8/27お題『牢獄』
「真実の愛、すなわちそれは浮気なのよ」
先輩の言葉に私はぽかんとした。
「聞いてる?」
「聞かなかったことにしようかと」
「聞きなさい」
「はい」
先輩とはいいつつ彼女は私と同じ高校の生徒ではない。
私と先輩は別々の高校にいる。
今までも同じ学校に居たことはない。
けれども、彼女は私の先輩である。
「なんで浮気が真実の愛なんですか?」
「中世の貴族のお話なのよ」
と、スマホを掲げながら先輩は言う。なんか最近はそういう中世のお貴族の物語をWEBで読み漁っている。
「浮気が真実の愛だった時代があったと」
「あったのよ」
「ホントに?」
「リアルに」
「ガチですかー」
「ガッチガチよぉ」
なんだか嬉しそうに先輩は笑う。
「浮気の反対は、結婚。
つまり、この場合は逆なのよ。
結婚は真実の愛じゃないの」
「んー? 結婚こそ愛の結晶とかそんな感じのものじゃないんです?」
「馬鹿ねぇ、結婚ってのは、金と名誉の為のものよ」
と先輩は悪い顔をする。
「特に、貴族はね。
いかに地位と名誉のある王子様とか、お貴族のお坊ちゃんと結婚するかが大事なの。そこに愛があるかどうかは二の次。
結婚とは、『お家』の為にするものだからね。
いい結婚っていうのは、いかにいい地位や名誉のある家の奴と一緒になれるかが目的だから、そこに愛情は関係ないの」
「まあ、貴族の娘は政略結婚の道具が常ですからね」
現代の女子高生に生まれて私は幸せ者だ。
「――という話を踏まえた上で、結婚が真実の愛じゃないから、対偶として、浮気は真実の愛なのよ」
「でた。対偶。数学の証明問題でやりましたよ」
「へー、君の学校では一年でやってるのね」
「いや、中学でやりませんでしたっけ?」
「あ、そうかも。いや、まあそれはいいのよ。
結婚ってのはね。結局、『家』っていう牢獄に女を閉じ込めるものなのよ。
政略結婚の道具として。
じゃあその牢獄の中で生きていく中で――夫以外のいいイケメンと出会って恋に陥ったらそれが真実の愛なの」
「…………飛躍が過ぎません?」
「分かんないかな。
結婚は地位や名誉を気にしないとダメだけど、結婚して生活が安定した後に、地位や名誉に関係なく誰か他の人に初恋をする。もうそれは真実の恋よ」
「というか、それは恋をしないまま親の決めた相手と結婚したから、初恋イベントが結婚の後に発生してるってだけですよね」
「鋭いわね。まあそういうことなのよ。
それを踏まえてアーサー王の伝説とかを読んでると面白いわよ」
「唐突ですね」
「だって私は最近読んでるもの」
と、スマホを掲げる先輩。
「アーサー王の妻グネヴィアは、円卓の騎士ランスロットと浮気してた訳だけど、現代の価値観からするとグネヴィアは性悪女だし、円卓の騎士ランスロットもなんで自分の使える王様の奥さんを何故寝取ってるんだ、てなるんだけど」
先輩は息を吸い込む。
「不思議と当時はグネヴィアの浮気を好意的に捉えられてたらしいのよね。
王宮という牢獄の中で、王妃グネヴィアは真実の愛を見つけていたのだと」
「はぁ」
「イギリスの芋臭いおっさんの円卓の騎士ばっかの中で一人だけフランスからやってきたイケメン騎士のランスロットを見て、そう、グネヴィアは真実の恋を見つけたのよ」
「……先輩やっぱり馬鹿にしてるでしょ?」
「まさかぁ」
「言葉に悪意がありますよ」
「気のせい気のせい」
「じゃあ、先輩にとって浮気が真実の愛なんですか?」
「まさか」
「あえて言うならば――男女の恋なんて動物の本能に誘導された偽物の愛よ」
ふふふっ、と彼女は笑う。
「つまり、真実の愛って――」
「――言うまでもないでしょ」
と、先輩は人差し指で私の唇をついっと押した。
「そうですね、言うまでもない」
私達は偽物の愛の対偶にいるのだから。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます