第2話
僕は母が、
「本なんて書いてなければ、もう少し長生きできたかも知れないのにねぇ。」
と言った時、顔を真っ赤にして陽気に笑う叔父の事を思い出していた。
きっと本を書いていたから、叔父は叔父として生きる事が出来たのだろう。そんな風に考えるのは、誰にも理解してもらえなかった本を書きたいという気持ちを叔父だけには理解してもらえたからだ。
叔父の言う事は正しい。今の時代、本よりも映像が好まれる。だけど叔父がそうであったように、僕もまた本を書く事に生きる場所を見出したから、だから本を書くのだ。たしかに本を書かなくても生きてはいける。しかし、僕には自分を自分たらしめる何かが必要なのだ。散々いろんなものを探した結果、それは本を書く事なんだと思った。
どれだけバカにされても陽気に笑っていた叔父を見て、叔父もまたきっと同じだったのだろうと感じた。
「じゃ、またね。叔父さん。次来る時はいい報告できるようにするよ。」
僕はそう言って立ち上がると、叔父の墓を後にした。
僕は社会人になってから、叔父の住んでいた家で暮らし始めた。叔父には奥さんがいたが、亡くなる数年前に離婚していた。娘とも疎遠になっているようだった。初老の男が独りで暮らしていた古い家だから、いたって清潔かと言われればそんな事はなかった。家電が壊れていたり、家の壁も所々穴が空いていたりした。
しかし、本を書く時だけはその家は独特な空気を纏うような気がした。まるで僕が机に向かう様子を叔父が後ろから見ていてくれているような、そんな感覚だった。それは嫌な感覚ではなかった。しかし、決して気を抜いてはいけない感覚でもあった。まるで野球少年が、自分の素振りをコーチに一部の隙もなく観察されているような、そんな感覚に近かった。ペンを握り、そこから流れ出る文や単語の一つ一つに注意を払っていないと、叔父からすぐさま指摘をされるような気さえした。実際、手を抜けば叔父の叱責では済まない事を僕は理解しているつもりだった。
30手前独身、仕事をしながら空いた時間で本を書く生活。
僕が何を書いたって読んでくれなきゃ意味ないしさ。
叔父のその言葉が、日に日に身に染みて僕を焦らせる。読んでもらわなければならないのだ。読んでもらえるような本を書かなければならないのだ。
そうやって考えていると、僕は本を書きたいのか、書かなければならないから書いているのか、その境目がだんだんと怪しくなってくる。
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