8/9『星間弾道ミサイル』

『ねえ、誕生日は時間取れるの?』

「それは猫の気分次第だね」

 親友とくだらない電話をしていたら、テレビからニュースキャスターの声が割り込んでくる。

『えー、先日発射された星間弾道ミサイルですが、現在も地球に向けて移動をしており、国土交通省の気象庁の発表によれば、およそ五ヶ月後に地球に到着するとの予測が出ており――』

『あー、同じニュース見てるね』

「ん? ああそうだね」

『まさか宇宙戦争が始まるなんてね――』

 親友が冗談めかして笑う。

「漫画みたい」『ゲームみたい』

 私と親友の言葉が重なるも、内容はバラバラだった。

「あれ? そこは漫画じゃない?」

『いやいや、ゲームでしょ』

「まあどっちでもいいや。それじゃ、私はもう出勤するね。また今度」

『ほいほい、また今度』

 親友の電話を切り、スマホを操作してテレビの電源も落とす。

 そう、今は宇宙戦争の真っ最中。

 火星の実験都市が突如として独立宣言をし、地球へ宣戦布告を仕掛けてきたのだ。

 火星の宇宙基地からはおびただしい数の星間弾道ミサイルが発射され、現在地球に向かって絶賛推進中である。

「……あと五ヶ月か」

 戦争が始まったというのに地球はとても静かで穏やかだった。

 あまりにも遠い場所からの攻撃に地球全土がピンと来てないのである。

 軍人達も、政治家達も、民間人も、皆どうせ地球に着弾する前に打ち落とせば終わりだ、と思っている。

「……それが出来れば苦労しないんだけど」

 焦っているのは私達のような科学者だけだった。



 二ヶ月後、地球から発射された迎撃ミサイルが地球と火星の中間点でぶつかることとなった。

『今、爆発が起きました。すさまじい爆発です。連鎖的に起きた迎撃ミサイルの爆発が、見事に星間弾道ミサイルを呑み込みました!』

 テレビのニュースキャスターが野球観戦でもするかのような呑気な実況をしていた。テレビ番組の出演者の間で「あぁ、終わった」と安堵の空気が流れる。

 が、しかし。

『は、反応が消えません。

 火星から発射された星間弾道ミサイルは勢いを止めること無く地球へと向かってきます!』

 キャスターの発表にテレビ番組の出演者はぽかんとした顔をした。

『ミサイルは健在! ミサイルは健在です!』

 口を開けて呆然とする出演者達にニュースキャスターは声を荒げた。

『え、それじゃあミサイルは地球に来ちゃう訳?』

『そうっ! ですっ! よっ! 』

『そんな馬鹿な!』

『でも、現実は見ての通りですよ!』

 驚くべき事に火星から発射されたミサイル達はあまりにも頑丈で、地球のミサイルでは破壊することは出来ず、今なお地球へばく進中だった。

「あーあ、こうなるって戦争開始前から分かってたのに」

 テレビの前の私は大きくため息をついた。

 足下でにゃあ、と太った猫が鳴く。

 すべては予定通りだった。



 ミサイル着弾予定、一ヶ月前。

 地球は未曾有宇の大混乱に陥っていた。

 世界各所で暴動が起き、民間人が火星への命乞いを求めるメッセージを大量に送るせいで星間通信のサーバーも落ち、謎の新興宗教が幾つも出来たし、実は火星と裏で繋がっているという組織からの振り込め詐欺が増大した。

「よかったね。誕生日に休みが取れて」

「まあね」

「嬉しくなさそう」

「戦争中だからね」

 私は親友とオシャレなレストランで食事をしていた。

 普段は残業続きで大学に泊まり込み状態で金だけは余っている。

 たまにはこういう高い飯を食べるのも良いだろう。

「戦争中かー。全然実感湧かない」

「だねぇ。七ヶ月かけて届く敵からの攻撃。

 私達はまだ誰も死んでないし、傷ついてないもんね」

 だが、もう来月には敵の攻撃は届いて地球の何割かは消し飛ぶことになる。

 国際連盟のいくつかの国は火星への降伏を打診したが、いかんせん中心の大国達はまだ負けを認めておらず、何度も何度もミサイルを発射しては失敗を繰り返している。

「あと一ヶ月か。ねえ、休暇でも取って旅行に行かない?」

「いいかもね」

 実のところ、今は日本中の科学者達が分野を問わずかき集められて、日夜ミサイル対策について喧々諤々の議論が行われているが、私のような動物学者はいても仕方ないので休暇は取れるだろう。

 と、そこでスマホに緊急連絡が届く。

「あ、国際連盟が全面的に火星へ降伏だって」

「あらら。意外と早かったね」

 私達はスマホを見ながら戦争の終わりを知る。

「ん? この降伏の条件てヤバくない?」

「……やばいね」



 一ヶ月後、着弾した星間弾道ミサイルは月を消し飛ばし、地球から衛星というものを失わせた。

 かくて、地球の周りを幾つもの月の欠片が浮かぶアステロイドベルトが形成される。

「いやぁ、綺麗になくなったね」

 綺麗な星空を見上げながら私は笑った。

「お月見の季節なのに、残念」

「いやぁ、戦争は恐ろしかったね」

「嘘つき。全然気にしてなかったくせに」

「そっちこそ」

 私と親友は見つめ合った後、互いにコメントに困り、笑い合った。

「ねえ、月もなくなったし、結婚しない?」

「なにその理由?」

「この戦争が終わったら結婚しようって言ってたでしょ?」

「そうだっけ?」

「嘘。今思いついた」

「ばっかじゃないの?」

 私は苦笑する。

「まあいいや、結婚しようか」

「そうだね。月もないし」

 かくて私達の日常は続く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る