8/29お題『南極大陸』

「あ、綺麗」

 頭上に広がる白銀の世界に思わず息をのむ。

 声は響かない。

 思いは届かない。

 ただ、感動だけが胸に留まる。

 ここは地球周回軌道。

 高度1000kmに及ぶ地球の最上領域――あるいは、宇宙空間だ。

 空気はない。

 生命はない。

 ただ、いくつかのデブリと。

 地上を見守るマシーン達が今日も元気に地球の周囲を公転している。

「あそこには、大穴があるんだよね」

 目には見えないが、南極の上空にはオゾン層の穴があるという。

 地球を覆うオゾンと言う名の大気の皮膚が、あの上空だけ盛大に剥がれており、紫外線などの宇宙線が次々と落ちていくのだという。

 元々人の住みにくい極寒の地だが、太陽の光すら有害光線まみれという踏んだり蹴ったりな状態である。

 それでも――。

「綺麗」

 私は宇宙服の中でただ感嘆する。

 空気はあと何分持つだろうか。

 私は今迷子になっていた。

 宇宙ステーションと繋がっていた命綱はデブリによって切断され、自分の身一つでこの周回軌道を漂っている。

 自分は今静止しているのか、公転しているのかも分からない。

 宇宙ステーションの公転時間は約12時間。

 もし、自分が静止軌道にいるのならば、12時間後にはもう一度宇宙ステーションとランデブーできるかもしれない。

 けれど、自分もまた公転しているのならば宇宙ステーションと追いかけっこの状態となり次のランデブーには相対速度次第でかなりの時間がかかることとなるだろう。場合によっては数日後になるかもしれない。

 私は宇宙を漂いながら頭上にある南極大陸を見上げる。

「あそこに落ちれないかな」

 死んでこのままデブリになるくらいなら燃えながらあの美しい大陸で死にたいと思った。

 死に場所を考えたことはなかったが、どうせ死ぬのならばあの美しい大陸がいい。

 ペンギンに囲まれながら、凍りながら、まあよく分かんないけど美しく死にたい。

 不意に、視界の外で瞬くものが見える。

 はっとする。

 宇宙ステーションからの光信号。

 まだ。

 まだ死ぬには早いらしい。

 私は宇宙服に備え付けられた通信用のライトを瞬かせる。

 高速で地球の上空を飛び回る宇宙ステーションに飛び乗れるかはかなりの賭けだが――。

「行こう」

 生きて南極へ向かうために。



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