第7話 神輿

 旋回ポイントで着水するチーム、完走するチーム……いくつものフライトが終わり、僕たち東讃大学とうさんだいがくの機体が桟橋の手前まで来た。いよいよ転回点だ。

 ここまでの砂浜は、前述の通り横ばいで進んできた。ここから始まる桟橋を進むにあたっては、高さ方向を軸として機体を90°回転させる必要がある。というのも、このままの姿勢では桟橋からプラットホームまでの坂道を機体が直進することになり、翼に手が届かなくなるからだ。胴体付近のみで機体の姿勢を保つことは非常に難しく、不意に突風が吹けばそのまま水面に落下する可能性もある。だからここで回転させなければならない。周囲の人や松林と機体が接触しないよう互いに確認しつつ、慎重に、確実に回していく。


 フライトを終えたチームのメンバーがプラットホームから降りてきた。通過する際、たいていは互いに「お疲れさまでした」「頑張ってください」と声をかける習慣がある。「ご安全に」のような感覚だろうか。


 フライトまであと1 チームとなり、ここから坂道が始まる。そこそこの傾斜がついた斜面を、ほぼ胴体付近だけを持って運ばなければならない。これがとてもしんどい。特に僕たちの機体は他チームよりも翼が低い位置にあるから、斜面や手すりにぶつける可能性が高く、より慎重さが要求される。さながら、神輿みこしを担いで坂を上るような感覚だ。神輿と違うのは、人力飛行機は人の手で簡単に変形し得るということだ。それは性能に、ひいては記録に直結する。最後のひと踏ん張り、前のチームが飛ぶまで、もう少しだけ頑張らなければならない。機体の仕様構想の段階で分かっていたとはいえ、運用面で難点のある形状であることに変わりはない。


 突如、割れるような衝撃音が走った。前の機体が墜落したのだ。

 前方の斜面に阻まれて現場は見えないが、恐らく離陸後の引き起こしに失敗したのだろう。高速飛行を前提に設計されたタイムトライアル部門出場機は、プラットホームでの短い滑走では十分に加速できず、離陸後一旦湖面に向かって沈下する。当然その直後に引き起こしが必要なのだが、何らかの理由で適切に引き起こせず、そのまま墜落する機体はそこそこ多い。前の機体がなぜできなかったのかは分からないが、直後にフライトを控えた身としては、緊張が走る出来事だ。あれは、5 分後の自分たちかもしれない、と誰もが想像しただろう。

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