第3話
夏の日は唐突に雨が降る。先ほどまで青々としていた空に巨大な白い入道雲ができ始めると、数時間もしないうちに当たりは真っ暗になった。僕は雨の音を聞きながら本を書いた。冷房をつけるのは電気代がもったいなかったので、特に雨の日は扇風機で凌いだ。時折、窓を開けると外の雨は思ったよりもずっと強く降っているのだと分かった。雷鳴も聞こえた。不規則に光を放つ稲妻は青白く僕の手元を照らした。雨の音に僕は集中力が研ぎ澄まされるのを感じた。ザァザァと言う音は、僕にとって無限の空想の世界への片道切符のような気さえした。しかし僕は不規則な雷鳴がなり響くたび、叔父の家の机に意識を戻された。僕はそのまま空想の世界に浸っていれたらと何度も思ったが、それはまた恐ろしい事のように思えた。
また夏の日照りが眩しいよく晴れた日は喧しく鳴く蝉の声が僕を本の世界へと誘い込んだ。暑い日は流石に冷房をつけ、快適な空間の中で机に向かった。窓ガラスが隔てた外からはジージーと言う蝉の声が堪える事なく聞こえてくる。僕はその声を聞きながら、ひたすらに作品を作り上げる事に没頭した。あまりに集中している時は周りの音がまるで何十もの壁に隔たれた向こう側から聞こえてくるような気さえした。やがて自分の頭の世界が目の前に現れて、実態を持ったものへと変わっていく。そんな時は僕の筆の走りはすこぶるに良かった。
だけどそんな日は稀だった。ほとんどの日は周りの音が気になって集中できない。
一行書いては立ち上がり、部屋の中を歩き回ってはまた席に着いた。それを何十回も繰り返して、やっとのことで出来上がった数行の文章がどうしても気に入らなくて、僕は大きめの消しゴムで乱雑にそれを消した。
そういうときは決まって僕はコーヒーを飲んだ。真昼であっても、自分の中に潜む何かの覚醒を促すように濃いめのやつを好んで飲む。叔父はへビースモーカーだった。そのせいか、晩年は掠れたような変な咳をよくしていた。僕にとってのコーヒーは叔父にとってのタバコなのだとよく思う事がある。書けない時のストレスは、何か縋るものがないと段々と人の頭をおかしくする。有名な作家はよく自殺した。それがこのストレスに関わっているのか理由は定かではない。
誰かに聞いて貰えば解決するするものでもない。焦ってどうにかなるものでもなければ、悩んだところで具体的な打開策があるものでもない。だから悩んで、苦しんで、そうして何かに縋るのだ。コーヒーを飲んでも解決しない時、僕は人気のない路地裏を通って叔父に会いにいく。
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