッツアイ】と呼ばれた。

日本では神話にならって【天岩戸あまのいわとと名付けられた現象は、太陽表面を左右から【何か】が覆い隠し始めていると言う物だった。


「太陽の様な巨大な物を、覆い隠す事が可能なのか?」

「これが宇宙怪獣が太陽に向かっていた目的か?宇宙怪獣が太陽を覆っているのか?」

「やはり、外宇宙からの侵略では?」


幾つもの意見が出されたが、真相は分からない。


「核ミサイルで破壊できないか?」

「太陽を覆う程の質量を、どうにか出来ると思っているのか?地球を落としても、小さな穴が開く程度だぞ!」


真実も、対処方法も分からないままだ。


太陽の向う側に回り込んだ惑星が光っていない事から、地球から見えない裏側も、既に覆い隠されていると判断された。


「あと、どのくらいで太陽は隠されてしまうのだ?」

「速度が一定していませんが、五年前後かと・・・」

「五年かぁ。何か対策は打てるだろうか?」

「何を言っているんだ!太陽光が弱まるだけで、地球は寒冷化していくんだぞ。一、二年で氷の球の出来上がりだ」


地球考古学上では、地球は過去二回の完全凍結【アイスボール】を経験している。

原因も、正確な期間も不明だが、わずかな単細胞生物が生き残って、現在の地球生物に命を繋いだとされている。


既に多くの人命がネオペストで失われ、産業の全てが衰退し、別の太陽系に移り住む技術も無く、惑星間移動するロケットを建設する余力も無い。


太陽の変形は、日食観察用のフィルターでも十分に確認する事が出きる。

世界は絶望し、パニックと暴動、自殺者が地球上で増加していた。


それでも足掻こうとする三国のトップは、アースガードの面々を秘密裏に呼び出した。


アースガードが【宇宙人の落し物】である事を知る、一握りの面々だ。


「アースガードで、太陽の異変を何とか出来ないかね?」

「アースガードは【宇宙怪獣の侵攻のみに対応】と聞いています。無理だと思います」

「そこを何とか交渉できないのかね?命令するとか、騙すとかして」

「一度は聞いてみましたが、適応外だと言われました。相手は機械ですよ。融通が利くと思いますか?貴方は自分の車に【泳ぐ】事を命令出来るんですか?」


ジャックと大統領達の質疑応答に、黙っていたイワノフが口を開く。


「融通が利くなら、妻の命は助かったんだ。できるなら、とうにやってるさ」


その声には怒りが込もっていた。


「では、アースガードに、他の太陽系まで宇宙船を牽引してもらう事は?」

「最初に報告してありますが、アースガードは、宇宙怪獣の驚異が無くなれば回収されてしまう筈です。太陽のアレが、宇宙怪獣の仕業だとしても、無理では?」


参加者の一人が、言葉の端を掴んだ。


「ちょっと待てよ?アースガードは【宇宙怪獣の件】なら動くんだよな?なら、太陽の【キャッツアイ】は、宇宙怪獣の仕業ではないと言う事なのか?」


今度は、岬 慎太郎が答える。


「分かりません。アースガードは、パイロットの補助をするだけなので、パイロットが乗っていなかったり、死んだりしたら、移動しかしてくれません。そして、宇宙を長期間生物を乗せて航行する様には作られていないそうです。ですから、【キャッツアイ】が宇宙怪獣の仕業だとしても『出来ない』のではないでしょうか?」


会議場に沈黙が流れる。


「では、アースガードを落とした宇宙人との接触は無理か?彼等に直接助けてもらえないか?」


三人は、顔を見合わせて、全員が首を横に振った。


「それも、当時の報告書に書いたと思いますが、彼等は本来、地球人類との接触を禁じられているらしいのです」

「非常時じゃないか?話せば・・・」

「それは、地球側の勝手な都合でしょう?それが可能ならば、アースガードを通してコンタクトがある筈です。御役人は、口先だけで何とかなると御考えの様ですね?」


参加者の言葉をイワノフが遮った。

恐らくイワノフは、娘だけでも何とかならないかと、既にベヒモスに相談済みなのだろう。


昔の彼に戻った様で、役人を毛嫌いしている様だ。


残る二人も、敵意は無いにしろイワノフの言葉に同意した。


最後の望みの綱であるアースガードでも、人類を救う事は出来ない様だ。


参加者は溜め息をついて、席を立っていった。

皆が愛する人と、最後を共にする為に。

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