8/19お題『プレゼント/金獅子』
何もかもが華やいでいた。
輝きだけがそこにあった。
目映いばかりの黄金の城。
いつからだろう。
どこからだろう。
気がつけば、私は煌めく輝きの城に迷い込んでいた。
「うそん」
目をぱちくりさせ、思わず呆然とする。
私はただの女子高生。
どこにでもいる。
普通の。
怪異に襲われまくる女子高生。
「……どこにでも、現れてしまう」
自分のサガが悲しい。
きっと私自身は何もおかしくはないはずなのに――夜の向こう側に、夕焼けの向こう側に、そして輝きの狭間に迷い込む。
「これはこれは美しいお嬢さん」
聞こえてきた言葉にきょとんとする。
――誰のことだろう?
視線を泳がせ、右を見て、左を見て、上を見て、そして最後に目線を下ろす。
「貴女の事ですよ、麗しき<虹の迷い子>よ」
猫。
黒い縞が特徴的な茶色い猫がちょこんと座っている。
「……虹の迷子?」
「いかにも。珍しきご客人。我が城へようこそ」
「そんな、客になった覚えはないのだけれど」
「では賊ですか? 賊は食殺刑です」
「わぁい、私はかわいいお客さん」
冷ややかな猫の言葉に私は即座にかわいこぶってしまった。
「よろしい。ではこちらへ」
縞猫は優雅な足取りで黄金の廊下を歩き出す。
私は慌てて縞猫の後を追った。
下手に縞猫とはぐれて食い殺されてはかなわない。
「いやはや、よくぞその歳まで生きておられました」
「はい?」
「あなたはお美しい。とても美味しそうだ。
そんな貴女が従者もつけずに出歩くなど刺身が大通りでフラダンスを踊っているようなものです」
「すいません、たとえの意味が分かりません」
じゅるり、となにやらよだれを垂らすような音が聞こえるが気にしない。
きっと気のせいのはずである。
――私が美味しい? お美しいの聞き間違いよね。たぶん。
廊下の左右には幾つもの黄金の悪魔像が飾られており、久方ぶりの客人を歓迎しているのかしていないのか無表情に宙を見つめている。
「なんだか動き出しそう」
「何故それを?」
「え?」
「忘れてください。美味しそうなお嬢さん」
「すいません、よだれ垂れてますよ」
「おっとこれは失礼」
縞猫はてしてしてし、と前足で自らの顔をぬぐう。
「……お客さんは食べませんよね?」
「賊は食殺刑ですよ」
縞猫は真顔でそう言った。
賊になれば即食べちゃうぞ、という警告だろうか。
それとも――どのちみちお前を食べるのに変わりは無いけどな、と言うことなのか。
――やだなぁ。
とはいえ今は縞猫についていくしかない。
自分の迷子能力に期待して自力で別の場所に迷い込むのを期待したいが、そういう時に限ってどこへもいけなかったりする。
子供の頃の記憶は曖昧だ。
ただ、あの頃はアメリカに行ったり、中国に行ったり、あるいはドラゴンのいる街や宇宙人の居る酒場に行ったことがあるような気がする。
きっと子供の頃に見たテレビか夢の記憶をごっちゃにしているのだろうと思っていたのだが。
――あるいは、全部本当だったのかも。
そんなことを今更にして思う。
そう考えると確かによく今まで生きてこれた、と言う感想が出るのも当然かも知れない。
――どうせならまたハリウッドに行きたいなぁ。
などと雑念を浮かべていたらなんだか右の方に行きたくなって足を横へ踏み出す。
「いやいやいやいやいや」
うろんになっていた私の思考を醒ますようにてしてしと縞猫が足を叩いてくる。
気がつけばいつのまにか私は黄金の城の窓から飛び出そうとしていた。
「いきなり死のうとするのやめてもらっていいですか?」
「え? そんなつもりはなかったんだけど」
「これだから<虹の迷い子>は扱いに困ります」
にやぁ、と縞猫は呆れた声を出す。
「そんなことを言われても」
「なんにしても、客人よ。貴女には我が王に会っていただかねば」
「王」
「城があるのです。王がいるのが当然でしょう」
「そうなの?」
「常識ですよ」
縞猫はそう言って再び黄金の回廊を歩き、螺旋階段を抜け、気づけば最上階へとたどり着く。
最奥。
玉座に座るのは美しき黄金のたてがみを持つ少女だった。
「金獅子様――客人を連れて参りました」
煌びやかな城に住む若く美しい女主人は妖しく笑う。
黄金の城のただ中にあって、彼女だけは紅い。
血のように紅いドレスを身に纏い、見ているだけで目が痛くなる。
いや、見た目だけではない。
その全身からは異様なほどに濃密な血の匂いが漂っており、思わず鼻の奥がつんっと痛むのを感じる。
「……女なのにたてがみがあるんですね?」
「馬鹿な。この見事なたてがみを見て分からぬか? 我は雄の子ぞ」
「え? でもドレスを」
「似合うから着ておる。美しかろう?」
金獅子という名の男の娘だった。
「来訪者よ。我が城に来たのだ。勿論、献上品を持ってきたのだろうな?」
「え?」
初耳の話である。
「客人ならば土産の一つでも持ってくるのが自然であろう。
そうでなければ、お主は賊か?
賊ならば――喰らうしかない」
足下に居る縞猫がにやりと笑うのが見えた気がした。
「えっと、その――」
――かわいい私がプレゼントです、て言ったらやっぱり食べられるんだろうな。
ジョークの通じる相手ではなさそうだ。
どうしたものか――と顔を歪ませていたところ、足下の影がぐにゃりと歪んだ。
ぴしっ
何かが軋む音が黄金城に響く。
ぴししっ
ほう、と金獅子が笑った気がした。
やがてガラスの砕けるような音がして空間そのものが砕け、巨大な全身鎧が出現する。
その鉄兜の奥では青白い炎がゆらりと揺れている。
「こっ、これは――」
「<彷徨える渇血騎士>っ!! <虹の迷い子>よ、貴様とんだ化け物に好かれているようだな」
縞猫が慌てふためきと金獅子がかかかっと笑う中、私だけは事態についていけず、え? え? え? と目を回すしかない。
なんでまたこんな化け物が、死霊の騎士が現れたのか。
――「贄を」――
青白い炎が揺らめく共に脳裏に声が響く。
「…………」
私は思わず深呼吸をし、黙って金獅子を指さした。
「げげぇぇぇぇっ! 金獅子様になんてことを!!」
慌てふためく縞猫とは対照的に金獅子はふははっと大仰に笑う。
「よいっ! 特別に許す!」
がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ
金獅子が吠える。
まさに百獣の王者の咆哮。
ただの一吠えだけで私の全身がすくみ上がり、動けなくなった。心が震え上がり、腰が抜ける。
やがて咆哮が終わると共にそこにいたのは着飾ったドレス姿の美少年ではなく、獅子の顔を持つ全長五メートルほどの巨人だった。
エジプトの壁画とかで見たことがあるような気がする。
「……もしかして、バステト神の眷属?」
がしゃんがしゃんがしゃんっ
獅子面の巨人に対し、死霊の騎士は背にした槍を引き抜き突撃する。
大砲が放たれたような大音がするも、金獅子はそれを真正面から受け止め、槍の穂先を掴んだ。
「よい突撃だ」
金獅子は掴んだ槍ごと死霊騎士の巨体を振り回し、壁面へとたたき付ける。
黄金に彩れた城壁が粉砕され、金粉がきらきらと宙を舞う。
そんな中、巨大甲冑から青白い炎が吹き出しながら死霊騎士は再び立ち上がり、槍を投げ捨てる、金獅子へと再び突撃した。
「勝負を捨てたか」
失望する金獅子の足を死霊騎士は無造作に蹴り払った。
「なっ」
ずどぉぉぉっと金獅子の巨体が倒れ、黄金の玉座が砕け散る。そこへ槍を再び持った死霊騎士が跳躍する。
――「贄を」――
「なんとぉぉぉぉぉっ!」
金獅子はとっさにその場に飛び退くと、死霊騎士の槍が床に突き刺さり、黄金の謁見場に巨大なクレーターが発生し、床は耐えきれず砕け散った。
足がすくんでいた私はそのまま床の底が抜けるままに黄金の砂煙と共に下の階へと落ちていく。
どこまでも煌びやかな黄金の螺旋階段をただただ落ちていく。
そして――。
気づけば私は自宅のマンションの入り口で倒れていた。
「…………」
身体を起こし、上を見て、右を見て、左を見て、そして最後に下を見た。
いつもの変わらぬ我がマンションの入り口である。
どうやら帰ってきたらしい。
にゃぁ
っと振り返ると小さな縞猫が居た。
「…………」
目が合うと縞猫はにゃぁ、とわざとらしいほどかわいらしい猫撫で声をして、その場に寝転がり、腹を見せてずりずりとその顔を私の靴へと擦ってきた。
完全なる服従のサインだった。
「……ま、いっか」
私は縞猫を抱き上げるとマンションの中へと入っていく。
そこかしこでチュンチュンと雀の声がする。
きっと早朝なのだろう。
けれども、私は疲れたのでもう、寝ることにした。
了
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