解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!~駄目OLと無能盗賊は、1000戦1000敗でも凹まない!!~

kayako

第1章 再会

その1 鷲は舞い降りた


「俺、神城悠季かみしろ ゆうき。よろしくな、相棒」


 そう言いながら、スーツ姿の青年は私の横に堂々と腰かけた。

 オフィスで他のメンバーがいつものように仕事を始める中、一人だけ別の雑務を回されている私に。


「……よ、よろしく、お願いします」


 私は酷く肩をちぢめながら挨拶する。いつも初対面の他人にはそうしている通りに。

 そんな私に、彼は朗らかに笑った。


「怖がるなって。知らない仲でもないだろ?」


 そうだっけ?

 私は思わず顔を上げ、まじまじとその男の容姿を凝視した。

 痩せてはいるものの、しっかりと筋肉がついている引き締まった身体。少しボサボサの、栗色の髪。少年のようにさえ見える、人なつっこい笑顔。

 ネクタイは少し緩めているものの、きちんと着込んだ紺の背広姿は他の有象無象と変わらない。しかし──

 頭頂部からぴんと天に向かって不自然に突き立っている、特徴的なアホ毛。

 そして何より、アメジストの如く光る紫の瞳が、この男が紛れもなく「異世界人」であることを物語っていた。


 ──この人は……

 なんか、「あいつ」に似てる?


 異世界PIPが私に開始された、その最初の朝の出来事だった。




 私──天木葉子あまぎ ようこは、会社始まって以来の落ちこぼれと言われている。

 電話を取れば相手に声が小さいと怒鳴られ、何とか聞き出した用件は大概どこか聞き違えており。

 すぐに計算や入力を間違え、確認の為上司に提出した書類は二、三度突き返されるのは当たり前。

 スケジュール管理が出来ず、午前締め切りの仕事を当日朝のミーティングで指摘されて初めて気づくなんて日常茶飯事。

 唯一自信のあったパソコンの技能さえも、この会社では出来て当たり前のものだった。

 挙句の果てには、どんなバカでも半年あれば覚えられると言われた仕事を一向に覚えられず、担当業務の殆どを取り上げられた。


 そして評価も給料も最低中の最低ランクまで落ち、ついに会社は私に「PIP」──

 Performance Improvement Program(業務改善プログラム)を実施した。

 対象となる労働者に対して、業務改善や能力開発などを目的として、課題を課していくというもの。

 一時代前は、このプログラムは非常に短期間で解決不能な課題が課されることも多く、一種の退職勧奨とも言われてきた。だから、これを言い渡された時の私は、遂に来たかと覚悟を決めたものだったのだけど──


 私もよくは知らなかったのだが、今のPIPは、昔とは少し違っていて。

 PIPが従業員の能力開発ではなく、実質的な解雇に使われがちな実態を重く見た政府が本腰を上げ──

 PIP対象者一人あたり一名、優れた異能を持つ「異世界人」を召喚し、対象となる労働者の能力開発を担当させることを義務づけたのである。

 これがいわゆる、「異世界PIP」だ。





 自分の仕事を監視する人間がすぐ横にいると分かりながら、仕事をする。

 この状況、いつもの私なら緊張しまくって何らかのミスをしてしまうものだけど、不思議と悠季が横にいてもそんな感覚はなかった。まるで、初めから悠季がそばにいるのが当たり前のように。

 私の仕事を見るのは初めてのはずなのに、彼は的確に私のミスを指摘してきた。正確には、ミスをする直前で指摘され、巧みに軌道修正をかけてくれたのだけど。


 一番助かったのは、業務中に電話がかかってきた時だ。

 午前中はチーム全員がそれぞれの業務に集中する為、その間は電話を取らなくても良いことになっている──チームにかかってきた電話は、私が全部取ることになっているからだ。

 つまり午前中、私は自分の仕事の他に、チーム全員の電話も取ることになる。それ故、書類や計算に集中している時に頻繁に電話がかかってきてその結果、自分の仕事でミスったり電話の取次ぎでミスったりもしょっちゅうだったのだけど──


 悠季はまず、その問題を解決してくれた。

 私が受けたはずの電話の内容を、悠季は一言一句全く間違えることなく覚えていて、私が慌てるあまりメモを忘れたことまで正確に思い出して教えてくれた。そこまで必死に耳を澄ましているようにも見えないのに。

 そればかりか、私が聞き忘れていること(相手の名前など基本的なこと)を、それとなく肩を叩きながらそっと注意してくれる──



 朝からひっきりなしに鳴り続けた電話が少しひと段落した時、私は聞いてみた。

「あの……

 私が話している内容、なんで分かるんですか?

 相手の音声、そこまで大きくはしてないはずですけど」

 私が目にしている書類とパソコンの画面を見比べながら、悠季は当然のように言ってのけた。

「あぁ。俺、シーフだったから。

 盗み聞きぐらいはお手のモンさ。任せてくれよ」


 ──この人は。

 もしかして、やっぱり……?


 少しだけ、期待で高鳴る胸。

 でも悠季はそんな私にお構いなく、ため息をついた。


「しっかし、朝のミーティングが終わって1時間で20本の電話かよ……

 いくら取次ぎだけとはいえ、こりゃ自分の仕事なんてしてる余裕ねぇだろ。

 なんであんただけが、こんなことばっかやらなきゃいけないんだ。あんたの業務だって、ミスったら一大事なんだぜ?」

「こんなことって言っても……

 私、これしか出来ませんから。電話番ぐらいしか……

 ていうか、それすら満足に出来ないのが私ですから」

「そんなこたぁ、ねぇだろ」


 それが当たり前のように、力強く言ってのける悠季。

「あんたがこれしか出来ないなんてこと、あるわけない。あんたと電話の組み合わせが壊滅的ってだけだ」

 パソコンの画面を凝視し続ける紫の瞳。「見たところ、あんたがミスってるのは、大概電話の前後だ。例えばここの計算も──

 修正かけようとした時にちょうど電話が来て、声が遠いだの色々言われているうちに修正忘れて、そのまんまになってたよな。あと、データ作成ツール起動中に電話で中断されて、工程一つ飛ばしかけてた時もあるし」

「あ……す、すみません!!」

「いや、違うんだ。あんたを責めてるワケじゃなくて──」


 その時、デスクの向こうで嫌な警告音が鳴った。

 ……あぁ、まただ。また、FAXの故障だ。

 私はため息をつきながら立ち上がり、ピーピー音を立てまくっているFAXまで重い足を運んだ。

 FAXの様子を見ると──やっぱり。

「どした?」

 背後から覗き込んでくる悠季。装置の奥で、紙が詰まりまくっている。

「ってか、随分古いFAX使ってんなぁ」

「FAX、分かるんですか?」

「あぁ。『こっち』来る時に、一応ひと通りの業務知識や社会常識は高次記憶伝播術で叩き込まれてるし。

 しかしこいつぁ、何十年もののレアじゃないか?」


 その通り──何十年はさすがに言いすぎだが、このFAXは酷く古く、今ではメーカーも修理受付していないというレベルの骨とう品だ。私が入社するずっと前からあったというから、恐らく10年近くは使っているだろうか。

 しかも我がチームには頻繁にFAXが来る。一日100件は下らないだろう。

 だからちょっとしたことで紙詰まりなどのトラブルを起こす。当然、それを直すのは雑用係たる私の役目なんだけど──


「……大丈夫じゃなさそうだな」

「この奥に紙が……挟まってるはず、なんですけど……」

「待てよ。無理に手ぇ突っ込んだら怪我するって。

 誰か、チームにFAX直せる奴、他にいないのか」


 ガタピシ音を立てつつトレイを引き抜き、FAX内部を必死で探る私の手。

 それをおしとどめながら、悠季はチームの方向を振り返った。

 私も思わずチームの皆に視線を走らせる。

 上司は部長、リーダー、サブリーダーの3人がいるが、この3人は上司故に絶対FAX修理なぞに呼べるわけがない。他にチームメンバーは男子1名、女子3名の4人いるけど──

 男子1名、田中君はたまたま席を外していて不在。

 女子のうち、真山先輩はこのFAXが苦手と常日頃から豪語している為無理。

 礼野先輩は──あの人にはそもそも、何も聞きたくない。

 私の縋るような視線は、自然と、一番手前にいた山田さんに向けられた。

 彼女はこれまでも何回か、私がFAXトラブルに巻き込まれていた時何とかしてくれたことがある。だけど──

 えぇい、時間がない。こうしている間にも、このオンボロFAXにどれだけの情報が積まれてくるか分からない。普段郵送されてくるはずの書類がFAXで送られてくるということは、それだけ急を要する仕事なんだから。


「あ、あの、すみません、山田さん!

 FAXが、また、止まってしまって……」


 私は思い切って山田さんに声をかけたが──

 彼女は顔を上げるなり、フロア中に響くレベルの大声で私に怒鳴った。


「天木さん、何度言わせるの!

 私はFAX係じゃないってば!!」


 ──あぁ、やっぱりだ。


 山田さんの怒声に、思わず息をのむ悠季。「な……っ!?」

 そりゃ、今日来たばかりの悠季はこの反応が当たり前だろう。

 でも、予想出来たことではある。

 FAXが止まるたび。

 私がどうすることも出来ずに時間に追われて焦るたび、私は山田さんを頼り──

 その結果、何度も「私はFAX係じゃない」と言われるハメになってしまっていたのだ。

 勿論、FAXを修復する方法は彼女から教わっている。しかしFAXが止まる原因は一つではなく、彼女から教わった方法では無理なこともあり。

 というか、彼女と私とでは器用さに差がありすぎて、山田さんの手で何とかなっても私が同じことをしたらさらに悪くするだけ、という事態になることまであった。

 だからFAXにトラブルが発生した時は、必然的に私は彼女を頼らざるを得ず──

 結果こうやって、山田さんの怒りを買うことになってしまっていた。


 それきり私を無視して、山田さんは業務に戻ってしまう。

 他のチーム員たちも、明らかにやり取りが聞こえていながら、知らぬふり。周りの社員たちも同じだ。

 そんな状況を鋭く察したのか──

 悠季はしばらく山田さんを睨みつけていたが、やがてFAXに視線を落とした。

 私に軽く目配せしつつ、悠季はトレイが引き抜かれたFAXの奥へ、慎重に手を突っ込む。


 そして一瞬、彼が目を瞑り、何事かを呟くと──

 FAXの奥から、柔らかな青い光が漏れた。

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