8/17お題『仙人』

 血の匂いにふと目が覚めた。

 バスの外を見ると人だかりが見えてああ、また誰か死んだんだな、と気づいた。

 それを確認したら安心してまた眠りについた。

 まぶたを閉じる直前――車いすを押すメイドの姿が見える。

 それが僅かに気になったが、眠気に耐えきれず、意識はそこで途絶えた。




 夜。

 怪異の時間。

 私は人通りのない大通りを歩いた。

 街灯が嫌と言うほど道を照らし、夜の闇を不自然に照らす。

 おかげで夜道だというのに酷く明るい。

 星空も見えない、スポットライトだらけの夜道。

 人は居ない。

 獣も居ない。

 寂れたコンクリートの道を一歩。一歩と。

「あそこか」

 少し向こうの通りで警官達がこんな夜更けにもかかわらず何かを探して徘徊している。

 三度目の殺人事件。

 先週に一人。

 三日前に一人。

 昨日、一人。

 これはもう、立派な連続殺人事件だろう。

 寂れた田舎ではあり得ない大事件だ。

 これは全国的にも報道がされている。

 おかげで夜の繁華街も人っ子一人居ない厳戒態勢。

 女子高生が一人夜道を歩いてても、それをとがめる大人も出歩いていない。

 気配を消すのは得意だ。

 今の状況なら、警官にさえ気をつければこの街のどこへでもいける。

 ――次のターゲットは私。

 そう思うと心臓がとくん、と跳ねる。

 昼間はずっと寝ていたせいで目は驚くほど冴えてる。

 なにせ、先週からずっと眠れない夜を過ごしてきた。

 夜歩きは密かな趣味だった。

 もともと地味で目立たない人間だから、夜道を出歩いても誰にもとがめられなかった。

 だから我が物顔で街の夜を歩き回り――そして見てしまった。あの時も――。

ざざっ

 草木の震える音がした。

 足を止め、耳を澄ませる。

 ただの風のようだった。

 と。

「――――」

 気がついた時にはもう遅かった。

 いつの間にか。

 それは。

 居た。

「っっっっっ」

 全長二メートルほどの、おぞましい何か。

 それは舌を鳴らし、笑みを浮かべる。

 細長い手足の老人に見えるが、その全身から漂うなのは吐き気を催すほどの血の匂いと――血塗られた巨大な鉈。

 間違いない。

 一週間前にも見た、謎のナマハゲもどき。

「っっっっっ」

 舌を叩いて怪人は笑みを浮かべる。

 何を言ってるか聞き取れないが、なんとなく理解は出来る。


<悪い子は居ないか?>


 先週も三日前も、昨日もそうだった。

 夜歩きする子供が殺されている。

 巨大な刃物で何度も何度も、内臓を叩かれ、えぐり、殺されている。

 ――ついに、私の番。

 覚悟と共にコンクリートを蹴る。

 ――殺されてたまるか。

 きびすを返し、夜の街を駆ける。

 警官達のいる方へ――。

「っっっっっっ」

 振り向いた時には既に進行方向にナマハゲもどきが居た。

 慌てて方向転換し、角を曲がり、別ルートへ向かう。

 が、そこにもやはりナマハゲもどきは待ち構えていた。

「っっっっっっ」

 怪人はただ嗤う。

 ――いたぶられている。

 いつでも捕まえられるのに弱者がこうして逃げまどうのを楽しんでいるのだ。

「おっと、追いかけっこはそこまでにしなよ、ご老人」

 怪人の動きが止まる。

きこきこきこきこ

 怪人の背後から現れたのは麗しいメイドと、麗しいゴシックロリータ姿の車いすの少女だった。現代日本には似つかわしくない姿だが、そのたたずまいはどこまでも華やかで、彼女らが居る場所だけヴィクトリア朝の王宮を思わせる麗しい雰囲気を醸し出す。

「っっっっっっっ」

「彼女は私の数少ない友人でね。

 邪仙のジジイには勿体ない」

 ぎらついた眼光でナマハゲもどき――邪仙に睨みつけられながらも車いすの少女は美しく微笑む。

「悪いが、ご退場願おう」

 そう言って彼女は音も無く車いすから立ち上がった。

 身長は140センチもないだろう。

 本の小さな、小学生くらいのゴシックドレスの少女を見た途端、邪仙は思わず背後に飛び退いた。

「バイタルを確認。戦闘行動を承認いたします。

 活動可能時間は――五分」

 傍らにいた長身のメイドがすらすらと詩でも歌い上げるように主人へ報告をする。

「結構。刀をこれへ」

 少女が手を伸ばすと車いすの背にぶら下げられていた黒い筒を音も無くメイドが開くと中から一本の脇差しが出てくる。

 小柄な少女は脇差しを腰に差すと、一歩前へ踏み出した。

「っっっっっっ」

 途端、邪仙は手にしていた鉈を投げた。

 一本しか投げていないはずが、どういう仕組みなのか投擲された鉈は七つに分裂。

 七つの鉈が飛来し、ゴシックドレスに脇差しの少女を襲う。

 が――。

キンッ

 白い刃がひらめいたかと思うと七つの鉈は両断され全て地に落ちた。

 ぶすぶすと黒い煙を出しながら鉈は崩れ落ち、やがて灰となって消えた。

「邪仙よ、そんなものか」

 少女は立ち上がってから一歩しか動いていない。

 ――見えない。いつの間に斬ったの?

 ただの女子高生の私には刀をぬいたような音がした途端、鉈が落ちたようにしかみえなかった。

「っっっっっ」

 邪仙が舌を撃つと両の手に大量の鉈が現れ、再び少女へ向かって投擲した。

 が、それらは目にもとまらぬ斬撃により全て両断され、灰となる。

「っっっっっっ!」

 ここに来て邪仙は力量の差を認めたようでずるずると後退を始めた。

 少女は動かない。

 車いすに座っていたことからも彼女が邪仙を追いかけられそうに無いことは明白だった。ならば、逃げればなんとかなるはず――なのだが。

 邪仙の足は気がつけば一歩、また一歩と少女の方へと歩き出していた。

「っっっっっ?!」

 慌てふためく邪仙に少女は笑う。

「残念、ご老人。

 既に貴様は我が魔眼の術中よ」

 ゴシックドレスの少女の目が妖しく光る。

「<来い>」

 力ある言葉と共に邪仙は走り出す。

 泣きながら、自らの死へ向かって駆けていく。

「あ゛~あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 泣きわめく邪仙を少女の太刀が両断する。

キンッ

 少女が刀を収めると両断された邪仙は灰となり、消えた。

「ぷっはぁ」

 ゴシックドレスの少女は息を吐くと共に車いすに収まる。

 脇差しを放り投げるとメイドがキャッチし、恭しく黒い筒に収納した。

「戦闘時間――1分22秒。

 お見事です、お嬢様」

「見事なものか。魔眼を使わされた。

 もっと弱々しい振りをすれば良かった」

「ご冗談を。弱者の振りなどお嬢様に似合いません」

「それもそうだな」

 車いすの少女がひとしきり笑うと視線が合う。

「悪かった。我らが仕事に付き合わせて」

「いえ、その、助けていただいてありがとうございます」

「助けられたのはこちらです。囮をしていただきました。

 正当なる報酬を支払わせていただきます」

 と、長身のメイドが分厚い封筒を差し出してくる。

「いえ、こんな――」

 昼間、バスから降りると待ち構えていたのは彼女ら二人だった。

 私の身体に付いていた邪気とかいうものを辿り、追跡してきたらしい。

 そして、化け物退治の協力を願い出られたのだ。

「これに懲りたら、夜歩きはやめることだ」

「それは……」

「あ、こいつ懲りてないぞ、桐花。こやつまたやらかすな」

「う゛」

「まあよい。では私の屋敷に招待しよう。桐花の料理は上手いぞ」

「いや、その、あんなことがあったあとで食欲なんて――」

ぐう

 私の意志とは裏腹に、ほっとした反動なのかひどく大きな音が私のお腹からした。

 顔を真っ赤にする私を尻目に車いすの少女は笑う。

「ほれ見たことか、食事にしよう」

 かくて、私と不思議な主従の血と妖の踊る夜の日々が始まるのであった。



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