8/16お題『星/ラッコ/山』

「おい見ろよ。ラッコだぜラッコ! すげぇな! こんなところに居るんだ!」

「馬鹿ね。居る訳ないでしょ、ラッコなんか」

 少年の言葉に少女は呆れた声を出して目線をくれてやると――居た。

「嘘」

 ラッコ。

 そう、紛れもなくラッコがそこにいた。

「え? なんで? こんな山奥の、日本のど田舎になんで!?」

 少女は思わず身を乗り出して川を見る。

 子供の時からずっと一四年あまり。

 毎日毎日この川を通って小学校に行ったり、中学校に行ったりしていたが――。

「あ、首傾げた」

「かわいい」

 ラッコを見たのは初めてである。

「やばいぞ。顔の辺りの白い部分がなんか星っぽいカタチしてる。あいつ、ジョースター家の血統じゃないか?」

「ラッコがそんな訳ないでしょ。仮にそうだとしても星形のアザは肩よ」

 どうでもいいことを幼なじみに突っ込みつつ、少女は川の半ばをうろつくラッコに目が釘付けだ。

「でもどこから?」

「和歌山の固有種の可能性は?」

「仮にそうだとしてもウチの地元に今まで一度も現れなかったでしょ。絶対外から来たんだって」

「外? 三重県とか?」

「あの子が伊勢からやってきたとでもいうの?」

「じゃあ、伊勢湾から来たってことで伊勢ちゃんで」

「馬鹿ね、もう今は和歌山に居るんだから、和歌山のものよ」

「だな。あんな東京かぶれどもにラッコをやる訳にはいかない」

「……でも、志摩にある水族館から逃げてきたのかも」

「じゃあ三重県じゃねぇか!」

「志摩にはスペイン村もあるし、そこから逃げてきたのかも」

「おい、ラッコってスペインに住んでるのか?」

「違うと思う」

「おい、スマホで調べろよ!」

「人に言うくらいなら自分で検索しなって、あー、アラスカとかロシアらしいよ」

「メッチャ北じゃねーか! 大丈夫なのか? ラッコ、和歌山の暑さに耐えきれず死んじゃうんじゃないか?」

「でも、Wiki見ると、ラッコってば昔日本に住んでたらしいわよ」

「マジか。どこだよ」

「千島列島」

「北海道じゃねーか! 無理だよ!」

 少年の言葉に少女の心は決まった。

「よし、捕まえよう」

「え?」

「個人か、水族館か、分かんないけど、どのみち野生じゃないに決まってる。元の持ち主に返さなきゃ」

「確かに。だがどうやって?」

 少年の言葉に少女はきょとんとした。

 ――どうやって?

「ゴーGoゴー!」

「無茶ぶりやめろっ!

 でも、いいのか?

 三重県の、あんな東京かぶれの奴らのところに返して本当にラッコは幸せになるのか?」

「確かに東京かぶれの三重県人どもに任せるのはちょっと不安ね」

「だろ?」

「じゃあどうするの?」

「このまま、見逃すってのは?」

「大丈夫かしら」

「毎日こっそり餌をやりに来ればなんとかなるんじゃ」

 と言ってる間にカビだらけの扉をしたワンボックスの車がやってきて市役所のおっさんらが現れ、長い棒についた網を持ち、気配を消して忍び寄るとあっさりとラッコを捕縛していった。

 少女と少年はあんぐりと口を開けてそれを見ていくしか無かった。

「西田の家のじっちゃんヤバいな」

「タヌキが畑荒らした時も気配消して一発で捕まえてたもんね」

「獣狩りのスペシャリストなのかもしれない」

「市役所のおっさんで終わらせるには惜しい人材よね」

「だな」

「……帰るか」

「そだね」

 かくて少年少女達は日常へと帰って行くのであった。




※この作品はフィクションです。実際の地名などとは関係ありませんのであしからず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る