現れた怪物
葉月君は何と言うか、スキンシップが過剰です。相手は女の子なのですから、もうちょっと距離を考えないと。
まあそれは一旦置いといて、問題はメイさんです。
「キリサキさんは何回も、夢の中に出てきてるんですよね?」
「うん。だから眠るのが怖いんだけど、ずっと起きてるなんてできないし」
「早く何とかした方がいいですね。こういうケースだと夢を見る度に、呪いが強くなる場合が多いんですよ。例えば夢の中で殺されたらその瞬間、現実の体にも同じ傷が現れて、命を落としてしまったり……」
「ヒイッ!? な、なんですかそれ。死ぬだなんて絶対にヤダ! お願い助けて!」
真っ青な顔になりながら、しがみついてくるメイさん。
いけません、もっと言葉を選ぶべきでした。
「もう、怖がらせてどうするのさ。とにかくキリサキさんを祓うためには、一度呼び出さないと」
「よ、呼び出すって、キリサキさんを?」
「はい。怖いのはわかりますけど、そうしないことには祓うことができないのです」
「相手は危険そうだから、あまり人がいない方がいいんだけど。すみません、少し席を外してもらえますか?」
メイさんのお母さんには少しためらいがちでしたけど、「わかりました」と言って出て行き。部屋の中には私と葉月君、それにメイちゃんの三人が残されました。
「それじゃあ、始めようか。メイちゃん、ベッドに腰かけて。肩の力を抜いて、楽にして」
「こうですか?」
「うん。それじゃあいくよ。天に星、土に命、還りたまえ――取りつきし者、姿を現せ。現!」
葉月君が唱えると、メイさんの体から抜け出すように黒いモヤが立ち上り、彼女の頭上で形を成していく。
私達は馴れていますけど、初めて術を目の当たりにしたメイさんは怖かったのでしょう。「ひっ!」と短い悲鳴を上げる。
「メイさん、私達の後ろに隠れてください」
「う、うん!」
慌てたようにベッドから降り、背中に回り込むメイさん。
そうしている間にも彼女から出てきたモヤは、徐々にハッキリとした姿を作っていったのですが。
「―—っ、これは」
「思っていたより、相当」
その姿を見て、言葉を失う私達。
話によると生前のキリサキさんは、容姿のせいでいじめられていたそうですけど。
目の前に現れたそれは、身体中の肉がブクブクに膨れ上っていて。顔は左右非対称どころか、二つの目の位置が上下でズレています。
ねじ曲がった鼻は顔の中央から大きく左にズレていて、口は右側だけが、耳まで大きく割けています。
その耳も、左右で大きさが全然違い、鋭くとがっていました。
異様なのは、顔だけではありません。
手足の太さや長さもバラバラ。右腕はこれでもかってくらい肉がついているのに対し、左腕はまるでミイラのよう。
お腹の肉はぶよぶよと垂れ下がっていて、足を隠しています。
これが、キリサキさん?
だけどいくらなんでも、生前からこんな姿だったとは思えません。
おそらくですが彼女の抱いていた怨みや妬み、コンプレックスに対する思いが暴走して、姿に変化を与えたのでしょう。
幽霊の姿というのは必ずしも生前と同じというわけではなく、変化するケースもあるのです。
「で、で、出た。キ、キリサキさんだ」
メイさんが怯えながら、背中にしがみついてくる。
やっぱり、彼女がキリサキさんで間違いないみたいです。
すると葉月君が私達を守るようにして、前に出ます。
「君がキリサキさん? 夜な夜なメイちゃんの夢に出てきて彼女を襲ってるって聞いたけど、どうしてそんなことをするのさ?」
「ドウシテ、ダト?」
キリサキさんは地獄の底から響くような声を出しながら、不揃いな二つの目を私達に向ける。
「決マッテル、ソイツガ醜イ心ノ持チ主ダカラダ」
醜い心?
何を言っているのか分からずにメイさんを見ましたけど、彼女も困惑したようにふるふると首を横に振る。
「な、なんの事? あたし、何もしてないのに」
「イイヤ、シテイル。オ前ノヨウナ奴ハ皆、私ノヨウナ容姿ガ優レテイナイ者ヲ、見下シ、蔑ンデテイルンダ。自分ノ醜イ心ヲ、棚ニアゲテ」
「そんな、言いがかりだよ!」
「黙レ! 外見ダケデチヤホヤサレテルオ前ニ分カルカ! 産マレ持ッタ姿ノセイデ、虐ゲラレル者ノ気持チガ!」
「ひぃっ!」
メイさんの訴えにも、聞く耳を持ってくれません。
どうやら聞いた通り、キリサキさんは可愛い子や綺麗な人を妬んでいるみたいですけど、言ってることはメチャクチャです。
彼女は生前、容姿のせいで辛い思いをしたのでしょう。きっと私達が想像しているより、ずっと苦しんだのだと思います。
けどだからと言って、メイさんを襲って良い理由にはなりません。
彼女はキリサキさんが受けた仕打ちとは、無関係なのですから。
「話は通じないみたいですね。仕方ありません、悪いですけど、強制的に成仏させてもらいます。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――」
「邪魔ヲスルナ!」
「危ない! トモ、伏せて!」
詠唱を始めた私の頭を、葉月君が頭を押さえる。
すると次の瞬間、さっきまで頭のあった所を鋭いナイフが飛び、ザクッと壁に突き刺さりました。
あ、危なかった。もしも葉月君がいなかったら、きっとナイフが顔に刺さっていたでしょう。
しかしナイフなんて、いったいどこから出したのか?
不思議に思いましたけど、その答えはすぐに分かりました。
「オ前ハ大シテ可愛クハナイガ、邪魔ヲスルナラ容赦ハシナイ」
見ればキリサキさんの周りには、さっき飛ばしたのと同じナイフがぷかぷかと宙に浮いています。
もちろん普通は、そんなことはできません。
キリサキさん、妖術でナイフを作ったのですか!?
これはかなり、高度なテクニック。どうやら彼女、かなり強い力を持っているみたいです。
この強敵相手に、どう戦うか……。
「おいアンタ、いい加減にしろよな!」
どう攻めるか考える中、突如声をあげたのは葉月君。
彼は動けずにいた私と違って怒ったように眉をつり上げながら、キリサキさんに向かって一歩足を踏み出す。そして。
「トモが可愛くないだって!? 訂正しろ、トモはメチャメチャ可愛いだろうが!」
「は、葉月君!?」
突っ込むとこそこですか!?
予想外の発言に、言葉を失う。見れば怯えていたはずのメイちゃんまで、ポカンと口を開けちゃってます。
ま、まあ私も。本当を言うと、全く気にしなかったとわけじゃありませんよ。
けど事実ですし、何より今はそれどころじゃありません。
そして問題のキリサキさんはと言うと。頓珍漢な発言をした葉月君を、まじまじと見つめています。
「何? 文句でもあるの?」
「……オ前、男ナノカ?」
「そうだけど、見りゃ分かるだろ」
不機嫌そうに眉をつり上げる葉月君。まあ彼は女の子と見間違えるような、可愛らしい顔をしているのですけどね。
するとキリサキさんは何を思ったのか、よりいっそう声を荒立てる。
「決メタ。全員苦マセナガラ殺シテヤル! 夢ノ中ヘ引キズリコマレロ!」
良い放った瞬間、カイコちゃんから真っ黒な光が放たれ、私達を包み込む。
これは、キリサキさんの術? 何だか、意識が朦朧としていきます。
「しまった! トモ、メイちゃん、気をしっかり持って。この光を浴びたら、意識を持っていか……れて……」
視界を奪われる中、注意を促す葉月君の声も、次第に弱々しくなっていく。
そして気を保ってられないのは、私も同じ。急に意識が遠退いてく。
「ハハハハハッ、夢ノナカヲサ迷ウガイイ」
メイちゃんを守らないといけないのに、抵抗する間もなく。深い眠りに落ちていきました……。
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