8/13お題『池/氷山/消えた可能性』

「お前いつもそれだな」

 暑い、と呟いた私の言葉に相棒が呆れた声をあげる。

「この季節はいつだってこうよ。暑いもんは暑い」

 扇風機の横で突っ伏して私はただただ涼風を浴びるだけの存在と化す。

「華の女子高生の姿じゃないね」

「夏休みで制服を脱いでるんだから。ただの女だよ」

「なにその男を知ったみたいな言い方」

「はぁ……知っておけば良かった」

「知るチャンスあったの?」

「…………ないねっ!」

 うちのクラスにはボンクラどもしかいない。

 恋愛対象となりえる存在は学校には居なかった。

 ゆえに私は相棒の少女とこうして夏を感じながら死にそうになっているのである。

「つーか、あんたはないの? 彼氏とか? 運動部でモテるんじゃ?」

「……どうなんだろ。あたし見たいな真っ黒に焼けた女は好かれないんじゃない?」

「えー、格好いいじゃん。なんかこう、強そうだし」

「運動部をなんだと思ってるの?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、突然氷山でも振ってきて中からいい男がぱきぃっと割れて出てこないかなぁ」

「何? 氷付けの美少年とロマンスしたいわけ?」

「いやぁ、ああいうのって最初に出会った人間に勝手に惚れてくれるところあるじゃない?」

「そうなの? 知らないけど」

「絶対そうだよ。最初に出会った女以外とロマンスが始まったらもうそれはネトラレだよ」

「過激派だねぇ」

「よくない? 私がどんなにだらしがなくても勝手に惚れてくれるとか」

「氷の中から出てきたのが不細工なストーカー野郎だったらどうするの?」

「池に沈めよう」

「何故、池」

「私達の街は山奥じゃん。海ないじゃん。山は爺さん達が常に歩き回ってるから、もう死体は街の池に静めるしかないし」

「意外と冷静に死体処理の方法考えてた」

「何? 死体を山奥に埋める方が好きなの? 運動部だから?」

「運動部関係ないでしょ。それ。殺す前提やめようよ」

「嫌いな男に好かれるならもう殺すしかないし」

「それって、後から好きになる可能性消してるよね。そいつが後ですごく良い奴になる可能性もある訳でしょ」

「ないでしょ、そんなの」

「まあ、ないと思うけど」

「いいじゃん、それなら」

「まあ、男のことはどうでもいいけどね、あたしは」

「んん? もしかしてあんた女に興味がある方?」

 相棒の意外な言葉に私は思わず身体を起こす。

「もし、そうだと言ったら?」

 相棒はにやっと意味深に笑った。

 相棒は幼なじみで子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた中だ。

 相棒のことならなんでも知ってる。

 相棒も、私のことなら何でも知っている。

 ……はずだ。

「下手な冗談ね」

「まあね。これで一つの可能性は消えたね」

「……どうかな?」

「それはどういう?」

 私は扇風機の前から立ち上がり、おぼつかない足取りでそのまま冷蔵庫の前へ向かう。そして、中から小型のペットボトルに入った新品のお茶を取り出す。

 私はキャップを外し、中身をごくごくと一気に半分ほど飲み干した。

「ふぁぁぁぁ、生き返る」

「よかったじゃん」

 テーブルで座ってる相棒がにやりと笑う。

 そんな彼女の前にどんっ、と私はお茶が半分残ったペットボトルを置いた。

「残り、あげる」

 相棒は私が口を付けたペットボトルと私の顔を交互に見比べた。

 互いが口を付けたペットボトルを交換することはまあまあ日常的にやっていることだ。

 今更だ。

 今更のことだ。

「飲みなよ、相棒」

 小麦色に焼けた肌をした幼なじみがゴクリと息をのんだ。

「なにこの空気。やり辛っ」

 相棒は苦笑しながらもペットボトルを飲み干した。

「どう? 可能性は消えた?」

 相棒と私の視線が交錯する。

「……分かんない」

「そっか」

 外でミシミシと蝉の鳴き声が聞こえる。

「……暑いね」

「お前、いつもそれだな」

 苦笑する幼なじみの顔は、少し高揚している気がした。

 かくて私と相棒は、あるのか分からない可能性に引きづられて暑い夏を過ごすこととなる。



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