8/24お題『メタモルフォーゼ』
それはうねうねしていた。
雨上がりの水たまり。
その真ん中で、それはうねうねしている。
虫だろうか。
私はどこにでもいる普通の女子高生なので虫には詳しくない。
「…………」
気にせず通り過ぎようと思ったが、うねうねは思った以上にうねうねとしていたのでなんだか目が離せず思わず立ち止まってしまい、その場から動けなくなったのだ。
スマホで写真を撮る。
検索してみる。
『似たようなものはありません』、と無情な回答。
――そうですか、ないですか。
「…………」
私はいつまでもしゃがんでいても仕方ないので立ち上がろうとした。
が、不思議と立ち上がれない。
「?」
私は首を傾げ、ジャンプとともに立ち上がろうとして――。
「……っ!?」
愕然とした。
どっと汗が全身から吹き出るのを自覚する。
「立ち上がれない。
うそ。
え? 膝がまっすぐにならないんだけれど」
しゃがんだままの膝がどうしても、こうしても立ち上がることができない。
それどころか、うねうねとした何かから目が離せないでいる。
明らかな異常。
「そんな、まさかそんなことが。
これは、あきらかに何者かによる攻撃を受けている」
私は警戒を露わに声を荒げる。
だが、状況に変化はない。
高笑いと共に種明かしに来たり、冥土の土産に状況をぺらぺらと話してくれるやつもいない。
――まずい。なによこれ。
これが何者かによる新手の攻撃ならいい。
けれども、そうでない場合は最悪だ。
超常現象であったり、あるいはなんらかの自然現象であった場合、人間では到底太刀打ちすることはできない。ただなすがままにやられるしかない。
「ああもう、嫌よ。私は。
一生膝を曲げたまま、うねうねしたものを見続けて死ぬことになるなんて」
やがて気づく。
うねうねはいつのまにか、その大きさを増していた。
なにやら出来損ないの芋虫のような何かはミミズのごとくどちらが頭かしっぽも分からないまま、ただ水たまりの中でうねうねしていたのだが、気を取られている間に水たまりを覆うほどに大きくなっている。それこそ、人間の赤ん坊ほどの大きさに。
「でもだから何だって言うのよ!
意味分かんないんだけど!」
やがて、うねうねは動きを止め、固くなり、石のように動かなくなった。
途端、後ろに倒れそうになり、私はあわわっ、と尻餅をつき、足を地面に投げ出した。
「ん?」
そこで気づく。
「あ、足が曲がるっ!」
即座に立ち上がり、私は身体が正常に動くのを確認した。
右を見て、左を見て、上を見て、そして最後に下を見る。
そこには人間の赤ん坊大の大きさの何かが固まり、鎮座している。
「…………」
さっきまでの現象はなんだったのか。
もしかしたら、このさなぎらしき何かが自分の身を守るために固くなるまでこちらの動きを金縛りにしていたのかもしれない。
さなぎを見つめていると、どくん、どくん、と何かが脈動する音が聞こえてくるよう気がする。
明らかに新たな何かが生まれようとしている。
さきほどまでの異常な現象を思い出し、私はそそくさとその場を後にした。
あれがなんだったのかは分からない。
が、きっとその後に生まれた何かはきっと軽率に関わるべきではない何かに違いない。
好奇心で身を滅ぼす前に、私はすべてを忘れて水たまりを後にした。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます