8/14お題『うずらの卵/刃物』

「知っているというのか。この卵のことを?」

 驚きの顔をする少女に俺は顔をしかめた。

「うずらの卵では?」

「いかにも」

 やたら時代がかったしゃべり方をする着物を着た少女に俺は首を傾げる。

 夏祭りの夜。

 俺は遊び相手も居ないまま、一人寂しくぶらついていたのだが、神社の横道で小さな卵を持って呆然と立ち尽くす少女を見かけて思わず声をかけてしまったのだ。

「で?」

「……で? とは?」

 思わず質問した俺に少女は首を傾げる。

「いや、卵について語ったから何か続きがあるのかな、と」

「続きなどない。それでこの話はおしまいぞ」

「うぇ? なんで? すごく意味深な驚き方したじゃんさっき」

「ふむ。そうさのう」

 戸惑う俺に対し、うずらの卵を持つ着物の少女は首を傾げる。

「実は」

「実は?」

「言いにくいことなのだが」

「はい」

「やっぱりやめよう」

「なんなんだよもう!」

 自分と同じ高校生くらいに見えるし、時代がかったしゃべり方は年上のように感じるが、その行動は幼稚園児か何かのようだ。

「その、包丁が」

「包丁が?」

「あれば料理できるのう」

「馬鹿にしてるの?」

 要領を得ない少女に思わず睨んでしまう。

「お? なんじゃ? やんのか?」

「なんで乗り気なんだよ。いや、えーと、よし、一つ一つ潰していこう」

「ふむ。よかろう」

「問1、何故うずらの卵を持っているんですか?」

「まるで、生まれてきた意味を問うかのごとき難問じゃの」

「どこが?」

「ワシが生まれたのは今日のような暑い夏の夜というわけではなく雪の降りしきる冬の夜――と言う訳でもなくシンガポールの空港で足止めを喰らっていた時にそのまま待合室で生まれたそうじゃ」

「おお、ドラマティック! でも最初に二回季節のフェイントをかけた意味はなに?」

「それには特に深い意味はない」

「知ってた。というか、生まれた来た話は別にいいんですよ。なんでうずらの卵をもって祭りの夜に突っ立って居るんですか、て聞いてるんですよ」

「こやつは実はウズラという巨大怪獣の卵で」

「微妙にモスラっぽい発音で新キャラ出すなっ! それは、鳥のうずらでしょ!」

「鳥の……?」

「なんで知らないんだよ」

「別にこれはトリノで買ってきた訳ではないのだが?」

「イタリアのトリノじゃねーよ!」

「まあ、私が生まれたのはトリノ・オリンピックの帰り道の空港だったらしいのだが」

「え? そこは繋がるんだ?」

「うむり。我が親はウーハーだからな」

「もしかしてミーハーのこと?」

「オーディオ信者で、何十万もするウーハーを家に備えておる」

「低音スピーカーのウーハーかい!」

「ウーハーは大事だぞ。これがないせいでウーハーの悲劇というのが日本代表に襲いかかったことが」

「それはたぶんドーハの悲劇ですよね? 俺の生まれる前の話なんで分かりにくいボケやめてくれません?」

「お主、なんでも拾ってくるな。さてはツッコミの天才か」

「ははは、それほどでも……じゃなくて。

 なんでうずらの卵もってたんですか?」

「……実は、ワシが腹を痛めて今朝生まれ――」

「なに? あんた鳥の妖怪かなんかなの?」

「そう、トリノオリンピックの帰りに生まれた、鳥の妖怪ことうずらの化身じゃよ。ぴよぴよ」

「うわぁ、とってつけたように雑なピヨピヨというか、たぶんうずらはそんな鳴き方しないでしょ」

「じゃあどんな鳴き方をするのだ?」

「えー??? うずらの鳴き声? 知らないですね」

「じゃあ謝れい! 間違ってるかどうかも分からないのにそんな」

 俺はスマホを取りだし、さっと検索して動画を再生する。

「はい、これがうずらの鳴き声」

「うわ、気持ち悪」

「鳥の妖怪名乗った癖に、鳥の鳴き声に気持ち悪ってなんですか」

「仕方ない。では、真実を教えよう」

「お?」

「ほれ、耳を澄ませい。祭り囃子が聞こえるか?」

 と言われて気づく。

 先ほどまでうるさいほど聞こえていた夏祭りの音が、屋台の怒号が何も聞こえなくなっている。

「あれ? なんでこんなに、え? 真っ暗だ」

 いつの間にか俺たちは暗い森の中に居た。

「さて、ここで問題。古来から妖怪に捕まった子供はどうなると思う?」

 周囲からケタケタとなにやら人外達の笑い声が聞こえてくるような気がした。

「……そりゃあ、美人の妖怪と結婚して幸せに暮らすとか?」

「なんと厚かましい答え」

「いやぁ、お嬢さんみたいなべっぴんさんとなら人じゃ無くても結婚しても悔いはないですよ」

「ぬ。ぬぬぬ。お主口からでまかせを。命惜しさに何を言う」

「まさかまさか。じゃあ、あんたは俺みたいな奴はどう思う?」

「ぬ」

 それきり謎の少女は黙り込む。

 俺は一歩前へ踏み出す。

「あわわわわ、心の準備が」

 どろん、と少女の姿は消え、再び周囲からは祭り囃子が聞こえてきた。

 足下を見ると「友達からお願いします」とシャーペンで書かれた書き置きとうずらの卵が残っていた。

「……明日もまた来るよ」

 俺はそう言ってうずらの卵を手に取り、神社の表通りに戻った。

 かくて奇妙な友人との一夏が始まるのだが、それはまた別のお話。



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