8/23お題『王国』

「人は誰でも心に自分の王国を持っている」

 陰りのある美男子がとつとつと語る。

「そう……俺も、君も」

 涼やかに視線を向けられて、私はきょとんとした。

「いえ、別に」

 目をぱちくりとさせて見つめ返すと美男子は大きく息を吸った。

「そう、人は誰でも知らないうちに心に自分の王国を持っているものさ」

 髪をかき上げながら美男子は言う。

「そう、知らず知らずのうちに。俺も、君も。そう、知らないうちに、だが間違いなく君の心には自分の王国があるのさ」

「うわ、自覚がないだけであるんですよ説を押しつけてきた」

「…………」

 私の言葉に美男子は目をつむり、静かに呼吸を整えた。

 ささやくように、語りかけるように。

「つまり、誰しもが自分の王国の王様であり、お姫様なのさ」

「ふーん」

「…………んっんっ」

 咳払いで一拍おいた後、美男子は私の瞳を見つめてくる。

「そう、君と俺とで最高の王国を作ってみないか」

「嫌です」

「……困った子猫ちゃんだ」

「いや、ただの女子高生ですが?」

 私は眉をひそめ、首を傾げる。

「オジサン何言ってるんですか?」

「あ゛? げふんげふんげふん……いや、ふふ、その、君からすれば俺はとても大人びた人間に見えるかも知れないが」

「オジサンはオジサンでしょ」

「…………」

 美男子は大きく息を吐いた。

「俺の名は――」

「あ、興味ないです」

「つれない……oh、ベイビー、人は一人では生きられない。王国は二人居なければ成立しないというのに」

「一人一人の心に王国があるんじゃなかったんです?」

「……おじさんに優しくない女子高生に呪いあれ!」

 そう言って美男子は灰となって消えていった。

「……なんだったんだろ」

 私は首を傾げながら次の迷子へ向かうのだった。



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