その6 思いもかけない「黒歴史」

 

「いや、ちょ、あははははは、待ってもうやめて神城君、お腹が、お腹がぁああああ!!!

 あは、あはははははは!!!」

「ひー、こりゃぁ金取れるレベルの大傑作ッスよ兄さん、あひゃ、アヒャヒャヒャヒャハアハ、息が、息が……できないッ!!」

「そのまま窒息するか? お前ら」


 いつもの自宅(沙織さんのマンション)に帰り、今日起こった出来事を沙織さんとみなと君に話したら――

 二人とも、床を転げまわりながら大爆笑。

 まぁ……案の定な反応だよね。


 それでもひとしきり大笑いした後、沙織さんもみなと君も言ってくれた。


「そうね……デリケートな問題には違いないし。

 勿論、あたしはこの件に関しては誰にも口外するつもりないから、心配しないで。

 元々、そういう話が出来るような奴なんて、あんたたち以外にはいないし。

 みなと。あんたもそうでしょ?」


 糸目を片側だけほんのちょっと開いたみなと君が、口元に軽く人差し指を当ててチクリと指摘する。


「ですねぇ。私もこう見えて、口は堅い方ですので。

 逆に沙織さんの方が私しゃ心配っスねぇ。人とのコミュニケーションが苦手な人ほど、こういう時に口を滑らせがちですし」


 みなと君の皮肉にも、沙織さんは必要以上に怒ったりしなくなった。


「そういうこと言わないでよ、気を付けるから。

 うっかりしそうなら、あんたが止めてよ?」

「へいへい。そいつが私の役目っスからねぇ」


 そんな二人を眺めながら、私はとりあえずほっと溜息をついた。

 岩尾君に、憧れの『彼女』を会わせる――

 自らそう言いだした悠季。

 だがそれには、みなと君の協力が必須になるらしい。となれば、沙織さん抜きで話を進めるのも難しそう。

 なので私たちは思い切って、岩尾君の相談を、みなと君と沙織さんにも打ち明けたのである。


 軽く両腕を組みながら、みなと君が改めてソファでふんぞり返る。


「んで? 兄さん。

 具体的な話がまだ見えないんスが、どうするつもりなんで?

 まさか擬態術解いて、女装するとか……」


 みなと君に負けじと、向かいのソファでふんぞり返って脚を組む悠季。

 ソファの背もたれに両腕投げ出してこの恰好されると、パーカーの裾からお腹のあたりがチラチラ見えて、正直目のやり場に困る。


「それ以外にナニがあんだよ」

「ひ、ヒャァッ!!?」


 両目をカッと見開き、思いきりのけぞるみなと君。

 わざとなのか本気で驚いているのか、私にも分からない。

 悠季はあくまで事務的にさっさと処理しようとしているのか、かなりの早口だが――

 その頬が僅かに赤い。


「だからそれ用の支度、早めに頼むぜ。

 来週の土曜までにな。勿論、それなりの礼はする」

「い、いや、そりゃ分かりましたけど……

 でも、しかしですねぇ」

「とっととやってくれよ。俺の気が変わる前に」


 苛々と指で無意味にソファの上を叩く悠季。

 よっぽどやりたくないんだろうけど、それでも悠季が踏み切ったのは――

 恐らくそれ以外に、岩尾君を何とかする方法はないと判断したからだろう。


 と、そこで沙織さんが尋ねてきた。


「あたしにはぴんと来ないんだけど……

 そんなに凄いの、神城君の女装って?

 そーいう趣味でもない、ごく普通のリーマンを惚れさせるレベルに?」


 考えてみれば、沙織さんが不思議に思うのも無理はない。

 だって悠季は、こちらでは私以外の人間には全員、擬態術を使っている。

 つまり沙織さんに見えている悠季も、岩尾君に見えているのと同様、ただの社員Aとか村人A。印象に残らないモブでしかない。

 沙織さんに対しては悠季も多少術の調整はしているかも知れないけど、それでも、私がいつも見ている悠季とはまるで違う姿が彼女に見えているはずだ。

 この前の事件で悠季の術が剥がされた時、沙織さんはかなりびっくりしてたみたいだし。

 そして術が元に戻った時は、密かにガッカリもしたらしい。


 そんな彼女に、みなと君は何故か勢いづいた。


「そーなんですよ。兄さんの女装は天下一品ッスよ~♪

 何せ、ラマ湖の狂龍を鎮める生贄にされた娘たちを助ける為に、自ら女装して潜入したら……

 龍にガチ惚れされたこともあったくらいッスから!」

「え、えぇ!?」

「そ、そうなの? 悠季?」


 沙織さんは勿論、私ですらそれは初耳だ。

 あの世界、ゲームで語られないところで一体どれだけのドラマがあるんだろう。

 思わず悠季を見つめると――

 本当に思い出したくないらしくそっぽを向いている。けど、耳まで赤く見えるのは気のせいか。


「みなと。一応聞くけど、その龍って……オスよね?」

「勿論ス。でなきゃ生贄に生娘なんてありえんでしょ」

「た、確かに術が解けた時の神城君て、超絶可愛いイケメンだったけど……

 そんなに?」

「えぇ、そんなに、ってレベルっスよ!」


 みなと君は何故か滅茶苦茶得意げに話しだしていた。


「葉子さんや沙織さんにも見せたかったっスねぇ~、あの時の兄さんの妖艶なことといったら!

 こちらで言うところの花魁と似たような着物を着て変装してたんスが、すれ違った野郎どもがみんな惚れぬいてすり寄って……」

「おいハルマ……

 人の黒歴史に妙な尾ひれつけんじゃねぇ」

「いや、コレホントなんですってば!

 今でも鮮やかに思い出されますねぇ、豪華絢爛な金色の絹糸で縁どられた真紅の着物から覗く、兄さんの艶めかしい肩! 

 かんざしで優美に結わえられた髪はまさに異邦の女帝、

 剥き出しの白いうなじに艶やかな後れ毛がほんの少しかかっているさまはまさに、伝説の妖女ヴァンパイア!

 濡れた唇にほんのり煌めく紅は、振り向く者全ての心を奪うほど美しく。

 そのアメジストの瞳で流し目された日にゃ、どれだけの民草が虜になったか!」

「……てめ、コラ……」


 明らかにブチキレかかっている悠季をよそに、滔々と喋りまくるみなと君。

 そこまで言われると、すごく見たくなってきたな……花魁衣装のイーグル。


「凶悪・狂暴・傲慢で知られたあの龍さえも一瞬で虜にした兄さんの妖力、もの凄かったですよねぇ」

「妖力言うな」

「いやはや、今でも思い出しますよ。

 並みいる美少女全てを振り切って、兄さんを攫おうとした龍の暴れっぷりを。

 あの大乱闘、この間のケイオスビースト戦に勝るとも劣らぬ激闘でしたねぇ。

 しまいにはあの龍、性別なぞこの際構わぬ!愛さえあれば!!などと喚きまくって……

 戦いが終わった時の兄さんのとんでもない姿たるや、まぁ絶対に葉子さんには見せられんでしょうねぇ」


 何となく想像はつくけど、見たいなぁ……

 と言いかけて、慌てて口を噤んだ。

 これ以上言ったら、悠季が本気でキレそうだ。


「……まぁ、そのおかげであの一帯のシーフギルドも取り込めたから、良かったと言えば良かったんだけどな。

 あのクズ龍のツラは二度と拝みたくねぇ」


 ふてくされつつもそう語る悠季。

 しかしそんな彼をじっと見据えながら、唐突に沙織さんが尋ねた。



「ねぇ、神城君。

 神城君って……本当に、男の子?」


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