8/22『娑婆』

「かー、マジで娑婆の空気は最高だぜぇ!」

 がらの悪い男達が続々と集まってくる。

 何故だろう。

 迷った先の公園で休憩しただけなのに、気づけば公園は強面の男達がずらりとならぶ暴走族かヤクザの集会現場みたいなことになっている。

 私はどこにでもいるただのふつーの日本の女子高生なのに。

「おー! 兄さんも出てきたか」

「うっす、兄貴もですか」

「お勤めごくろうさん」

「なぁに、××組にぶっ込んだ時に比べれば平和な毎日でしたよ」

「ちげぇねぇ」

「「「がぁっはははははははははは」」」

 公園の入り口でタバコを吸いながら強面の男達が実に楽しそうに談話している。まるでこの世の春が来たかのようなノリだ。

「そういや、娑婆ってなんです?」

「娑婆ってシャバだろうが」

「いや、だから、シャバの意味っすよ」

「知らん。おい、お前知ってるか?」

「へぇ、俺も知らねぇでがす」

「ほーっ、おい、そこの嬢ちゃん」

 びくぅっ、と思わず私は身体ごと飛び上がった。

「……あ、はい、なんでしょ?」

「ちょっと、兄さん怖がってますよ」

「へへへ、すまねえな、大きな声だして。ちょっと聞きたいことがあってよ」

「はあ」

「シャバってどういう意味か知らねぇか? 嬢ちゃんは俺と違って中学校とか出てるだろ?」

「いや、その、シャバは普通の学校では習わない言葉ですけど」

 私はおそるおそるつげる。

「はぁぁ?? 何言ってんだ、お嬢ちゃんよ。シャバって単語はよくいつものシャベリで使う、ふつーの単語だろうが、なんで知らないんだ」

「おい、よせ、慌てんな」

 長髪の刀傷のオジサンが叫ぶのを恰幅のいいグラサンのオジサンがなだめる。

「なんだ、あれ、日常会話ってやつで使う単語だよ。学校で絶対ならってるだろ? お嬢ちゃんは知らないのかい?」

「いや、シャバは仏教用語ですけど」

「知ってるじゃねーか! なに知らないふりしてんだ!」

「まぁ、まあまあ、待て待て。嬢ちゃんは知らないって一言も言ってないぜ」

「へい、確かに」

「で、なんて意味なんだ?」

「人間の世界って意味ですね。生きてる世界。極楽じゃない場所ですね」

「はぁぁぁぁっはっはっはっはっはっ」

 私の言葉に恰幅のいいグラサンのオジサンは笑い出す。

「なるほどなるほど、どうやら俺たちは人間の世界の外にいたらしい」

「確かに、兄さんの言うとおりだ!」

「うぇっはははははははは」

 三人の強面の男達が何がおかしいのかげらげらと腹を抱えて笑い出す。

 ひとしきり笑った後、強面のオジサンは私の肩をガンガン叩く。

「おうおう、ありがとな。勉強になったわ」

「ほれ、これで美味しいもんでも食べな」

「あと、この公園の近くにはムショがあるからよ。近づくのはやめときな」

「そうそう、出所したオジサンがまず座り込むのがこの公園だからよ」

「……は、はぁ」

 千円札一つ渡されて受け取らないのも怖いので握りしめ、私はそそくさと公園を後にする。

 よく分からないけれど、きっと良いことをしたのだろう。

 私はそそくさとその場を後にした。



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