第7話 戦う者とヲタク

「ちっ!こんな所にも貼ってやがる」


坂道を登る男は、電柱に貼られている『女神教』のポスターに舌打ちをする。


目指す飲食店は見えているが、気分が萎えそうだ。


伊豆半島の東部にある小さな港町。

その男、みさき慎太郎しんたろうは、久々に馴染みの店の暖簾をくぐった。


「おっちゃん、伍幸ごこうラーメンとライスと餃子。ビールは無しで」

「おや?久しぶりだなしんちゃん。何処に行ってたんだ?」


隕石騒ぎの後は、開店休業状態だった店【岬ダイビングセンター】を休業中にして『外国に行ってくる』と姿を消してから、彼が帰るまで半年近くが経っていた。


「ずっとカナダの方で資格とる為の研修ばっかりでさぁ」

「レスキューでもやるのか?大変だなぁ。じゃあアースガードとか、女神教とか知らないだろう?」


被害が少なかったとは言え、隕石による津波で海に流された住民も居る。

半年経った今でも、海中捜索は人手が足りない状態だった。


「ニュースは見てるから知ってるよ。世界中で騒いでるしね」


岬は、セルフサービスの水を飲みながら、復旧間もないテレビの映像を見ながら答えた。


シャワーを浴びた後なのか、髪は湿っていて衣服もジャージにサンダル履きだ。

ダイビング後の定番の姿に、店の店主は、いつもの岬慎太郎だと感じていた。


この店の壁には、店名『ラーメン伍幸』の由来が書かれている。


生きる幸せ

食べる幸せ

遊ぶ幸せ

寝る幸せ

愛する幸せ


「たった、これだけの幸せで、人間は満足になれるのに、なんで背負っちまったかねぇ」


テレビのわきの貼り紙を見ながら、岬は呟く。


「ヘイ、御待ち!久々の伍幸ラーメンだろ、じっくり味わえ!」

「あぁ、また、暫くは出張だからな」


カナダまで行って取ってきた資格だから、引く手数多なのだと店主は思った。

いつものビールを頼まないのも、この後に車で出掛ける為と考えれば納得がいく。


「時間ができたら食べに来いよ」

「あぁ。その時は飛んでくるから驚くなよ」


うまそうにラーメンを食べる岬が、まさか本当に空から来るとは、この時の店主は想像すらしていなかっただろう。


時間が無いのか、やや急いでラーメンを食べている岬を見ながら、店主は新聞を広げて読み始める。

そろそろ常連客が来る時間なので、今のうちに読んでおくのだ。


ガラッ


「イラッシャイ」


引き戸が開いて、常連客が入ってきた。


「ちわっす!黒塗りのセンチュリーが停まってるけど、何か有ったの?」

「えっ?」


キッチンの小窓を開けて、店の前を覗くと、隙間から黒い車の一部が見える。


「あぁ、俺の引率だよ。迷惑かけるね。金は、次回分も先に払っとくよ」


岬は、カウンターに一万円札を置くと、水を飲み干して席を立った。


「慎ちゃん、これから何処に行くの?」

「ちょっと、東京の防衛省まで大臣さんに会いに」






「ずいぶんとラフな格好だな?」

「民間人ですし、スーツの手配も間に合いませんでしたから」


市ヶ谷にある防衛省のA棟には、防衛大臣の部屋が有る。


岬は、そこに招かれていた。


「民間人?政府から金をもらっておいてか?」

「家賃を入金しないと、店を取られて帰る場所がなくなりますからね。俺は別にグレートバリアリーフに移り住んでも良かったんですが?」


防衛大臣は、渋い顔をした。

岬の身辺報告を見る限り、あながち有り得ない話しでもないからだ。


「で、例の物は何処に?」

「リバイアサンは、伊豆半島沖に沈めてありますよ。久々に素潜りしましたが、画像の入ったメディアは濡れてませんよ」


岬は、テーブルの上にデータのメディアを置き、脇に控えていた事務官が摘まみ上げて部屋を出ていく。


「IFFデータと最新の形体映像です。常に最適化アップデートしてますからね。撃墜しない様にお願いしますよ」

「核兵器にも耐える奴を、撃墜できると思っているのか?それで勝てるんだろうな?」

「店を守る為にも最善は尽くしますよ。民間人に保証はできませんが」


両者共、口元は笑っているが、眼は笑っていない。


研究チームの判断では、飛行形体の怪物が、情報を持ち帰った可能性があり、地球に対応した新たな種が来るかも知れない。


ちまたの女神教の話が本当なら、宇宙怪獣達は、アースガードを敵対している可能性もある。


一方だけの話を信じるのではなく、あらゆる可能性を考慮するのが本当の官僚と言うものだ。


「確か、いつでも呼べるんだろう?暫くは、ここか自衛隊基地に居てもらう事になるが、食事でもするかね?」

「いいえ。来る直前にラーメン食ったんで」


政府官僚と一緒に食事をしたい民間人は、そう居ない。

選択肢としては、防衛省内のレストランやスタバが有るが、案の定、窓から見下ろした防衛省の敷地内は、食堂へと向かう職員で溢れていた。



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防衛省には複数の出入り口がある。

比較的に目立たずに出入り出きるのは、敷地の西側にある曙橋出入り口だ。


比較的と言っても、IDカードは必要だが。


この曙橋駅付近には、意外とラーメン屋がある。


私はラーメンが好きなので、最近は食べ歩きをしている。


私。いや、俺は岬 慎太郎。

伊豆半島でスキューバインストラクターをやっている。

簡易的な水中散歩もやってるから、この騒ぎがおさまったら来てくれ。


35歳で一応は独身だが、【俺の嫁】は画面の中に居る。


こらっ、ヲタクと呼ぶな!


今、防衛省ここに居るのには理由がある。


ある日のニュースで、地球に大量の隕石が降ると警告が流れた。

シェルターでも洞窟でも良いから、兎に角、丈夫な地下に隠れろと言われ、海岸線付近は津波の可能性も有ると放送されたのだ。


シーズンオフの事もあり、船は山合いの倉庫にしまってある。

店は高台に有るが、隕石の直撃には勝てないので、当時の副業に使っている洞窟へと避難した。


隕石は二日ほど降ったらしく、伊豆半島にも何個か落ちたと話している奴が居た。


幸いに、店も船も無事で一安心して点検をしてたら、店で海を録画していたカメラが吹き飛んでいた。

本体は、ケーブルで繋いで地下室だったので無事。

録画には、偶然に隕石落下のシーンが残っていた。


「これだけデカけりゃ残ってるだろう」


隕石は海に落ちると、温度差でコナゴナになるが、ある程度大きければ中心部が残る。


そして、隕石は金になる。


俺の副業は、海底や沈没船などから【お宝】を探して換金する事だった。


だから、船はカーキャリアに乗る小型だ。


海岸線には、津波で流された漂流物や、訳のわからない巨大海老の殻みたいな物があったが金には成りそうもない。


録画から、およその位置を割り出して、見つけたのがリバイアサンの原形だ。


コイツは、俺の記憶をコピーしたらしく、アニメに関しては理解が深い。

奴は、メカアニメが好きらしいが。


それ故か、パイロットは俺に限定され、今の副業は地球を守るヒーローだ。


生き残った怪獣を始末する所を、漁船や巡洋艦に撮影されてテレビに流れてた。


まさにヒーロー!


公的なヒーローは防衛省と御友達。

ヒーローも飯を食う。

そして、俺はラーメンだ。





クソッ!アラームだ。まだラーメンが半分も残っているのに」


また、宇宙怪獣が来たらしい。


「カムヒヤ!リバイア3」


必要は無いが、叫んでみる。


リバイアサンは、教えた通りに自衛隊と近隣空港へも連絡を入れ、民間機のフライトプランを確認し、敵味方識別信号IFFを発信しながら、俺の元へ向かってくる。


本当のヒーローマシンは、飛んでくるだけでも大変だ。


市ヶ谷には、リバイアサンが着陸できる場所は無いが、コイツには三メートル程の小判鮫サブユニットが有る。


道路を低空飛行させ、俺をピックアップしてリバイアサンへと運んでくれるのだ。


上空の巨大なリバイアサンにカメラを向けている人ばかりなので、地上付近の小判鮫は目立たない。


「今度の怪獣は、空を飛ぶのか?だがしかし、俺らのフィールドに落としてやろうぜ相棒!」


音速で太平洋まで出たリバイアサンが、衝撃波ソニックウェイブをぶつけ、小判鮫を打ち出していく。


「さぁ、全てを呑み込んでしまえ!リバイアサン」

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