夢の中へ

 いったいどれくらい意識を失っていたのか。

 何時間も経ったようにも思えますし、一瞬のような気もする、奇妙な感覚。

 気がついた時私は、人気の無いがらんとした、どこかの商店街の真ん中で倒れていました。


 おかしいです。さっきまで、メイさんの部屋にいたはずなのに。

 しかも辺りは、日が落ちていて真っ暗。いつの間にか、夜になっていたのでした。


 混乱しながらも身を起こして辺りを見ると、近くに同じように倒れている人が二人。葉月君とメイちゃんです。

  

「葉月君、メイさん、起きてください」

「トモ……あれ、ここはどこ?」

「う、う~ん……ハッ! キリサキさんは!?」


 目を覚ました二人は、キョロキョロと辺りを見回す。とりあえず、怪我はしていないみたいで良かったです。

 するとメイさんが、怯えたような声を出します。


「これ、あたしがいつも見てる夢だ。ここ、うちの近所の商店街なんですけど、毎晩ここで、ナイフを持ったカイコちゃんに襲われてるの」

「夢? そういえばアイツさっき、夢の中に引きずり込むって言ってたっけ。どうやら俺達は強制的に、眠らされたってわけか。あいつこの世界で、俺達を始末するつもりなのかも」


 ここが夢の中? その割りには、リアリティがありすぎる気がしますけど、これもキリサキさんの妖術なのですね。


 だけど肝心の、キリサキさんの姿が見当たりません。


「キリサキさんはいったい、どこに行ってしまったのでしょう? それにここがキリサキさんの見せてる夢の中なら、どうして私達は寝ている間に襲われなかったのでしょうか」

「さあね。もしかしていつもメイちゃんにやってるみたいに襲って、怖がらせようって魂胆なのかも。くそ、ナメられたもんだよ」


 まあそのお陰で、命拾いしたとも言えますけど。

 キリサキさんには、そのことを、後悔させてあげないといけませんね。


 するとメイさんが、おずおずと口を開く。


「あの、ごめんなさい。あたしのせいで、二人まで巻き込んじゃって」

「そんな、メイさんのせいじゃありませんよ。私達の方こそすみません。また怖い思いをさせてしまって」

「大丈夫、キリサキさんは俺達が、責任持ってやっつけるから。俺、ちょっとその辺を探してみるよ」


 そう言って、足を踏み出す葉月君。


「一人で大丈夫ですか?」

「平気平気。トモはメイちゃんのことを守ってあげてね。一番狙われてるのは、その子なんだから。メイちゃん、しばらくの間、トモと一緒にいてね」

「うん……」


 葉月君は返事を聞くと、真っ暗な商店街の中に消えて行く。

 残された私達は、とりあえず道のわきへと移動して待機。するとメイちゃんが、もう一度頭を下げてきます。


「本当にごめん。あたしのせいで、大変なことになっちゃって」

「だからメイさんのせいじゃないですって。悪いのはキリサキさんなんですから」

「うん。けどキリサキさんの気持ち、少し分かるかも。あたしも昔は男子に、ブスって言われていじめられてたから」

「えっ?」


 いえいえ、嘘ですよね?

 だってメイさん、今はキリサキさんのせいで目にクマ作ってますけど、本当ならモデルを勤めるくらい可愛いじゃないですか。


 すると私の考えてる事を察したみたいで、メイさんはポツポツと語り出します。


「あたし、昔はすっごく人見知りで、目を見て話すのが苦手だったんです。だから前髪を伸ばして、目を隠してたんだけど。そしたら男子から、暗いとかブスとか言われて」

「そうだったんですか? そういう男の子っていますよね。私にも覚えがあります」



 まだ祓い屋の里に行く前、別の小学校に通っていた時は、よくいじめられていました。


 おそらく彼らにとっては遊び。ほんの暇潰しだったのでしょう。

 的があったから石を投げた、きっとそんな感じ。

 むこうにとってはただの暇潰しでも、いじめられた方にとっては耐え難い苦痛だと言うのに。


「キリサキさんも、きっとたくさんいじめられてたんですよね。きっと私たちよりも、もっとずっと」


 そのはずです。


 キリサキさんも生前、心無い人達から的にさせられたのでしょう。

 そして的にされた理由は、容姿。

 本来持って生まれた姿には罪も、攻められる理由もありませんけど、一度悪意が向けられたら、容姿は呪いへと変わります。


 そうして向けられた悪意が、彼女を悪霊へと変えてしまったのでしょう。


「キリサキさんは怖いけど。もしかしたらあたしもああなっていたかもしれないって思うと、そっちの方が怖いかも」

「それは確かに。けどメイさんは今、モデルとして活躍してるんですよね」


 何かきっかけがあったのでしょうか?

 するとメイちゃん、初めて少しだけ、小さく笑みを浮かべました。


「きっかけと言うか、このままじゃダメだって思って。ある日友達に言われて前髪を切って、可愛い服を着たりメイクをしたりして、イメチェンしてみたんです。そしたら今までブスだって言ってた男子達の態度が急に変わって、ビックリしましたよ」


 なるほど。

 その男子達、見る目が無かったですね。可愛くなれる素質があることに気づかずに、いじめていたわけですから。


「それから友達に進められて、試しにモデルオーディションに応募したら合格して。ブスだの地味だの言われてたあたしがモデルだなんて、おかしいですよね」


 メイさんは苦笑いをしますけど、全然そんなことありません。嫌な自分を変えようとするのは、立派なことです。


 モデルって華やかな仕事だと思っていましたけど、そんな過去があったなんて驚きです。

 自分を変えるには、きっと凄く勇気がいったでしょうに。この子、強いですね。


 だけどメイちゃん、「でも……」と表情に影を落とす。


「最近忙しくて、昔そんな目に遭ってたことなんて忘れちゃってた。ひょっとしてキリサキさんは、そんなあたしに怒ったのかも」


 それは、どうでしょう。

 さっきのキリサキさんを見ると、メイさんの事情なんて知らずにターゲットにしたように思えます。

 それに、もしもそうだったとしても。


「辛かった過去を忘れるのは、悪いことじゃありません。それって嫌なことにとらわれずに、前向きに生きてるってことじゃないですか。気にすることはないのです」

「そうかな?」

「そうです。私なんて未だにいじめてきた男子のことを時々思い出したり、今朝だって昔葉月君に意地悪された時の夢を見ちゃいましたけど、良いことなんてありませんもの。そんなの、忘れた方が良いんです」


 つい余計なことまで言っちゃった気がしましたけど。メイさんはおかしそうに、プッと吹き出しました。


「あはは。知世さん、そんな夢見たんですね。でも意外です。葉月さんって優しそうなのに、意地悪なんてされたんですか?」

「ええ、実は意地悪なんですよ。男の子って、どうして―—ンンッ!?」


 楽しいお喋りは、唐突に終わりを迎える。

 話している最中、キーンとした音が嫌な音が、頭の中に響いたのです。


 この音はいったい?

 見るとメイさんも同じものを感じたのか、頭を押さえています。


「痛っ! な、なに? 今変な音が聞こえて」

「落ち着いてください。さっきのは、霊力がぶつかり合った時に流れる波動です。普通なら、霊感の無い人は感じることはありませんけど、ここは夢の世界ですから。メイさんも感じたのでしょう」

「霊感のぶつかり合い? よくわからないけどそれってもしかして、キリサキさんと葉月さんが戦ってるってこと?」


 おそらく、そうだと思います。


 メイさんが顔を引きつらせ、和んでいた空気に再び緊張の色が漂う。

 葉月君が戦っているのなら、私も合流しないと。

 けどそれだと、メイさんはどうしましょう? 一緒に連れて行くのは危ないですし、かと言ってここに一人残しておくのも心配です。

 ここは葉月君が勝つと信じて、二人で待っていた方がいいのでしょうか?


「あの、葉月さんが戦ってるのなら、行かなくて良いんですか?」

「けど、メイさんを一人にさせるわけには―—痛っ」


 再びキーンと耳鳴りがして、会話を中断させられる。

 またです。どうやら相当激しく戦っているようですね。

 すると私の様子を察したように、メイさんが言う。


「あの、一人でいるのが危ないなら、私もついて行くというのはどうですか?」

「けど、メイさんをキリサキさんの所に連れていくわけには」

「なら、離れた所で隠れています。もしも、もしもですよ。こうしてる間に葉月さんに何かあったら、そっちの方がマズくなないですか?」


 確かに。

 葉月君がそう簡単にやられるとは思えませんけど、キリサキさんから感じた圧を思うと、絶対じゃありません。

 そしてもしも葉月君に勝つような相手だったら、残された私がメイさんを守りながら戦えるでしょうか。

 だったら。


「分かりました。葉月君の所に向かいましょう。けど、絶対に私から離れないでくださいね。何があっても、メイさんは必ず守りますから」

「うん……」


 離れないようギュッと手を握ると、よほど緊張していたのか、凄く冷たい。

 きっと本当は怖いのに、勇気を出しての提案だったのでしょう。

 だけどその事にはあえて触れずに、私達は歩き始めた。


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