第8話 ヲタクと蟲達

アレと出会ってから、自分は国で英雄扱いされた。


国連の指示とかで、アレと一緒に隣国のアラスカに行ってからは、世界の英雄扱いになった。


自分の人生は大きく変わった。


アレも、大きくて強いだけのパワーシャベルだった物が、空を飛び、海を渡り、ビーム兵器を搭載した。

地球上では未開発の兵器まで使えるのは、あのジャポネヲタクの影響らしい。


まさに、伝説の魔獣ベヒモスの名に相応しい、強力な兵器となった。


その後、ロシアに帰ってから、報告書を書けと言われた時は、頭が真っ白になったのを覚えている。


まさか『パワーアップはヲタクアニメの影響です』とは書けない。


今までの仕事は指示書に従って、パワーシャベルを操作するだけだった自分には、『書類を書く』と言うのは無理な話だ。


長文は日記と手紙しか書いた事がないのだから。


とりあえず『他のパイロットからのアドバイスを受け、武器等の資料を共有した結果』と書いておこう。


補助脳君。協力を感謝する。

妻と娘の次に好きだよ!


自分に学力が無いのは、学校をイジメにあって中退したからだ。


だからか、最下層の仕事しかもらえなかった。

当然、ろくな文章は書いた事がない。



そうさ!全ては、生まれた日から始まった。


『当たり前』だって?まぁ、聞いてくれよ。


我が家は、イワノフって言うありふれた家名だ。


上に姉が二人居る。


そこに、初めて生まれた息子には、珍しい名前を付けてやろうって、オヤジが頑張った。


祝い酒をガブ飲みして、出生届けを書いたらしい。


自分の名前は、ビルビッチ・イワノフ。


聞いた事の無い名前。

綴りもメチャクチャ。

誰も書こうとしたがらない。


学校では名前でイジメられた。

名前が読めない、書きにくいで、書類審査は落ちまくる。


だから、自分の事は『イワノフ』と呼んでくれ。

幼なじみの妻には『ビル』と呼ばせている。


元々、自分は特にヒーローになりたかった訳じゃない。

妻達が入ったシェルターの入り口が、隕石の余波でふさがったからだ。


使いなれた重機では無理だった。

更に大きい重機を探し回って、アレと出会った。

大きな力を欲した。

デカイ重機が欲しかった。



結果、自分の将来をアレに捧げる事になったが、家族は助けられたので後悔は無い。


予想外だったのは、アレは自分以外が使えなくなっていたので、軍に編入させられて中佐待遇を受けた事だ。

勿論、家族も軍人用の上級宿舎で中佐の家族並みの生活が受けれた。

非常勤なので、怪獣が来なければ自宅で家族団欒の生活だ。


演習の時に、名前で馬鹿にしていた同級生達が、下の階級に居た時は、笑いが止まらなかったよ。


自分を拒んだ世界の全てが嫌いだった。

でも今は、そうでもない。


難しい事も、補助脳が教えてくれた。

必死に覚えた。

妻子が笑っていられるなら、自分の人生は、このベヒモスに売り渡しても良い。


名前の通りに、本当の悪魔でも構わない。


おっと、報告書を書いてくれたのか?

判った。ちゃんと読んで覚えておく。


今度、娘にも会わせてやろう。


ついでに、シンタローにもらった美少女アニメのDVDコピーをロシア語に翻訳してもらえないだろうか?

日本語も勉強したが、自分が女の子の声を、娘の横でアフレコするのは恥ずかしい。




なんだ?敵襲?


軍への報告は・・・終わったのか。


じゃあ、行こうか。

飛んでる敵?


操縦も、【思考制御】だっけか?

考えただけで、できるようになったから飛ぶのも大丈夫だ。

全部を叩き落としてやろうじゃないか!



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「フン!昨日今日に飛び始めた羽蟲が、俺に勝てると思うなよ!」


北米大陸では、J・Jのフェニックスが猛威を奮っていた。


外骨格に複数の脚。透明な四枚羽根の姿は、【怪獣】や【怪物】と言うより【蟲】と呼ぶべきかも知れない。


リバイアサンが高速の斬撃、ベヒモスが衝撃波と圧力だとするならば、フェニックスは機動力と火力だと言えよう。


慣性制御での急加速と急停止、超音速での移動は、コックピット内にも制御が及んでいなければ、パイロットはミンチになっているだろう。


更にはパイロットをコピーした補助脳の高速処理が、人間の遅さを補って、合いの手の如く引き金を引く前処理を準備してくれる。


どこから来るのか、有り得ない量のエネルギーを、シンタローが提供したアニメの武器再現に費やして、通常の軍隊とは次元の違う戦闘が繰り広げられる。


そして数百も居た敵は、フェニックス一機に、一時間程で殲滅させられたのだ。


「フェニックスが単体で戦った方が強くないか?」


ジャックは、帰投を自動にして、補助脳に問いただした。


〔【道具】は、あくまでサポート。行うのは常に人間。全自動化は責任の放棄でしかない。戦うか戦わないかの判断は、誰かがとらなくてはならない〕

「確かにな・・・」


軍隊で言えば、自動小銃で撃たれた者を殺した責任は、銃ではなく、銃を持っていた人間が取るべきだと言いたいのだろう。


そういった責任を放棄した結果が、SFで取り上げられる『人工知能の反乱』であるのは、間違いない。


〔推測の範囲だが、今回の【怪獣】の密集具合いを見るに、敵は三ヵ所のアースガードを集中攻撃しに来たと考えられる〕

「女神教の言う通り、アースガードが怪獣を呼んでいるってか?」


今回のケースだけ見れば、その傾向は否定できないかもしれない。


〔それは、どうだろう?前回は密集の傾向が見られなかった。例えばジャックなら、数百の雑魚と、三人の強敵と、どちらを先に叩く?〕

「俺なら三人の強敵を先に叩くな。確かに」


〔強敵を避けて、雑魚を先に始末し、物量をもって強敵と対峙するのも、戦術としては間違っていない。兵站を先に潰されれば、アースガードと言えどもパイロットが飢え死ぬからな〕


J・Jは、コックピットに持ち込んだバッグから、水筒を出して飲もうとしていたが、補助脳の話を聞いて一瞬、手を止めた。


「確かに、それもヤバイな」

〔つまりは【責任】ではないが、複数ある選択肢から【誰か】が選んだ結果なのかも知れない。我々の知らない要素が有るだろうからな〕

「つまりは、全てに確証が無いって事か?」


結局、全ては闇の中だ。


〔確か、宇宙怪獣達は太陽にも向かっているんだったな?太陽と地球の両方を襲う共通点は何だろう?その辺りが【鍵】かも知れない〕

「いや、流石にソレは軍人には専門外だわ~」


〔帰投ルートの途中に、古巣が有るがトイレは大丈夫ですか?〕


実際にはトイレ位は、どうにでもなるのだが、そこはJ・Jがフェニックスと出会った思い出の場所でもある。

J・Jも最近は、補助脳が人間に似てきたと感じてきている。

だが、気が利いてでしゃばらない、良いバディだ。


「そうだな。少し飲みすぎた様で、基地までモツか分からないから、使わせてもらおうか?」

〔了解。利用許可と、フライトプランの変更を申請する〕


モニターでは、基地の復旧は進んでいるが、周辺の怪物の死体までは手が回っていないようだ。




「久々だなJ・J。女とは仲良くやってるか?」

「女?」


滑走路からパイロット待機所に入ったJ・Jは、旧友の意味不明な問いに首を傾げた。


「同じアースガードにアキって言う女が居るんだろう?30代以下の女なんて、ここには居なかったからな」

「【アキ】って誰だ?」


トイレで用をたし始めた彼は、動く事が出来ない。


「将軍のデスクで、アースガードの資料をチラリと目にした奴から聞いたんだ。隠すなよ!」


『フェニックス発祥の、この基地の司令官になら、多少の情報は来ると思うが、【アキ】?』

J・Jには、パイロットは勿論、関係者の名前にも、該当者に覚えが無かった。


「で、名前からすると青いアースガードのパイロットか?ミス.アキは。日本美人か?」


確かに【アキ】とは日本女性にも使われる名前だ。

しかし、日本のパイロットと言えば・・・・・


「そりゃあ、Mis AKIじゃなくて、MISAKIって日本のファミリーネームだよ。因みに男だが」

「男ぉ?J・Jも、そっちに走ったか?」

「なんで、そうなるんだよ!」


落胆する元同僚の勘違いを笑いながら、用を済ませたJ・Jは、司令官室へと挨拶に向かった。

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