第4話 

「叔父さん、また来たよ。ごめん。いい報告をしに来たわけじゃないんだ。筆が進まなくて、また来た。」


僕はいつものように線香を焚いた。花立ての水を入れ替えて、持ってきた菊の花束を供えた。もともと供えられていた花は俯くように萎れてしまったので、新聞紙に絡んだ。それからタバコを数本お供えする。


「あんま吸いすぎちゃいかんよ。」


僕はそう言って手を合わせた。


か、書けないなんて、気にすること、な、ないよ。だ、誰にだってある事さ。


叔父さんがそう言っていつものように笑ったような気がした。線香の煙がゆっくりと夏の青空へと溶け込んでいった。そうして夏が終わるのを感じた。


 季節は夏から移り変わる。ここ最近、季節の変わり目というのは、急激な気温の変化で肌にはっきりと伝わるようになった。

 以前までは、もっとゆっくりと季節が変わっていたような気がする。何も焦る事なく、しかし着実に。以前ならば木々はどの葉っぱを落としていくか一枚一枚慎重に考えていた。

 こうして季節までも急な変化を強いられているのはまるで今の時代を象徴しているかのようだ。


 僕は路上の見える喫茶店でコーヒーを啜りながらデスクトップの前で手をこまねいていた。叔父さんの家で小説を書く時は、僕はデスクトップを使わない。原稿用紙やルーズリーフにシャープペンシルで書きなぐるようにして文章を綴る。しかし、流石に喫茶店では人の目が憚られるので、デスクトップを使う事にしている。だけども今は肝心の書く内容が全く思い浮かばない。喫茶店に入ってからかれこれ1時間はデスクトップの画面と睨めっこしながら、手をこまねいてはコーヒーを啜る事を繰り返していた。結局僕は一文字として書くこともせずに店員が持ってきてくれた苦いホットコーヒーを飲み干してしまった。


「あの、こんにちは。」


 後ろから声をかけられて僕は振り返る。そこに立っていたのは遊作だった。ペンネーム「遊作」。物書きの友人だった。僕より二つばかり歳が上で、くたびれた服を来ていた。

 

「あんまり進んでないみたいだね。」


 優作は僕の真っ白なデスクトップを見て言った。


「残念ながら。優作さんの方は調子はどうですか?」


「新作を読んで欲しいんだ。」


 彼はそう言うと原稿用紙を取り出した。ざっと見で100枚は超えているので、4万字は超えている大作だろう。僕は原稿用紙を受け取ると、その一行目に目を走らせる。それから二行、三行と読み進めていく。


十行目までを読んだところで僕の眉間には皺が寄っていた。


 





 

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